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第七話 葵とレディア

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「それでさ。俺に話したいってなんなんだよ?」


 場所は噴水広場、橙也と葵は武器屋での買い物を済ませた後は木造りの長椅子に腰かけながら話を切り出した。手には先程露店で買った青い林檎の様な物を手にしている。


「話したいことがあったんじゃねえの? ムグ……このリンゴ酸っぱいな」


 橙也は手にしていた果実を頬張りながら、彼女の方から切り出すのを待っていると、しばらくしてポツポツと喋り出した。


「私達これからどうすればいいと思う?本当に魔物とか魔人と戦わなくちゃいけないの?」

「そりゃあ……」

「先生がどうなったのか、知ってるでしょ?」


 当たり前と言えば当たり前、何度もクラスのみんなと話し合って決めたはずの事を、委員長・月城葵は改めて話し始めた。

 いまさら、なぜそんな事をそう思ったが、橙也は担任の岡田先生の現在の状況を思い出す。

 彼は最初の謁見以降も王様や宰相に自分達の扱いについて話し合おうと何度も直談判した結果、さすがに向こうも邪魔と思ったのか、遂に彼は城の一室に監禁されてしまったのだ。


 一応名目は他の勇者達と戦いの才能がない以上は足手まといであり、勇者達の弱点として魔人達に目をつけられてはいけないので、自分達、勇者が魔王を討伐するまでは異世界の客人を丁重にもてなしながら警護する。

 と言うのが彼らの弁だが……


「完全に私達に対する人質よ」


 葵は吐き捨てるように言った。

 どう見ても今のこれは異常な状況だろう。

 おそらくみんなそう思っているはずだ、それを目の前の彼女は自分に改めて切り出した。


 ちなみに以前、先生の安全を確認したいと優斗がバドやリアと話をつけて生徒全員で面会に行ったが、どうやら丁重な扱いという名目は守られているようで、国賓用の豪華な部屋でそれなりに裕福な暮らしをしていたようでかえって拍子抜けしてしまった。

 いや、もちろん無事で良かったのだが。


「とりあえず薄暗い牢屋でなくて良かったな」

「ひとまずはね」


『僕の事は心配しないでください』という岡田先生の気の抜けた言葉を思い出して葵も苦笑していると、負の感情を再び声に滲ませ話を続ける。


「この国の人たち全員っていうわけじゃないでしょうけど、少なくともあのフォルドっていう人や彼に連なる貴族連中は私達の事を使い勝手のいい道具としか見てないのよ」


 あの最初の謁見の時、フォルドの他にも自分達を値踏みするような冷たい目をした貴族達。橙也もあれは今思い出してもゾクリとした。


「そして一方でみんなも今の空気にあてられ始めている。日々力をつけることでそれに溺れ始めてるのよ。茶沢君のように力を振り回して自分よりも弱い人達に振り回し始めたりしてね」


 茶沢が正行に行なおうとした凶行。

 同じ仲間に対する魔法の練習台、もはやイジメというレベルを通り越していた。ゲームや漫画のような空気にあてられたのか彼らほどではないにせよ、葵の言うように自分の力に酔い始めた者が出てきたのだ。


