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俺が君を守るから

作者: 関谷 れい

初投稿作品になります(・∀・)

ゆるゆる設定ではございますが、楽しんで頂けたら幸いです。

私、小ノ宮咲良(このみやさくら)は人より少ーし男勝りで活発な、何処にでもいる平凡な派遣社員だった。

しかし、彼、渡部弓弦(わたべゆずる)を初めて視界に入れた時、21年間培ってきた自分というアイデンティティが揺らぐ程の、大きな衝撃を受ける事となる。



…あれ?私が男っぽいのって、もしかして…前世の影響だったのか……!?



☆☆☆



渡部弓弦は、今年我が社(と言っても派遣先)に入ってきた、期待の新入社員だ。

しかし、私は高校卒業してから短大へ行き、それから社会人となっている為、大学出身の彼の方が年上だ。



この会社では、新人はひとまず営業に配属され、現場を知ってから、それぞれ適性にあわせた部署や、本人希望の部署に配属となる…らしい。



正直、あまり小中高のクラスメートよろしく女子と(つる)む方ではないので、私は会社(と言っても派遣先)の噂話に疎かった。

しかし彼は、そんな私の耳にも情報が入ってくる程の、「性格は爽やかイケメンなのに、泣き黒子でなんとも言えない色気のある、後少し身長があったら最高!」な若手であった。



や、仕事きちんとしながらそのマシンガントークすげぇ。

マジリスペクト隣の神無月センパイ!!



私は庶務の中でも、更に雑用を請け負っていたから、まぁそのうち会社の中で見かける事もあんだろーなー、なんて思ってた。



「身長174センチ、細マッチョで泣き黒子がステキな爽やか笑顔の」渡部君。うん、一度も見たことないのに、何故か彼がコーヒーに砂糖2個入れる甘党である事まで知っている。

見かけた瞬間(とき)に「こいつだ」って思う自信があるよ、うん。



神無月センパイ。そんな情報より、私が苦手な係長を笑わせる方法教えてくれよ。

一度そう言ったら、「アンタのその、やけに高い身長が気に食わないらしいよ」と言われた。

(私が身長を気にするレディだったら傷付きましたよ、と言ってみたら鼻で笑われた。ヒドイ)

スマン、係長。無駄に170センチあって。

そりゃどう見積もっても160センチ代の係長、私を見る目が冷たい訳だ。頑張っても身長は変わらないんで、係長の攻略は早々に諦めた。

因みに、そんな事を気にする係長は「アンタのそのアッサリしすぎる所も嫌らしい」とこれまた神無月センパイが教えてくれた。



…乙女かっっ!!



☆☆☆



私が彼を初めて拝んだのは、新入社員が入ってから3か月程経過した時の事だった。

私はその日、帰宅時間ギリギリになってから言い付けられた、「蛍光灯の交換」という地味ーな仕事をしていた。



くそぅ、これがお客様も利用するエントランスのまん真ん中じゃなければ、明日に仕事まわせたのになぁー!!



私は、(私の中で)メインの仕事である実家の道場の開始時間が差し迫ってきている事に、多少焦っていた。

そう、私が派遣社員で社会人をやっているのも、全て父が営む剣道場の為である。



私は、4人兄妹の末っ子だ。

上3人は、皆男。

女の子が欲しかった私の母は、私が生まれた時にむせび泣いたらしい。

花の様にキラキラ咲いて欲しい…そう願った母のせいで、私は私のイメージにかなりそぐわない咲良(さくら)と命名され、以後、小中とクラスメートの男子にからかわれ続ける羽目になる。



