機械人形たちと魔道士
のどかな田舎の街道を一台の自動魔導車が疾駆する。
『坊ちゃま。もうすぐ燃料が切れます。』
渋い執事声が車から響く。
「は?何でだよ?」
どこか軽さを持つ黒髪の青年が車に聞き返す。
『マスターが前の街でご婦人と遊んでたから』
助手席にチョコンと座る銀色の髪の少女の姿をした魔導機械人形が指摘する。
それに追従するように車が小言を繰り返す。
『だから私は申し上げたのですよ?まずは燃料の補給を先にすべきですぞ。と』
「うっさいなあ。。。お前ら。」
『何度でも申し上げますぞ。大体でございますな。あの娘は…』
愚痴愚痴と自動魔導車の小言は続く。やがて行く手に小さな村が見えてきた。
村の中心部にある、恐らくは領主の館の前にアブサンを停めると
館の主を訪ねた。
「まあ、旅の魔道士様ですの?」
館から出てきたのは栗毛色の可愛らしい少女だった。
生憎と領主は不在らしい。
「そうなんですよお嬢さん。ヴァンと申します。よろしくお見知りおきを。」
と、少女の手を取ると大仰に手の甲にキスをする。
『またマスターの悪い癖が始まった。』
『私の教育が悪かったのございますかねえ。』
後ろから機械どもの愚痴が聞こえてくる。
「ごほん!あーお嬢さん。この館で燃料を少しばかり売っていただくわけには参りませんか?」
わざとらしく咳払いなどした後で、彼は領主令嬢に燃料の融通を願い出る。
だが、令嬢は困ったような顔をしてヴァンの願いは叶えられないと伝えてきた。
「まあ…でも、こんな田舎の領地でございましょう?燃料などとんと用がありませんもの。」
「僅かでも良いのですが?」
しかし、令嬢は残念そうに首を振る。本当に無いのであろう。
彼女はしばらく考えた後でポンと手をたたく。
「そうですわ!丘の上に尼僧院がございます。あそこなら燃料が在るかもしれませんわ。」
トンでもない提案をしてきた。
「尼僧院ねぇ…『教会』かぁ。。。ボクには敷居が高いなぁ。」
魔道士と教会。この2つは相剋の歴史だ。互いに憎み合っていると言っても過言ではない。
そんな事情を知らないはずは無いのだろうが
人柄が良い令嬢は、他人の悪意を疑うとか知らないで人の善意を信じているのだろう。
「でもお困りなんですもの。魔道士の方とは言え、きっと融通して下さいますわよ。」
「屋敷の者に案内させますわ。ギィ!ギィはおりまして?」
「お呼びでしょうか?お嬢様。」
「この方を尼僧院まで案内してちょうだい。きちんと理由をお話してね?。」
「はい。」
令嬢は案内のメイドさんまで付けてくれた。
「こちらです。」
彼女。ギィはヴァンたちを丘の上の尼僧院まで案内してくれた。
道々、こちらをチラチラと見て何かを言いたそうにしていた。
尼僧院に着くと、対応に出たのはやや若い三十代ほどの院長だった。
こちらをジロリと睨み、上から下まで値踏みするように眺め回す。
ギイが僕達の来訪の理由を告げると、眼を三角にして
「まあ汚らわしい。魔道士風情に燃料を分けろですって?」
「そこをなんとか。」
分けて頂く立場としては下手に出るしか無い。
「お断りさせて頂きます。お引取りを。」
案の定と云うべき結果だった。取り付く島すらない。
トボトボと丘を降りながら
「やれやれ。けんもほろろとはこの事だな。」
相手が教会では十分予想できた話ではあるが、困ったな…。
プリマディールが然程心配してるようでもなく
『どうするの?マスター』
彼女は何時でもこうだ。
ヴァンは顎に手を当てて考える。
「自前で精製するしかないかな?」
出来ればしたくはない。だって汚れるし。
