第5話:共同戦線
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ライトのセンサーが今さら人の気配を感知したのか淡く発光を始めた。
と同時に、おぼろげだった3つの影が光のもとにあらわになる。
「まずは自己紹介しよう。私はラブラドライト。彼女はパートナーのルチルクォーツだ。先程は驚かせてしまったようで、申し訳なかったね。」
灰色の猫がぺこりとお辞儀してみせた。
ロシアンブルーに似た、すらりとした美しい猫だ。
「単刀直入に言おう。今回我々が君に接触したのは、ある任務に君たち兄妹をまきこんでしまったからだ。その任務というのは…」
「ちょっと待て、」
俺の意思など無関係にさくさく話を進めていく猫の言葉を思わず遮る。
「今、俺たち兄妹といったな?」
「ああ、それは…」
ざわざわと胸が高鳴る。
「マジュをどうした!?返答次第では容赦しないッ…!」
焦りと怒りが混同して、何がなんだか分からない。
ただひとつだけはっきりしているのは、マジュが消えたことと目の前の2人組みがここにいることは無関係ではないということだ。
「お前の妹には何もしていない。私たちがこちらへ来た時にはすでに手遅れだった。」
腕組みしながら話に耳を傾けていた少女が沈黙を破った。
よく見れば彼女の風体は奇妙というか奇抜というか…、とにかく異様だった。
どこかのSF映画で見たような原材料不明の衣服をまとっている。
いかにも未来人っぽいイメージのボディスーツだ。
だがそれ以上に俺の目を引くのは少女そのものだった。
無造作に切られたショートヘアは老人のように真っ白く、同じように肌も透けるように白い。小さな顔にはめ込まれた瞳は紅く、まるでルビーを彷彿とさせた。
小柄な体躯はしかし、凛とした存在感を放っている。それは畏怖すら覚える美しさだった。
けれど、そんなことはどうでもいい。
「…手遅れだった?こちらに来たってのはどういうことだ?マジュを消したのはお前らじゃないのか!?」
「手遅れとはつまり事後であったということ。私たちはセカンドからこちらの世界、ファーストへやってきた。お前の妹を襲ったのは私たちが追跡しているターゲットだと推測される。」
こいつは律儀にも俺の質問すべてに答えているつもりなんだろうが残念ながらそれらは答えになっていない。
というか意味が分からない。
傍から見れば目の前の少女はただの真性コスプレイヤーだし、隣の猫はテレビ局がくいつきそうな世にも奇妙な人語を話すにゃんこだ。
「その…ファーストとか…セカンドってのはなんのことだ!?」
「ファーストとは非能力者たちの住まう世界。セカンドとは私たちを含めた能力者『アンプリファイア』の為に創られたもう一つの世界。」
「……………。」
こいつは本当に俺を納得させる気があるのか?
いや、はなから納得させるつもりなどないのだろう。
少女の淡白な表情からはどうせ説明してもお前には理解できまい、といった心情がうかがえる。
「彼女が言ったことはすべて真実なのだよ、ミアキ君。理解し難いだろうが、今君がいるこの世界とは異なる世界がたしかに存在している。アンプリファイアと呼ばれる特殊な能力をもった人間の世界、それが即ち『セカンド』だ。」
自ら説明役を買ってでた猫がゆっくりと語りだす。
「セカンドの住人はみな、元々ファーストで暮らしていた普通の人間だ。能力者と非能力者とは共存できない。そのためセカンドを創り、世界をふたつに隔てた。ファースト側の人間にセカンドに関する情報は一切存在しない。だから君が信じられないのも無理はないんだ。」
握り締めた拳が、汗でじっとりと湿り気を帯びる。
俺は猫の話を笑い飛ばすことも嘆くことも忘れて、ただただこの状況を把握しようと躍起になっていた。
「…48時間前、私たちの組織が管理している施設から一人の能力者が逃走を謀った。速やかなるターゲットの保護が私たちに与えられた任務。おそらく、お前の妹を襲ったのは目標である『柳』という男だ。本来ならば、これは極秘任務。ファーストの人間に知られるわけにはいかないのだが、そうも言っていられない…」
少女は俯いて言いよどんだ。
「目標の能力は他人にも干渉してしまう厄介な力。一刻も早く保護したい。お前も妹を救いたいだろう?私たちに協力しろ。」
「何を…!」
協力?
まるで脅迫じゃないか。
ここ最近の体調不良といい、俺の人生は一体どうなっちまったっていうんだよ。
夢ならさっさと覚めてくれ。
「まあ、なにはともあれ、」猫が踏み出す。「活動は夜が明けてからにしよう。ミアキ君も詳しい話を聞きたいだろうし、いろいろと作戦も立てなければならないからね。」
俺はもう、頷く事すらできずに立ち尽くしていた。