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第八話 四種族

タイトル変更、それと追加しました。コロコロ変えて申し訳ありません。

 レディア・フレイドーラは困惑していた。

 はたしてこの目の前に現れた馬鹿は何者なのか。


 最初に街を散策していると、いきなりチンピラ風の男が自分の連れであるラナに暴力を振るった。

 そこまでは簡単だった。不愉快ではあるがラナを傷付けた目の前の糞どもに相応の地獄を見せてやればいい。この程度の雑魚の相手など数秒で片が付く。


 それで終わりのはずだったのだ。


 しかし、そこに飛び込んできたこの少年。

 義侠心にでも駆られて介入してきた善人かもしれないが、止めるべき男に勢いよく突っ込んで、一緒に壁に激突とはいささか間抜けすぎる。

 どこの喜劇だ。


 そこまで思って、レディアは気付く、彼の中から高密度の魔力を一瞬だけ感じられた。

 気のせいかと思ったが、どうやら野次馬の中からも魔法の心得があるらしき連中がザワザワ騒いでいる辺り、自分の感覚は間違っていないようだ。


 馬鹿かもしれないが只の馬鹿じゃないかもしれない。


 立ち上がった少年は、いまだにダメージが残っているらしく、生まれたての小鹿のようにプルプルと内股で足を震わせている。


「よ、よし復活!」

「何が復活だ!コラァ!」

「兄貴!しっかりしてください!」

「兄貴の口から泡が……泡が止まらねえよぉ!」


 リーダーの髭男を結果的に気絶させた橙也。

 さきほどの突進は魔法による身体能力の強化によるものである。バドやリアからの合同訓練で学んだ技の一つだ。魔力を皮膚表面にコーティングする防御法と体内にとりこんだ魔力を回して運動能力を向上させる方法。体内で魔力を精製できる橙也達はこの強化法が一番覚えやすく使うのが適してるらしい。

 橙也がやったのは後者の身体能力向上で、1流の戦士であるなら両方同時に使うことができるが、勇者どころか戦士としてもひよっこの橙也では片方しか使えず、うまく力の調節もできないと言ったありさまだ。


 (優斗達はいきなり使いこなしてたな)


 やはり彼らは格が違うと思いながらも、今は目の前の状況を解決しなければと他の男達に向き直る。


「君たち、こんなレディに物騒な刃を突き付けるなんて・・・あれ?」


 彼なりに格好つけたセリフを放当とした所にいきなり眩暈と共に足をよろめかせる橙也。

先程の強化法の影響だ。

 これは使い慣れていない初心者が使うと取り込んだ魔力の急な欠乏や急激な筋肉痛に襲われる。もちろん魔法使いのバドと騎士であるリアが合同で教えていたし、注意もしていたのだが橙也はとっくに忘れていた。


「うおおおおおお?」


 懸命にこらえようとするも酔っぱらいのようにふらつくばかりで男達も白けたような目で橙也を見ている。

 遂に足を滑らせそのまま再び地面に倒れ伏すことになると思ったがそうはならなかった。


(ボフン)


 という音と共に後ろから何かに支えられる。

 なんだか後頭部の後ろにとても柔らかいクッションのような感触が二つ感じられて、その間に挟まれているようでとても心地いい、このまま眠りに落ちてしまいそうだ。


「おい、なんのつもりだ」


 頭上の方から底冷えするような声音で赤髪の少女が話しかけてきた。

 端的にいうと、橙也は彼女の胸の谷間に挟まれていたのだった。


「違っ・・・・・・!誤解だ!」

「じゃあ、いますぐどけ」

「えっ!?」

「なるほど・・・・・・ただのエロガキだったか」


 正直者はアホを見る。少し男の本音を正直に顔に出しただけでこの扱いである。

 世の無常さに憤りを感じる須藤橙也。

 決して自分が煩悩がすぐに顔に出てしまう間抜けなわけではないのだ。

 違うったら違うのだ。


 なんにせよ本当にこのまま眠ってしまいたかった。


「言い残すことはないか?」

「ち、違うんだ。これは……」

「須藤君?何してるの?」


 そして丁度いなくなった橙也を探して人ごみをかき分けてきた月城葵が冷たい目で見ていた。

なんというかその凍てつくような視線だけで、そこらのモンスターを氷漬けにできる勢いだ。


 なんとか弁解しようと彼女の胸から離れて自力で立ち上がろうとするも、体が思うように動かず、首を懸命に動かすも、何というか見様によってはもっと後頭部の感触を楽しもうとしているように思えなくもない。

