発現する力
私が本格的な訓練を始めてから、3ヶ月が経ちました。
体力もそこそこついて、魔法も中位クラスの魔法まで使えるようになった。
言葉も会話する程度には覚え、生活するぶんには困らない。
私のレベルは8にまで上がっていた。
ケイナさん曰く、かなり早い上がり方との事。
ただ、ここからがいよいよ上がりにくくなっていく。
基礎力がつけばつくほど成長は遅くなる。
鍛えてみると、ケイナさんがいかに優秀なのかを実感させられる。
しかもまたレベルが上がって今は71らしい。
ーー多少は強くなった自覚はあるけど、ケイナさんは絶対に超えられそうにないなあ。
そう思うほどには力が強くなればなるほど、ケイナさんの優秀っぷりは凄い。
どっかのコラみたいな『もう、全部あいつ一人でいいんじゃないかな』状態だ。
「それじゃあ、今日も訓練行ってきます。」
「カエデちゃん、気をつけてね。」
この頃になると私は一人で訓練に行くことが多くなった。
強くなったと言っても、まだ基礎の基礎しかやっておらず、やる事は大体筋トレや体力作り、魔法の練習と言ってもそれも一人でできることだ。
ケイナさんは優しいからいえば悪い顔もせず私の訓練に付き合ってくれるだろう。
だけど、技術的な事ならともかく、一人でできることにそこまでの苦労をかけたくなかった。
私は村の近くの湖にやってきた。
以前、リディルベアに襲われた場所。
普段のここはとても静かで魔法の集中をするにはとても良かった。
お腹が空いたら湖で魚を取ればいいし、魚を捕まえるにも魔法を使えば特訓にもなる。
ここ1ヶ月訓練して分かったことだけど、構築さえしっかりすれば魔法の応用力はかなり高い。
魔導書を使った魔法は簡単だけど効果が決まっている。
変わるとすれば魔力を込めた量による威力や射程くらいなものだ。
でも、自分で一から構築すれば例えば魔法で料理とかもできるようになる。
今の私は複雑な魔法はまだ時間はかかってしまうけど、簡単な魔法に関していえば、魔導書の魔法と同等くらいの速度で使える。
魔法に関してはケイナさんですら上位魔法については魔導書の魔法を頼っている。
上位魔法はそれほど構築が難しいのだ。
魔法という方面で言うと、ティリカちゃんが抜きん出ている。
感覚でキチンと魔法の構築をやってしまい、上位の魔法もその歳で簡単に使ってしまう。
まさに魔法の申し子みたいな子だ。
私も才能あると言われたけれど、それは転移前に似たようなことを勉強していたからであって、生来の資質ではない。
才能というのは本当に羨ましい。
ちょっとした嫉妬心を抑えるように、私は魔法の練習を開始した。
1時間ほど経ち、そろそろ休憩をしようと思った時に辺りが急にざわめいたのを感じた。
この感覚は以前にも感じたことのある感覚。
魔族と出会ったときのとても嫌な感覚だった。
「ふむ、子供が一人ですか。」
突然後ろから声が聞こえ、私は驚き声の方を見た。
そこには人に近いものの、全身は細身で背が高く肌の色は薄い青色。
死んだような目をして常に笑っているような顔をしているが、逆にその顔がそいつの不気味さを際立たせていた。
ーーこいつは絶対にヤバい奴だ!