上3人男という環境に揉まれて育った私は、母が差し出すワンピースには目もくれず、ティーシャツ短パンという出で立ちを好んだ。

母の趣味である園芸に付き合う事もなく、虫取り網を片手に虫取りに勤しみ、虫かごイッパイのカブトムシやらクワガタやらを見せ付けては母に悲鳴をあげさせていた。

母がすすめるピアノには興味皆無で、剣道場でのチャンバラごっこを楽しんだ。



その頃、父は気付いた。

4人兄妹の中で、一番剣術の素質があるのは私だという事に。

私に剣道を教えたいが、母が反対するであろうと当然予想がついた父は、やはりむせび泣いたらしい。



結局、父がすすめるでもなく、(ことごとく母の理想真逆を行く)私は剣術の道を選び、インターハイに出場出来るレベルにまでは強くなった。



そして、今に至る。



私も、師範として生徒を指導していた。

そんな、生徒の見本たるセンセイが遅刻していいのか?いや、よくない。

そんな感じで普段より焦っていた私は、蛍光灯を取り付け終わり、脚立から降りる際に、いつもはしないミスをした。

私が考えていたよりも蛍光灯が長く、天井に軽くぶつけてしまったのだ。

幸い、蛍光灯がその衝撃で割れる事はなかったが、体がぐらつくのは防げなかった。

脚立ごと「あ、倒れるわ」そう思った私は、上体だけ捻り、受け身を取ろうとした。



誰もいませんよーにー!!!!



一人で倒れる分には、全く問題ない。

けど、真後ろに人が居たら最悪だ。



結論から言うと、私の願いは虚しくも叶う事はなかった。

ニッコリと爽やかな笑顔を浮かべながら、何故か両手を広げて突っ立っている男性が視野に入ってきた。

そして、やけにスローモーションに感じながら落下していくと同時に、思った。



(「こいつだ」)



すると、相手も同時に口を開いた。

「……久しぶり」



不思議な事にその瞬間、男と認識した渡部弓弦(と思われる人)の顔が、同じ造作をした女性の顔にすり替わった。

私がその事に驚く暇もなく、頭の中に膨大な量の映像が流れ込んでくる。

イメージ的には、死ぬ直前に見るといわれる走馬灯の様に、と言ったらわかりやすいだろうか?いや、読者様は皆生きてるからむしろわかりにくいか。



兎に角、その膨大な量の映像に圧倒されて、私は気絶したらしい。

対外的には、脚立ごと倒れた派遣社員が、イケメンに抱き止められた事に驚いて失神した、という風に見えた事など、知らないままに。



☆☆☆



鏡の中に、仲睦まじく寄り添う男女が見えた。

その恰好(すがた)は中世的で、とても日本の物には見えない。男は騎士のような姿をしており、女はドレスを身に纏っているからだ。

鏡から、隣に視線を向けると、穏やかな微笑みを浮かべた美女がこちらを見ている。愛しげに絡まる視線はこちらの動悸を早め、清純そうな容姿の中で目立つ泣き黒子だけは何とも色っぽい。

彼女は、とても可愛らしい、澄んだ声で囁く。

「…愛しているわ、ロイ」



☆☆☆



目覚めた私がボンヤリと天井を見ていると、低くて、けれどもとても聞き取りやすい声が降ってきた。

「…気が付きました?大丈夫ですか?」

私はゆっくり起き上がり、声の主に返事をした。

「ええ、すみません。…えと、リーズ?」



彼は一瞬驚いた顔をしたが、私の方が驚いた。

違う、リーズは夢?で見た女性だ。今、真横にいる男はおそらく…

「はい、ロイ。私です。現世では、渡部と申しますが」



(二重の意味で)あ、やっぱり。



その時の私は、端から見たら無表情だったかもしれないが、内心多いにパニック状態であった。

や、百歩譲って、前世の記憶が蘇るのはまだいい。

前世で愛した相手が、現世でも出会えるなんて、奇跡だと感動してやろうじゃないか。



だがしかし。



なんで、前世と現世で性別が入れ替わってるんだよ、紛らわしい!!!



☆☆☆



私は渡部弓弦と目が合った時に、前世の記憶が蘇った。

それまで「ちょっと男勝りな普通の派遣社員」という私は、もしかしたら前世をやり直ししているんじゃないだろーか、と思う程、性別以外、何も違いがなかった。

前世は騎士だもんね、そりゃあ剣術だって秀でるだろうさ。

前世は男だもんね、そりゃあ男っぽい性格でも違和感ないだろうさ。



や、私って何だったんだろ…



道場の事を初めて忘れて、ベッドの上で悶々と悩み出す私に助け船を出したのは、やはり前世でも沢山のアドバイスをくれていた彼女だった。いや、今は彼か。



「…もしかして、最近記憶が蘇ったのですか?」

「ん?最近も何も、さっきリーズを見た時だから、今まさに大混乱中だよ?」



聞けば、彼女には物心ついた頃から、前世の記憶があったらしい。だから、動作も口調もどことなく女性寄り…というより、女そのもので、彼女の両親は「渡部弓弦」の先行きをかなり不安がっていたとか。

