第1話
こちらは不定期更新で行きます。1日か2日おきくらいに更新できれば御の字です。
ここはどこ?わたしはだぁーれ?
そんな台詞が頭によぎる。
木漏れ日の漏れる麗らかな森の中。
地面に座った私は、呆然としていたーーー。
「いってきまーす!」
「わうっ!!」
パタパタと尻尾をふる黒毛の柴犬の“くろすけ”に見送られ仕事に行く、ピチピチの34歳、前園雪乃。
中小企業の事務職歴12年。中堅お局社員になりつつあるが仕事は堅実にこなす独身の社会人だ。
彼氏?
残念ながらいたことなんてありませんよ。悪いですか?私は、可愛い子が大好きなのです。最初に否定しておきますが、決してレズではありません。ちゃんと恋愛対象は男の方です。えぇ。可愛い子なら男の子も女の子もカモーンです。
「ねぇ、雪乃ーきいてる?」
「え?…あぁ、うん聞いてる聞いてる。」
社員食堂の名物おばちゃんの手作り料理に舌鼓を打ちながら、同期で美人の相原夏美に適当な相槌を打つ。
夏美は、天然が入って、緩くカーブしたナチュラルブラウンの髪を肩まで伸ばした美人な外見ではあるが中身は、ゲーマーに少し腐の気が入った同人誌作家である。そんな彼女は、既に二年前同士である男性と見事にゴールイン。同人誌の発売促進会で出会っていつのまにか囲い込まれて居酒屋で酔った隙に婚姻届にサインさせられたそうだ。…詐欺だろう、それ。
本人は幸せそうなので、許したが。
「もぉ、また一人の世界入ってたでしょー。」
ゴールインした彼がより彼女をゲームの道へと突き進ませたらしい。彼女の手にはゲーム関連の雑誌がいくつも握られている。そういえば、彼は仕事以外の時間は、こうして趣味に熱をあげるのも彼女の魅力だとドヤ顔で言っていたな。
「ごめんごめんて。で、何だっけ?」
「ほら。これ!すごくない?」
ばさっと差し出された雑誌にはでかでかと名前が書いてあった。
「…エーヴィッヒ、ファンタシーオンライン…?何これ」
「ネットゲームよ、ゲーム!その名も永遠のファンタジー!!舞台が妖精も、精霊も、獣人もなんでもありの世界なの!って、みるのはそこじゃなくて!」
こっち、と指された場所には、某宝◯にいそうな男装の麗人。男だけど。力強く鋭い金の目に、頭頂で一つに結んだ腰まである長い髪は、深い碧。背中には髪と同じ色の剣が吊され、黒の長いブーツに長衣を纏っている彼は森の入り口と思われる場所をバックに立ち姿で描かれている。
「うわぁ…怖いぐらい綺麗なアバターね。」
「でしょー?!でもこれ実際にいるトッププレイヤーの画像なの!ほら、これが彼のデータ!」
興奮気味に夏美が指した立ち姿の横には詳細な数字が書かれた枠が設けられ、その数字が凄まじいことぐらいは、あまりネットゲームをしない雪乃でもわかった。
「へぇ…」
「えー。そんだけー?」
夏美が不満げに口を尖らせる。
「いや、凄いことは分かるけど…。どう反応していいのか…」
「んー、まぁそれもそうか。」
「で?これを見せて何を報告したかったのかな?」
「にししっ、バレた?」
実はっ、と至福の笑みを浮かべた夏美が鞄をごそごそ漁ってノートを取り出した。
「いやー、これ見てたら、創作意欲が湧いちゃって!旦那と一緒に二徹して作ったの!!」
いや、わざわざ二徹しなくてもいいんじゃないか、なんて言葉は彼女に言ってはいけない。前はそれを言って酷い目にあった。
ノートに書かれていたのは、あの男装の麗人をモチーフにしたであろうBL漫画。
「……また凄いのができたね。」
「うん!!たのしかったー!!」
読み終わった頃に昼休みが終わった。
一通り午後のノルマをこなし、少し休憩でもしようかと立ち上がった時だった。
ーーーあれ……。うそ…
ぐるぐると回る視界に急速に抜けていく力。
がたんっと机に咄嗟についた手は、支えの意味もなさずに体が勝手に倒れて行く。
「前園さんっ!?」
「雪乃ちゃん!!?」
がたがたっ、がっしゃん!
椅子が倒れる音と、同僚が名前を呼ぶ声、全てが不思議と薄皮でも一枚挟んだように客観的に捉えていた。
地面に倒れる瞬間、雪乃の意識は途切れた。