対峙しただけでもハッキリと分かるくらいにその禍々しいオーラみたいなものを発していた。
「ただの子供にしては多少力があるようですが、魔族の血
を感じませんね。この付近だと思ったのですが。」
そいつは何かを探しているようだった。
言葉はケイナさんに魔族の言葉を教えてもらった。
恐らく言葉から察するに、こいつの目的はあの村の人達なのだろうと分かった。
「まあいいでしょう、とりあえず見せしめに殺しておきますか。」
そんな『コンビニに行くか』くらいな感じのノリで、私を殺すと言われても困る。
いや、マジで困るどころの騒ぎではなく、今まさに生命のピンチだと言うのに、訳のわからない事しか頭に浮かんでこない。
明らかな格上の存在、戦ったところで私なんて赤子を捻るように簡単な事だろう。
これがパニックになると言う事なのか、頭では分かっているような分からないような、どうしようもない感覚が私を襲っていた。
ーー異世界にて残念、私の命はここで終わってしまった。
イヤイヤイヤイヤ、私まだ死にたくないし、やっと少しは強くなったと思って、あの時とは違う人生を歩めるんだと思ったのに。
しかし、 無慈悲にもそいつの腕から魔法が放たれる。
禍々しい黒の弾丸が私を貫いた。
--うぅ、私はここで死ぬのか......
そう思ったが身体はどこも痛くはない。
恐る恐る見てみると、光り輝く盾が私の目の前に存在していた。
目の前にいる奴はそれを見て怪訝そうな顔をした。
「まさか、それは二千年前の......そんなはずは」
光り輝く盾を見て何かを呟いていた。
一先ず生きていたけど、危険な状況なのは何一つ変わっていない。
「この子供は今、確実に仕留めなければいけないようですね。」
むしろさっきより酷くなったのは気のせいだろうか。
この光の盾もどのくらい頑丈なのかは分からない。
そもそも、盾を使ったことがない私がこれで敵の攻撃を防げるかわからない。
これが私の隠された力って言われても、この状況を打破する事は到底不可能だ。
だけど、その防がなければならないという状況になる事はなかった。
「カエデちゃん、大丈夫?間に合ってよかった。」
ケイナさんが駆けつけてくれた。
「私達もいますよ」
ティリカちゃんの姉、ルティさんと兄のタキルさんも次いで現れた。
3人は私と目の前の奴の間に割って入る。
「貴方達から魔族の血を感じますね。成る程、この子供を殺そうとしたのは間違いではなかったようですね。」
村一番の戦士達を目の前にしても余裕を持った喋りをする。
目の前の此奴はそんなに強い奴なのだろうか。
「だが、貴方達とやりあうのはこちらもとだではすまなそうだ。」
そう言うと奴は身を翻し、何かを唱えると一瞬でその場から姿を消した。
姿を消した後も私は起き上がることは出来なかった。
ピリピリとした緊張感がしばらく残っていたけれど、ケイナさん達が剣を収めるとその緊張感はなくなった。
「良かった、突然物凄い悪意を感じたから、無事でよかった。」
「ケイナ、あの魔族はやはりこの前の......。」
ルティさんの言いたいことはすぐに分かった。
あいつはこの前現れた奴らの上司みたいな者なのだろう。
逃げられてしまったと言うことは、こちらのことが相手にも伝わると言うこと。
「とりあえず、カエデちゃんが無事で良かったわ。」
「ありがとうございました、来てくれなかったら本当にどうなっていたか。」
ケイナさんの言葉に私はホッとした。
「でも、これからはカエデちゃんも狙われるわね。」
しかし続くケイナさんの言葉に私はゾッとした。
「やはり、転移者には力が備わっているみたいね。奴らは必ず力を持つ貴方も狙ってくる。」
私の手には光り輝く盾が残っていたけれど、奴が逃げた後に元からなかったかのように姿を消した。
私の遥か格上の攻撃を防ぐ盾、今の私には過ぎたモノである。
しかも、この力を持っている為に狙われると言う事だ。
「それで、ケイナさんどうするんだ?」
タキルさんの言葉にケイナさんは少し考える。
「そうね、カエデちゃんにはまだ早いとは思ったけど、グズグズはしていられないわね。これからはもっと実戦を意識した特訓を始めましょう。」
だけど、私は怖かった。
初めての遥か格上との遭遇。
結果的には間に合ったとはいえ、あの盾が無かったら確実に命を落としていたこと。
強くならなければ殺されてしまう、それはわかっている。
だけだ、それ以上に私には言いようのない恐怖が私の体を包み込んでいた。