私は彼女ともう少し詳しく話をしてみたくなって、道場を急遽(これもまた初めて)お休みし、この後彼女とお茶の時間を設ける事にした。

彼女からも「是非」と言われ、ほっとした。

まるで、初めてデートに誘った女性からOKを貰えた男の気分だった。



☆☆☆



私の中で、たった先程出会った「渡部弓弦」という存在と、前世の中で愛した女性である「リーズ」という存在では、圧倒的にリーズの方が、比重が大きかった。

目の前の男は、確かに男であるのに、私にはもう、可憐で儚く、守ってあげたくなる女性にしか見えないのである。

だから、喫茶店で軽く自己紹介をした後、私はリーズと呼ぶ許可を求めて、彼女は戸惑いながらも「少しの間ならば」と許してくれた。



その、はにかむ姿を見て、今の私にはあり得ない射精感が湧き上がるのを感じたくらいだ。

いやもう、本当に彼女は可愛かった。穏やかな気性なのに、芯が通っていて、その気高さも好ましかった。私達は身分違いの恋に悩む前に、彼女が病により亡くなる事で、その関係は終わりを告げた。

リーズが病で亡くなった後は、彼女から「幸せになって。私の後を追わずに私の分まで生きて」と言われて自害も出来ず、戦地の前線に行く事で、彼女の数年後に命を落とす事が出来たのだ。



「俺が君を守るから」



そう約束したのに、流行り病の前では、ロイはあまりにも無力で。何度も何度も、壁に頭を打ち付けた。



「そーいや、リーズ。さっき、私の事受け止めてたけど、そんな事しちゃ駄目だよ!!危ないじゃんか」

出会いの場面を思い出し、つい声をあげてしまう。そう、彼女はどちらかと言うと、病弱でか弱かった。私が守るならいざ知らず、リーズに(身体的に)助けて貰うなんて、畏れ多すぎる。

リーズは、ふわりと笑って答えた。

「ふふ、今の私はこれでも、体力も力もあるんですよ~、空手と柔道有段者なので」

その微笑に目がハートになりかけたが、聞き捨てならん話を聞いた気がする。そーいや、神無月センパイ情報では「細マッチョ」だったっけ。

「は!?なんで、そんな事してるんだ!?」

リーズの白魚の様な手が、細腰が、何よりその美しい顔がどうにかなるなんて耐えられない!!!

「んー、私、現世でもやっぱり病弱だったんですよね。で、前世みたいに死にたくはないんで、体力つけようかなぁと思って。前世では女だったから、剣を振ることも許されなかったけど、現世は男なんで、誰からも止められなかったですし」

そして、首をコテンと可愛らしく傾げて、「むしろ歓迎されました~」なんて続けるから、愛らし過ぎて軽く悶えた。



駄目だ、どうあっても目の前の男が、愛しいレディにしか見えないっっ!!そして女に欲情するって、私百合?…あ、違う、彼女は今男だから、百合にはならないのか?



アホな事を考える私の様子を眺めながら、リーズは口を開いた。

「うーん、いきなり記憶が蘇るのも大変ですよね。かなり混乱しますし、感情移入してしまいますし。私も最初は前世の感情と現世の感情をわけるのに苦労しましたが、今では前世の事を、一つの映画の様に捉える事が出来る様になりました」

「一つの映画って?」

「前世という過去の事実を知っているだけで、それは現世の私ではないですから」



ガーン!!



と思ってしまった私は、彼女の言うところの「感情移入」をめっちゃしてしまっているのだろう。今目の前にいるリーズは、今の私を見ても、何も感じないという事なんだろう。私が今こんなに愛しい、可愛い、会えて嬉しい、触りたい、出来たらイチャイチャしたい、さらにその先のステップまでいって彼女に埋めたい…あ、それは無理なんだっけかという感情を持っていたとしても、彼女であるはずの渡部(かれ)からは前世の様な感情は返ってこない、という事。



うああーーーーー!!虚しいっっっ!!!



