私と彼女は旅をする。
どこかへ行きたい。
ふと思い浮かんだそんな考えから、私は必要な物をバッグに詰め込んで、家を出た。
そこから駅へ向かい、行き先も考えず、電車に乗った。
電車を乗り継いで、どこか遠くへ。
乗り継ぐ電車が無ければ折り返したり、駅から出て歩いてみたり。
そんな風に遠くへ、遠くへと進んでいった。
変わっていく景色に、興奮して、叫びたくなったりもした。
私は、こんな刺激を求めていたのだろう。
だからこんなにも私は興奮しているのだろう。
「また、行きたいなぁ……」
「あんた、そればっかりだね」
私の呟きに、目の前の女性が言う。
私よりも背が低くて、可愛らしい顔の女性。
大切な、私の友人。
……なのに私は、ベッドの上に居る。
「そんなにまた旅がしたいなら、早く自分で歩けるようになることだよ」
「うん……やっぱり、元気になってからじゃないと、ダメ?」
「決まってるでしょ、一人で満足に歩けもしないのに遠出なんて」
「でも、ほら……今は歩けなくても移動出来る方法もあるし」
「……あんたは別に、ただ歩けないだけじゃないでしょうに、まったく」
彼女が私のことを心配してくれていることはありがたいと思っている。
今も、満足に動けない私に付き添っていてくれているのだから。
こんなにも良い友人を持つことができて、私は幸せなのだと思う。
ただ、私自身が、私だからこそ分かることもある。
……私が、完全に動けなくなる前に、今度は、一人ではなく、二人で。
「ねぇ、一生のお願い、聞いてくれないかな?」
「……あんたね」
「お願い」
「……言ってみ」
私が、あまりにも真剣に言ったものだから、彼女も覚悟したのだろう。
真剣な表情の彼女の顔は、元の顔が可愛らしいから、あまり迫力はない。
けれど、私の思いに応えようとしてくれているのは十分に伝わってきた。
私は、彼女を困らせたいと思っているわけじゃない。
だけど、これは私の最初で最後の我儘。
彼女が私を大切に思ってくれていることと同じように、私も彼女のことを大切に思っているから。
だから、彼女がダメだと言えば、はっきりと言ってくれるのならば、私はこの我儘を諦めようと思った――。
「……はぁ、わかった。いいよ」
「……本当に?」
「私から見て、もう限界だと思うようだったら、すぐに止めるからね」
「うん……ありがとう」
彼女は、私の我儘を受け入れてくれた。
本当に、私は良い友人を持つことが出来たと思う。
それでも、少しだけ心が傷んだ。
――私は電車で行きたいと言ったけれど、それは断られた。
彼女は、いつの間にか車の免許を取っていたらしく、彼女の車で出かけることになった。
これもきっと、彼女の優しさなのだろうと、私は思うことにした。
「どこに行きたい?」
「……出来るだけ遠くて、綺麗な場所!」
「分かった」
私の曖昧な希望に、可愛らしい姿だというのに男らしく応えてくれる。
きっと、彼女が男だったのなら、私は惚れていたと思う。
けれど、彼女は女性で、私の大切な友人だ。
それは、少しだけ残念だけれど、だからこそ私達なのだと思う。
私達を乗せた車はどこか遠くへ向かっていく。
何日もかけて、ただひたすらに遠くへ向かっていった。
その間の毎日はとても楽しくて、はしゃいでしまった次の日は決まって体調が崩れた。
その度に彼女にはとても心配をかけてしまった。
それでも私は、大丈夫だから。そう言って旅を続けてもらうことにした。
彼女が心配しているのが分かっていても、まだ限界を迎えてはいないのだから、これは譲れなかった。
――やがて、私達はこの旅の終着点に着いた。
本当はもっと旅を続けられただろうが、彼女は私の限界に気づいていたのだろう。
綺麗な海が見える、海岸沿いの道路。
私達以外は、誰も居ない。
この場所は幻想的で、私達だからこそ、その旅の終着点にふさわしかった。
「ここで、私達の旅は終わり」
そう告げた彼女の表情は、私には悲しい表情に見えた。
「ありがとう、こんな綺麗な場所に連れて来てくれて」
「ううん、私も、楽しかったから」
暫くの間、二人で静かに景色を眺めた。
そして、旅の終わりを告げるように。
「帰ろうか」
私がそう告げると、彼女の表情には一瞬の迷いが見えた。
「もう、いいの? もう、満足?」
「……うん、十分だよ。十分、楽しんで、十分思い出が出来たよ」
「……分かった。帰ろう」
彼女が立ち上がるのを見上げると、彼女の目元に、光るものが見えた。
私は、何も言わずに彼女についていき、帰路につく。
あとどれほど、私が彼女といられるか分からないけれど、この思い出が、きっと私に力をくれる。
もう一度、頑張ってみよう。彼女ともう一度旅が出来るように。
――私の我儘から始まった二人の旅は、こうして終わりを迎えた。