不安
あれから数日が経った。
私がやることは変わらないけれど、ケイナさんの表情は見ていて良いモノではなかった。
村長さんや他の大人達との会議で忙しそうにしている。
――あの熊の化け物があそこに居たっていうのがそんなに問題だったのかな?
ケイナさんの話ではあの熊の化け物……リディルベアというらしいけれど、
あの熊は元々もっと山の方に住んでいる生物らしい。
それが村の傍の湖までやってきているというのは、やはり何かの異変の前兆ではないか?とケイナさんは心配しているようであった。
「カエデちゃんは今日は家で休んでて」
ケイナさんは鎧に身を包み、長剣を腰に携えている。
明らかに戦いに行く格好だ。
普段の姿からは想像もできないようなオーラを感じた私は頷くことしかできなかった。
せめて見送りでもしようと私は村の入り口まで足を運んだ。
村の入り口にはケイナさんと同じように武装をした人が何人か居る。
「お兄ちゃんとお姉ちゃんも駆り出されるんだってさ、私つまんないな~。」
不意に声をかけてきたのはこの村の女の子のティリカ・ヒュリスちゃんだった。
彼女は魔法の才能があるらしく、見た目は私より少し上という程度なのに、様々な魔法を使いこなす。
もちろん、今私に声をかけているということは、翻訳の魔法も使いこなせるということだ。
「ルティさんとタキルさんも行かれるというのは大事なんですね。」
ティリカちゃんが腕を組んでうんうんと頷く。
「そうなんだよね~、ケイナさんが出るというだけでも相当なことなのに、お姉ちゃんとお兄ちゃんも行かないといけないなんてね~。」
この村には強い人が結構居る、何でこんな村にと思うかもしれないけれど多いのが事実だから仕方がない。
他の村や街を見たことがないので、これが平均なのかどうかは分からないけれど……
とにかくケイナさん以外にもティリカちゃんのお姉さんやお兄さんなどの腕利きが出張るのは、この村にとってただならぬ空気を生み出すのに十分だった。
さて、ティリカちゃんと一緒にケイナさん達を見送ったけど、正直に言って私はやる事がない。
言葉もまだ片言でしか理解できていないし、幼くなっているとはいえ私も元々は16歳の高校生。
自分から鬼ごっこしようとかはちょっと言いにくいし恥ずかしい。
読書が出来ればいいんだけど、この世界の文字はまだ読めるようになってない。
ケイナさんに教わりながら勉強はしているけど、当分時間がかかりそうだ。
「魔法が使えたらなあ……」
「ん、じゃあ私が教えてあげよっか?」
私がボソッといった言葉にティリカちゃんが反応する。
正直に言うとちょっと怖い。
ケイナさんはこの村での先生みたいなことをやっていて、かなり教えるのが上手い。
いくら色んな魔法が使えるからといって、教えるのが上手いとも限らないし、なによりまだ10歳。
年下に教わるのが嫌とかいう訳ではないけど、不安は尽きない。
「一つ魔法ができちゃえば、あとはばばーってできちゃうよ。」
「う、うん……。」
とても大雑把な説明に私の理解が追い付かない。
まあ、10歳ならこんなものなのかもしれない。
でも、私に魔法が使えるのだろうか、今まで科学の世界に居た私にとって完全なる未知の世界だ。
「具体的にはどうやればいいの?」
「う~ん……、こうまずは……」
ティリカちゃんは身振り手振りで教えてくれる。
「こうガーッてやると、ぶわーってくるから……。」
うん、まったく分からない。
伝えたいことは何となく分かるんだけど、魔法の魔の字も分からない私にはどうすれば分からない。
ティリカちゃんの方も私に伝わってないことが分かると困ったような顔をする。
「できない?」
「うん……。」
微妙な沈黙が訪れる。
そんなことをやっている間に結構時間が経ったみたいで、ケイナさん達が戻ってきた。
帰ってきたケイナさん達の表情は芳しくない。
私はその表情を見て、心のどこかに影が落ちるような不安を感じた。