「すみません、もう少し声を抑えて下さい」

あれ?今の声に出してた?



突っ伏した私がひょいと顔をあげて、リーズに「ごめん」と言うと、彼女はくすくす笑いながら「なんだかその顔、懐かしいですね」と言ってくれた。

よくよく聞くと、「主人に置いて行かれた犬の様な顔」という事であったが、それでもいいっっ!!リーズが懐かしいと笑ってくれるなら!!



✰✰✰



結局、リーズの取り計らいで、私が上手く感情をコントロール出来る様になるまで、友人としてお付き合いをしてくれる事になった。彼女の変わらない優しさにキュンとする。流石私のリーズ。

あ、でもリーズは今、美女ならぬイケメンであった。彼女とかいるんじゃなかろーか?

ど直球で聞くと、「今はいませんから」との返事だった。リーズが女といちゃこらするシーンを想像して複雑な気持ちになる自分は、大丈夫なんだろーか??いちゃこらを超えてエロい想像をした自分は、かなり立派な男に近いと思った。



翌日。神無月センパイが、ニヤニヤしながら声をかけてきた。

「ちょっとちょっと、聞いたよー?イケメンの後光にやられて失神したって??」

「はい?すんませんセンパイ、話が見えません」

「いや、だからアンタが例の新入社員に見つめられて気を失ったって話よ」



センパイ、今こそ失神しそうですがな。



「…や、えーと…」そうだ、「脚立から落ちて、気を失ったんです」という事にしておこう。

「何言ってんのよ!!しっかりと見つめあった後に渡部君の(かいな)に抱かれてお姫様のよーに寝ちゃったんでしょーが!!しかも、王子がお姫様抱っこで医務室まで運んだんだって!?更に、仲良く連れ添ってそっから出てきたと思いきやー、向かいの喫茶店で長々とおしゃべりしてたんだって!?」



裏はとれてんだよ!!と言いながらドン!と拳で机を殴打する神無月センパイ。センパイ、就職先間違えてはいませんか?

「やー、何だかご迷惑お掛けしちゃったみたいなんで、お礼を兼ねてお茶しただけっすよ」

いやしかし、今センパイなんつった!?170センチの大女を、リーズに運ばせたとか!?後で謝りの言葉を送っておかねば…しかし、その前に。

「ほぉ…んじゃあ、その時の会話を一言一句逃さず再現してもらおうかぁ」

指を鳴らすんじゃないかと錯覚しそうな程センパイがめっちゃ怖いっす。やっぱり貴女の就職先はココジャナイ。



✰✰✰



この週の土曜日。私はリーズと会っていた。確かに連絡先交換はしたし、私はものすごおおおおおおおおっくリーズに会いたかったけど、まさか休みの日まで時間を取ってくれるとは思わなかった。マジ天使。

しかも、リーズから誘ってくれたんだ!!そのメールを受けた時、私の眼は出目金になっていた気がする。金曜日に竹刀振りながらスキップ踏んでいたら、父が「やけに機嫌がいいな、どうしたんだ?」と聞いてくれたんで、「会社の人と明日デートなんだ!!」と満面の笑みで返事をしたら、父の眼も出目金になっていた。

親子だなって思った。



目の前のリーズは、美しい…恰好ではなかった。残念ながら、普通にイケメンの恰好だった。ちょっとがっかりした私に気付いたのか、リーズはくすくす笑いながら「現世でドレスを着たら、女装になってしまうので」と言った。流石リーズ、私の考えている事はなんでもわかるんだな!!