そんな彼の様子を見て周りもドン引きし始めている。


 須藤橙也、人生初のラブコメイベントにして最大の危機である。


「「……」」


 そして葵とレディアは、二人とも一時ほど無言かつ無表情であったが、己のやるべきことを見つけ行動を開始した。

 レディアの方はようやく体を動かして橙也を羽交い絞めにして、葵は無表情で腕をポキポキならして近づいていく。

 出会ったばかりで言葉も交わしてもいないのに素晴らしい連携である。


「二人とも、こんな事してる場合じゃない!委員長、ほらそこの悪漢達が」

「あっ巡回の衛兵がきやがった!」

「チッ!兄貴を連れてづらかるぞ手前ら!」

「おう!」


 彼女たちの気迫に押されたのかそそくさと退散を始める男達、ある意味空気が読める行動だった。

読んでほしくなかった。

 男達の去り際の『じゃあな変態』という言葉が橙也の心を深くえぐった。


「お嬢様。死なない程度に」


 ラナとかいう獣耳の少女まで冷たい目でそんな事を言い出す始末だ。

 どうやらここに自分の味方はいないらしい。

 全てをあきらめた橙也は一息つき後ろのレディアに話しかける。


「お嬢さん」

「なんだ?まだ弁明の余地があるとでも……」

「おっぱい背中に当たってます」

「やれ」

「了解」


 次の瞬間、須藤橙也の視界が月城葵の拳を最後にブツンと途切れた。



「へえ、商人なんですか」


 しこたま殴られた後、なんとか意識を取り戻した橙也は懸命に葵に説明とレディアに弁明をした後に謝罪。ようやくわかってもらった後、レディアがお詫びもかねて昼飯をおごりたいと言ってきたため、御相伴に預かることとなった。


「主に地方の交易品を仕入れてこういう王都で売ったりね。あと冒険者も兼業している」

「いろいろやってるんですね」

「このご時世、できるものは全部やらなきゃな。それよりもそっちも武器を買いに来たんだってな。駆け出しの冒険者か?」

「そんなもんです」


 一応自分達が勇者だという事は秘密にしてほしいとバドには言われている。まだ国民には勇者の情報は伏せてほしいし、どこに魔人族の間者が人に化けて潜んでいてもおかしくはない。弱体化の魔方陣があるとはいえ彼らも必死だ。命懸けで暗殺や諜報の任務を担ってくるだろう。


 レディアはどこかバツに悪そうにする橙也をいぶかしげに見つめた後、野菜のスープをすすりながら、腰に巻いたベルトにさらに巻き付けてある柄からナイフを抜き出す。


「コレとかどうだ?さっき助けられた恩もかねて格安で売ってやるぞ」

「お嬢様。こんな時まで商売に結び付けるのはやめてください!」


 慌ててレディアを窘めるラナのいまだに少しだけ腫れた右頬を見て葵が先程、自分が居合わせられなかった騒動について憤慨した。


「それよりもこんな小さな子が暴力を振るわれるなんて許せないわね。この国って結構治安が悪いのかしら」


 葵は自分が来る前の話を聞いて元々正義感が強いせいか、さっきの連中を逃がしたことを後悔していた。そんな彼女にラナは不思議そうな顔をする。


「私の事が怖くないのですか?」

「なんで?」

「なんでって……この耳と爪ですよ? 獣人は魔人と同一種として見られている所もありますし……」

「……確かにその耳と尻尾には面食らったけどね」


 自分を恐れない葵に対してラナが疑問を口にするも、葵はどこか懐かしそうに微笑みながら頭をなでる。


「うちの妹達を思い出しちゃうのよね。ちょっと大人ぶってるところとか」

「失礼な!私はお嬢様のお目付けです!」


 手を振り払って顔を赤くして怒るラナを葵はそれも微笑ましいとばかりに再び頭をなで続ける。やがて観念したように『アウゥゥ』と為すがままになる獣耳少女ラナ。


「委員長のそんな姿珍しいな」

「「だまれ変態」」

「まだ許してもらってない!?」

「冗談です。トーヤさんが本当は優しいという事は良く知っています」

「ありがとうな。ラナちゃん」

「あ、名前呼びは勘弁してください」

「やっぱ嘘だ!まだ変態だと思ってる!」


 コントの様な掛け合いを繰り出している3人を面白そうに見ていたレディアはしばらくして橙達に対しての疑問を口にする。


「仲が良くなったようで何よりだよ。しかし本当に獣人の事を知らないのか?」


 そう言われて、いかにもわからないという反応をする二人に対しレディアは苦笑した後、獣人という存在の説明を始めた。

 獣人とはその名の通り獣・・・いや既に魔物と呼ばれている者達の特徴を持った人々の事で高い身体能力を持っている。

 昔は最も数が多い人族、強い魔力を有する魔人族、長い耳で精霊の声を聞くことができる森人族、そして獣人族と4つの種族がこの世界に存在したが、今では獣人達は魔人族の一部とされ、森人は魔物の増加により住処を追われ全滅してしまったとのことだ。