其れに対してプリマディールは現実的解決法ではない。との認識を持った。
『西方辺境領ではあるまいし、こんな平和な農村に魔物などいない。』
ヴァンはニヤリと笑うと彼女に反論する。
「そーかなー。さっきの尼僧院とか獣臭かったよー」
家畜小屋もないのにね。と続けた。
彼女のメモリーは教会に課された禁則事項の検索を瞬時に行う。
『まさか「教会」が魔物を飼うのは厳重に禁止されている。』
その通り。だが、全てに目が届いているわけじゃない。
ヘラヘラと笑いながらヴァンはプリマディールの指摘を切って捨てる。
「禁止されるとやりたくなるのが人間の罪深いとこだよ?よーく覚えておきな。」
『理解不能』
人間とは不可解なものなのだよ。機械の少女よ。
帰り道に館のメイドのギィが
「ねえ、魔道士さん。助けて欲しいの」
彼女は震えていた。
どうやら、話を切り出すタイミングを計っていたようだね。
「弟が…贄にされるの…お願い助けて。」
穏やかならぬ話を始めた。
一見平和に見える、この村では未だに「教会」の強い影響が残っているとの事だった。
彼らは魔物。彼らの神へ年に一度供犠を与える。生きた人間をだ。
まあ、驚くような話じゃない。
抗魔戦争が終わった時に一番の問題になったのは「教会」と、その信者たちをどうするか?だった。
当たり前だが、皆が熱心な信者だったわけじゃない。「教会」を怖れて信者になった者も多い。
そして信者全てを処分するなどとなれば、我々が新たな「教会」になる。
啓蒙と教育による長い時間を掛けての解決を選択せざる得なかった。
そして「教会」は各地に生き残った。
素知らぬ顔をしてヴァンはギィへと
「そんなの領主とか帝国魔導院にでも頼べばいいじゃない。」
ギィは困ったように、啜り泣く声で
「ご領主様は…その、全て知ってるの。」
「あちゃー。領主までグルとはね。」
手を顔に当てて嘆息する。
チラリとあの人の良いご令嬢の顔がよぎる。
ヴァンはしばし考える。彼ら教会の天敵について。
「帝国魔導院は?あの連中なら「教会」絡みなら黙ってないだろ?」
帝国魔導院。教会の天敵。
ありとあらゆる方法と手段を持って邪教の輩を討ち滅ぼす帝国の御楯。
「儀式が三日後なの。知らせに行ってたら間に合わないわ。」
今度こそお手上げだ。
「……魔道士の報酬とか知ってる?」
「お金は、これだけ。お給金貯めた8デナリあるだけなの。」
ギイはチャラリと金貨をヴァンに見せる。
「魔道士雇うなら、最低でも100デナリが相場だ。」
ヴァンは彼女の体温で温まった硬貨を数えながら絶望の淵へと落とす。
「そんな…そんな大金…ああ、エミール。」
そっと彼女に硬貨を握らせるとニヤリとして彼は云う。
「でも君ならタダでも良い条件があるんだなー。」
「え?」
「ボクと一夜の恋を語らない?そんなら愛しき恋人のためだ。タダでもいいよ?」
『マスター最低。』
後ろで見ていたプリマディールが呆れた声を上げる。
エミール君とやらは尼僧院に囚われているとのこと。
儀式まで…魔物へ生きたままの餌として捧げられる野蛮な宴など待ってはいられない。
思い立ったが吉日って言うしね。
その晩に教会へと忍びこむ。流石に領主がグルとあっては警備は無いも同然。
踏み込んだのが僕達じゃなくて魔導院の連中なら皆殺しにされるぞ。
他人事ながら心配になる。
あいつらは遠慮ってもん知らないからな。
彼らがそこで見たものは。。。
それは世にも、おぞましい光景だった。
幾人もの尼僧たちが牛神に群がり、彼に奉仕している光景だった。
異形の魔物に跨っている女すらいる。
噂には聞いていたが…キモい。
ここは彼女達にとっての神。僕らにとっての魔物の製造工場だった。