「それでも、似合うと思うんだよ」と言い募ったら、ちょっと困った顔をした。へにょっと眉尻だけ下がる、その顔。あぁ、やっぱり可愛すぎる。



私は、リーズの話を沢山した。や、本人を目の前にして、本人の話ばかりするのもどうかと思うけど、前世の話をする事はとても楽しかった。

彼女が魚を掬おうとして、川に流された話。川から引き上げた時、体のラインが出て色っぽすぎて襲いたくなったと言ったら、リーズの眼が据わった。あ、これドン引きしてる時の顔だわー。過去にも結構よく見た顔だわー。

彼女が帽子を飛ばした時の話。木に引っかかった帽子を代わりに取ってあげてそのまま下を見たら、リーズの胸の谷間が見えて鼻血を吹きそうになったと言ったら、やっぱりリーズの眼が据わった。

彼女とハイキングを楽しんだ時の話。わざと風の強い日を選んで、ラッキーチラリを期待していたと言ったら、リーズの(以下略)。



リーズは、私の事を沢山聞いてくれた。と言っても、ロイの話でなく、小ノ宮咲良の話である。どんな幼少時代を過ごしていたの?どんな家族と過ごしているの?どんな趣味を持っているの?どんなテレビ番組を見るの?…最初は正直、そんな事聞いて楽しいのかなー?とは思ったが。幼少時代の遊びや、家族との喧嘩話、または感動話、自分の好きな事、好きなテレビ番組の話は意外と楽しくて。

コーヒー三杯お替りしても、時間はあっという間に過ぎて行った。



私達は、その後も毎週の様に会っていた。仕事や実家の都合で会えない時には、お互い「ごめんね」と連絡しあい、さながら会うことが当然であるかのようなやり取りだ。

何度目かの、(傍から見れば)デート?の日。目の前の、コーヒーに砂糖二つを入れて丁寧にスプーンでかき混ぜる彼女を見ながら唐突に、思った。

あぁ、この人は、リーズではないんだな、と。



前世で、リーズが好むのは無糖の紅茶だった。当時は、砂糖が高級品だったのかもしれないし、コーヒーがなかったのかもしれない。しかし、現世で無糖の紅茶も飲めるのだ。それを、「彼」が飲むことはない。

そして、スプーンをかき混ぜる、その手。リーズの様な、白魚の手ではない。細めではあるが、ゴツゴツしていて私よりも大きい、誰が見ても男の手だ。

最初は割り勘だったお茶の会計。いつの間にか、「彼」がさっさと済ませてしまう様になった。

沢山話すにつれて、初対面の時よりも豊かになった表情。リーズであればしないような、大口を開ける事もあったし、ニヤリと意地の悪い表情を浮かべる事もあった。



ストン、と…そう、ストン、とそれは落ちてきた。

私が愛するリーズは、もう過去の人なんだ。

そして、リーズを愛していた「(ロイ)」も、過去の人なんだと。


それに気付いた時、急に彼と話が出来なくなった。呼吸が薄くなり、どことなく苦しい気がする。ロイは実直で嘘がつけない人であったが、今の私もそれに近い性格だった。



彼はすぐに私の変調に気付き、私を家まで送り届けたい、と言ってくれたが、私はそれを、丁寧に固辞して帰宅した。



―― 俺が守りたかった彼女は もういない ――



✰✰✰



彼と変わらず連絡のやりとりはしていたが、直接会うのは避けるようになった。前世という結びつきはあるものの、感情の結びつきはない私達。そもそも渡部(かれ)さんは、「感情のコントロールが出来るようになるまで」友達付き合いをしてくれると提案したのだ。

私が、彼を「彼女(リーズ)ではない」と思った瞬間に、それは来た。前世の感情に完璧に同化していた自分の感情が分かれたんだ。そしてそんな自分に渡部(かれ)さんを付き合わせ続けるのは、悪い気がした。



「ちょっとぉ、な~にぃ?もう倦怠期?」



センパイは、変わらず私と彼がどうにかなったと信じ込んで、話しかけてくる。

「ですから、そういう関係ではないですって!」私がいくら言っても、耳を貸そうとしない。

「そんな事言うけどぉ、渡部君に直接他の女性社員がアンタの事突っ込んで聞いた時、『どうでしょうね?』って言ったんだってさ!付き合ってないって否定もしないし、むしろその言い方って渡部君の片思いっぽいじゃないさー」

眼が点だ。そして初耳だ。あ、私世間話に疎いから初耳ってのは当たり前か。



「しかも、他の男の同僚にアンタの事聞かれた時、嬉しそうに話していたらしーわよー?アンタの好きな物とか、聞きもしない色々な事!ノロケの様だったてさ。アンタだって、渡部君の事色々知ってるんじゃないのー?」