「なんで魔人族と同一視されてるんですか?」

「彼らは古くから魔人族と交流を持っていたが、それだけではないだろう」


 獣人達は以前からその容姿で混じり物と呼ばれ差別対象にされており、この戦争を名目に人間国は堂々と獣人達を奴隷として狩り始めたのだ。結果獣人は奴隷として売られ、人間国の各所には奴隷区や強制労働の場が点在しているらしい。


「じゃあその娘は……」

「奴隷だ。狼人種のラナ、昔私が買った」


 橙也の問いにあっさりと答えるレディア。しばらく葵と共に絶句していたが当のラナはあっけらかんとしていた。


「そんな顔なさらないで下さい、少なくとも私は平気ですよ。お嬢様はお優しいですしね」

「誰が優しいだ。私は物持ちがいいだけだ」


 そんなラナにしかめっ面で返すレディア。そんな彼女を見てラナは『それと照れ屋です』と小声で橙也達に話しかける。


「それよりも四種族のことまで知らんとはな。どこの貴族のボンボンだお前ら?いや、やはりお前らは……」

レディアは橙也達の反応を見届けてブツブツ独り言をした後、改めて話しかける。


「なんにせよ、お前らはたった今少しだけ現実とやらを知った。それは決して無駄なことにはならないよ」





「お嬢見付やしたぜ!馬車に行っても姿が見当たらんえからどこいったのかと…ぐへぇ!?」

「遅いんだよノロマ!どこへ行っていた!」


 食堂を出たあたりで、大きな荷物を抱えた大男がレディア達に駆け寄ったが、そんな彼にレディアは容赦なくドロップキックをお見舞いして吹き飛ばす。

 吹きとばされた男は大の字で寝転んでいたが、しばらくして全く堪えた様子もなさそうに立ち上がり、レディアの所へ戻ってきた。

 よく見ると体は大分鍛えこまれており、強面についた傷痕も相まって、明らかに只の使用人というわけではなさそうだ。


「いきなり蹴り飛ばすとは酷い事しやすね。反抗期ですかい?」

「正当な怒りだ!私達がトラブルに巻き込まれている間にそっちは呑気にどこで何やってやがった?あぁ?」

「いや例のダンジョン踏破に向けて情報収集して来いっていったのはお嬢じゃないですか!」

「私が困った時は有無も言わせぬ速度で参上し解決するのがお前の役目だろうが。使えん奴だ」

「召喚獣じゃあるまいし、俺にそんな有能さを求めないでくだせえ!」


 そこからラナも呆れたような目で会話に加わってきた。


「そもそもガルドさんの帰りが遅いから、私達は探していてトラブルに巻き込まれていたんですよね。どうせ休憩とか言って、ナンパしてたんじゃないですか?いい加減メアリさんに愛想尽かされますよ?」

「ラナ!?お前まで・・・・・・まあ少しだけね?」

「しっかりと報告します」

「すいませんしたああああああああああああああああ!!」


 レディアとラナに往来の真ん中でこれ見よがしに土下座する男。

 橙也はそんな彼にどこか親近感を覚えていると、後ろから葵が裾を引っ張ってきた。


「なんだか忙しそうだし、そろそろお暇したほうがいいんじゃない?」

「んー……ああ」


 橙也としてはもう少し彼女達と話がしたかったが、どうやら向こうは仕事で来ているみたいだし、これ以上足止めさせて邪魔しては悪いと思い直す。


「じゃあ俺達はこれで……」

「ん?もう行くのか。じゃあちょっと待ってろ」


 レディアはそう言うとガルドの背負っていたリュックのような荷物袋に手を突っ込み、細長い布袋を引きづりだして橙也に投げつけた。


「うわぁ!?」

「助けられた……いや、曲がりなりにも助けようとしてくれた礼だ。受け取れ」

「礼?」


 そういって渡されたの布袋を開けてみると一振りの剣が入っていた。

 独特のそりを持った黒い鞘、すらりと抜くと丸い切っ先と片側しかない刃があらわになった。それは橙也や葵の故郷にとても馴染みのある刃物だ。


「これ日本刀じゃないですか!」

「ニホントウ? 私も詳しくは知らないね。祖父の遺作の一つだ」

「祖父?」

「変人だよ。変人」


 祖父っていったい何者ですか、どんな変人ですか、と色々聞こうとした時には既にレディアはラナ達を連れて馬車に乗り込んでいた。


「じゃあなトーヤ、アオイまたいずれ」


 そう言って馬車を走らせ去っていくレディアを二人は見送った。

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