これこそが罪なき庶民を贄に求める事と並んで
魔道士たちが、帝国が、教会を押さえ込む大義名分になったモノの一つだった。
隣で見てるギィは、この凄惨な光景に吐き気をもよおした様子だった。
気持ちはわかるけどね。流石にうら若い女性には刺激が強すぎた様子だ。
さて、こんな茶番はとっとと終わらせよう。
ヴァンはギィを一瞥すると立ち上がり、尼僧たちに蔑みの声かける。
「いやはや絶景かな。絶景かな。裸の尼さん達が牛神様にご奉仕かよ。呆れたもんだな。」
ヴァンに気づいた尼僧たちが裸身を晒しながら憎々しげに毒づく。
「おのれ邪教の魔道士め」
「背徳のキミ達に邪教呼ばわりされるなんて傷つくなー。」
せめて覗き魔!痴漢よ!とでも罵ってくれたほうが可愛げあるのに。
女達は一斉に立ち上がり奉仕していた牛神を伏し拝む。
「おお、我らの神よ!あの不埒な邪教徒に神罰を!」
その声に応えるかのようにヴァンたちへと
ゆっくりと牛神は獰猛な唸り声を上げながら近づいてくる。
ギィは「ひっ!」っと短い悲鳴を上げる。
だがヴァンは不敵な笑みを浮かべながら牛神を睨みつける。
「うは。燃料の絞り甲斐がありそうなモーモーちゃんだこと。」
「教会」の魔物たちと戦うために人間が、魔道士達が造り上げた魔導機械神たち。
人間を恐怖で支配していた魔物どもを駆逐した新世代の神々。
その一柱こそがボクの連れているプリマディールだ!
プリマディール!制限解除!戦闘態勢!
『イエス マスター。全力で5分です。』
「5分あれば十分!術式を展開!
踊れプリマディール! あの牛神をブチのめせ!」
『御心のままにマスター』
「ああ、頭は潰しても良いけど身体は残しといてね。マナ絞るんだから。」
『注文が難しい。』
まあ対竜戦装備じゃないから大丈夫でしょ。
プリマディールの全身から蒸気が噴出される。
そして彼女は、牛神に向かって走りだす。その動きは加速される。
そして一瞬で牛神の背後に回り込むと、その足に華奢に見える拳を叩き込む。
「メキッ!」と音がすると同時に牛神は苦悶の絶叫を上げる。
牛神の脚は、あり得ない方向へと曲がっていた。
悶絶する牛神をヒョイと持ち上げたプリマディールは力任せに石壁へと叩き付ける。
何度も何度も叩き付ける。
誰もが、その一方的な戦いに見入っていて声も上げられない。
やがて倒れてピクピクと動くだけになった牛神に、プリマディールは近づく。
そして渾身の力を込めて、その頭部を破壊する。
牛神はピクリとも動かなくなった。
尼僧たちも呆気にとられていたが
牛神が倒されたことを認識するとその眼に狂信の怒りをたぎらせ始めた。
手に手に得物を持って俺たちを取り囲む。
『マスター、動けない。』
プリマディールの制限時間が切れた。…これは万事休すか?
その時に、壁を突き破って巨大な人型が飛び込んでくる。
人型は尼僧たちを、その鉄の腕で薙ぎ払う。
『坊ちゃま。油断は禁物ですぞ?』
もう一柱の魔導機械神であるアブサンの変形した姿だった。
「ありがとうアブサン。助かったよ。」
ギィには別れを告げずに旅立った。
マナが手に入ってしまえば長居は無用というだけだ。
報酬はもらいはぐれたが、まあ、いつか回収すればいい。
あとは領主令嬢には書状を一通認めておいた。
(帝国魔導院の連中が来たら見せろ。必ず助かるから。)とだけ言っておいた。
『この件は、ちゃんと記憶しておいた。あとで陛下に見せる。』
「やめろよ。なんでクソ親父に見せんだよ?」
『当然でございますぞ。陛下とて坊ちゃまを心配しておられましょう。』
本当に煩い魔導機械神たちだった。