そう続けて言われて、愕然とした。私が彼と話していたのは、リーズの話だけであって、渡部さん自身について聞いたことは一度もない。逆に、渡部さんが話したり聞いたのは、今の私…そう、ロイの事でなく、小ノ宮咲良の話だった。



それを知ってしまって、泣けてきた。渡部さんは、自分に全く興味のない人間を友人とし、更に過去を求めて渡部さんに手を伸ばすような人間と、ずっと付き合ってくれたのだと理解したから。

私は一緒にいて、楽しかった。しかし、渡部さんは、どう思ったのだろう?

もし、今の私が前世と決別出来たと知ったら、少し遅いかもしれないけど…喜んで、私から解放されるのだろうか?



✰✰✰



思い立ったが吉日。私は、久々に渡部さんと直接会って話をする事にした。私が避け続けていた事に気付かなかった訳でもないだろうに、彼は私と会うという選択をしてくれた。やっぱマジ天使だ。



私は、つっかえながらも懸命に自分の想いを伝えた。前世に引き摺られた自分に付き合ってくれた事への感謝、もう前世の感情が分離したから一緒にいてくれなくても情緒不安定にはならない事、でも折角お知り合いになれたんだから友人でいてくれたら嬉しい事…などなど。

全て話して、チラリと彼の顔を窺うと。

そこには、意地の悪い笑みを湛えた渡部さんがいた。



あれ?



「ふーん。話はわかったよ。じゃあ、もう猫かぶんないでいーね」



なんか、想像していた展開と違う。

ホッとして、穏やかに笑い、「それじゃあ…」と去って行く渡部さんを見送る予定は何処へ行った?



ニヤリと黒い笑みを浮かべながら、彼は話はじめた。

「俺もさぁ、前世なんて言ったって全く今には関係ない話だし、もうスルーして生きていこうと思ってたの。そもそもロイは男だったから、現世がどうだとか興味なかったしね」

あ、一人称は「俺」だったんですね、渡部さん…そんな突っ込みは恐ろしくて出来ない。

「けど、君を初めて見た時に気が変わったんだ。その真っ直ぐな眼を見て思った。きっと、実直でバカ正直で闊達でちょっと抜けてるところは変わってないって。そういう女性って、俺の好みドンピシャなんだよね。男女の付き合いは友人からでも問題ないでしょ?だから、君が俺自身を見てくれるまで、ずーっと待ってたんだ」



やっと見てくれたね。



そう言いながら、渡部さんはいつの間にか私の両手を握っていた。握っていた!?え??いつの間に!?

しかも、何気に(ロイ)の事、褒め言葉と貶し言葉半々で表現しなかったか!?



けれども私はその事にガーン!とならなかった。私はロイではないか。笑って聞く事が出来た。



「リーズはね、ずっと後悔してたんだよ。ロイみたいな強さがあればって。あ、身体的な話ね?守られてるだけじゃ嫌だったんだ。ロイが守ってくれるみたいに、本当はリーズもロイを守りたかった」



えええ!?あんな、病弱な美女がそんな事を考えていたなんて…けど、彼女が儚げなのは見た目だけだった、と思い出す。

じゃなきゃ、真冬の川に足突っ込まないし、暑いからって帽子投げないし、馬に乗りたいからってハイキングを理由に親を騙したりしないな、うん。



正直に言おう。生まれてこの方21年、男と取っ組み合いはした事があっても、優しく抱擁なんて想像出来ないくらい、私は男慣れをしていない。

握りしめられた両手を引っ込める事も出来ずに、硬直したまま、意識を余所に飛ばそうとしたのは当然の事だったと思われる。



渡部さんにロックオンされ、その事に気付かないままノコノコとデートを重ね、あっさりと食われて、しっかりと会社公認カップルとなり、さっくりと両親に挨拶をし、飛ばしていた意識を取り戻した時には私の姓は渡部になっていた。



☆☆☆



初めて肌を重ねた日。

キョドる私に渡部さんはこう言った。

リーズの面影を残した、そっくりなのに違う笑顔で。



「覚えておいて?これからは俺が君を守るから。」



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