「私だって自覚がないだけでもう・・・・・」


 震えながら自分の両手を見る葵の声には少しづつ、怒りとやるせなさから不安と焦燥に変わり始めていた。


「お母さん。大丈夫かな・・・・・・」


 ふとポツりと漏らし始めた彼女の本音。


「最近ね。体の調子が悪いみたいなの・・・・・・うち、お父さんいないから浩太や結恵もまだ小学生だし、私がバイトで少しでも稼がなくちゃ・・・・・・」

「それ雪見ちゃんや忍足さんに話したのか?」

「話せるわけないじゃない。みんな自分の事で精一杯なんだから・・・・・・」


 橙也は俺はいいんかい、といったツッコミを心の中で抑える。


「むしろあの二人の事だから怒ると思うぞ。『どうして自分達に行ってくれなかった!』ってさ」

「そうかな」

「そうだろ。っていうか自分の力に溺れるとか委員長のキャラじゃないだろ」


 その茶沢の凶行をいち早く止めた彼女が力に酔って横暴を働くなどとは橙也はどうしてもイメージしづらかった。


「俺が保障する。委員長はそんな風にならないし、魔王だって倒す。元の世界にも帰る。俺やみんなに任せとけ」

「そこは『俺に』じゃないの?みんなもいれちゃうんだ」

「いや正直、俺一人で解決するには重いというか。いやいやそんなジト目で睨まないで!?」


 橙也はあたふたと葵に平謝りした後、葵の目をぬぐう。


「だからさ、泣き止んでくれると助かるよ」

「!?」


 そう言われて自分が涙を流していたことに気づき顔を赤く染め慌てて橙也から長椅子の端まで距離をとって自分で涙を拭う葵。

 しばらくして彼女はゴホンと咳払いしてススッと何事もなかったかのように元の距離まで戻るが顔は真っ赤なままである。


「ごめんなさい。話したいことがあるなんて言って結局グチだった……」

「いいよ。むしろこんな風に本音を吐き出してくれて安心したし、やっぱさグチってのはどこかで吐き出さねえと破裂しちまうもんだと思うんだよ」


 これは本音だった。

 橙也から見て月城葵という少女は学校にいた時から常に自分を押し殺して張りつめた空気を纏っていた。家族の事で思い悩んでいたのだろう。

 いままではアイラや菫といった親友に支えられていたが異世界に来てからは葵の心的苦労は増すばかりだったのだろう。

 その友人達にでさえ気を使ってしまうほどに、今回はもっと別の誰かが彼女の不満を聞いてやれる受け皿が必要だったという事なのだ。

 まあ、なんでこんな自分にお鉢が回ってくるのかはいまだにわからないのだが。


「けど、やっぱり俺はこんな相談うける柄じゃないと思うんだけど」


 思わず疑問を口にする橙也。自分じゃなくても優斗とかもっと頼りになるやつとかいるだろうに、そしたら葵はクスっと少しだけ笑った。


「そんな事ないわ。あなたはクラスのみんなの中でアイラと同じくらい優しいじゃない。トラブルメーカーだけど・・・・・・」

「いやそんな自覚ないんだけどさ。っていうか最後いらなくね?あとそんな風に言うならやっぱ相談すんの雪見ちゃん達で良かったじゃん!」


 その後、他愛のない雑談を続けていると葵が少しお手洗いに行ってくると言って人ごみの中に消えて行ってしまい、橙也は一人残される形になった。

(優斗あたりならもっとスマートに対応できたんだろうかな・・・・・・)

 と、さっきの葵との話でひとりごちたあと、考えても仕方ないと思考を打ち切り、いきなり暇になってしまったがどうやって時間をつぶそうかと考えていると、いきなり後ろの人ごみの方から大きな怒声が響き渡った。


「ざっけんじゃねえぞお!このクソアマァア!!」


 なんだなんだと声がした方に走り出す橙也。こういう野次馬癖が葵達が言うトラブルメーカーたる由縁なのだが彼本人は自覚がない。

 声がした方へ駆けつけるとそこには商業用の大きな馬車とそこで言い争いをしている複数の人間達がいた。

 片方はガタイはいいがやたら人相の悪い男達、もう片方は長い赤髪の少女。


「少しそこの奴隷を小突いただけでなんでそこまでいわれなきゃいけねえんだよ!魔物だろうがソイツは!」

「ほう。この国ではすれ違いざまに横から殴りつけるのを小突いたと言うのか随分と素敵な文化をお持ちのようだ」


 ひたすら唾を吐きながら罵声を飛ばし続けるのは男達の中でも一際体がでかい髭面の男。軽装の鎧を着込み剣を携帯していることから喧嘩するにはかなり勇気がいる相手である。

 しかし相対する赤髪の少女はそんな男にも怯まず痛烈な皮肉を浴びせかける。よく見ると年頃は橙也と同じくらいだろうか。

 顔つきは美少女と言ってもいいくらい整っているが、橙也のクラスの美少女達やこの前見たお城のお姫様にはない妖艶さを醸し出し、腰まで伸ばした燃えるような赤髪が彼女の魅力をさらに引き立たせている。

 さらに服越しでもわかる彼女の豊満な体つきを、きらびやかなドレスが包み込み動きやすくするため改造したのだろうか、所々にスリットを入れている。

 それでありながらも気品さのようなものも感じさせており、案外どこかの貴族のお姫様かもしれない。

 しかし、美少女の横にはメイド服を着た小学生の低学年ぐらいの少女が赤髪の少女のスカートの裾を掴んでいた。その顔には右頬を大きく腫らしている。なんども彼女のスカートを引っ張っているが、もしかして止めようとしているのだろうか。


「確かにこの子は奴隷だ。だが私が買った私の奴隷だ。貴様はそんな私の奴隷に手をあげた。わかるか?人の物を勝手に傷つけたんだよ、お前は」

「知るか!このご時世に魔物の奴隷を天下の往来で連れ歩いてる奴が悪いんだろうがよ!」


 侮蔑と憎しみが入り混じったような目で男は少女の後ろに隠れている幼女の頭頂部と臀部を忌々しそうに睨みつけた。そこには獣の耳と尻尾がピョコンと生えていた。


「獣人は魔物ではなく魔人の一種とされてるはずだ。国によっては魔物に類されるが、少なくともこの国では魔人扱いだ」


 奴隷は所有物である。所有物である以上は他者に傷付けられた場合は当然賠償を請求できることができる。


「とりあえずこの娘の治療費を払ってもらう」

「知るか知るか!さっきからピーチクパーチクしたり顔でさえずりやがって!」


 怒りが限界に達した男は腰元の剣を引き抜き、それに合わせて取り巻きの男達もそれぞれ武器を取り出し構える。

それを見ていた野次馬たちが悲鳴を上げる。


「おいおい、さっき自分で言った天下の往来で斬り合うつもりか?」

「なあに兵隊さんが来るまでには終わらせてやるさ。手前の服を剥ぎ取って公衆の面前で恥かかせて、ついでにそこの魔物の耳と尻尾を刈り取るぐらいはなあ!」

「ほお?」


 下卑た笑みで発育のいい赤髪の少女の胸元に剣を突き付ける男に対しその少女の表情はいまだに余裕の笑みを浮かべていたが、その目には確かな怒りを宿していた。

 その目を見た周りの野次馬たちは背筋が震え、彼らからさらに距離をとったりしていたが、彼女に絡む男達の方は怒りと情欲に我を忘れ、彼女の眼光の冷たさに気づく様子はなかった。


「い、いけませんレディア様!私は大丈夫です。獣人は身体が頑丈だから殴られてもすぐに治ります」


 そんな彼女を見て獣人と呼ばれ殴られた幼女は慌ててそのレディアという少女を止めようとするが、当のレディアはその幼女に対し努めて冷静に話しかけた。


「大丈夫だよラナ。こいつがさっき言ってたろ? 小突くだけだよ。さっきお前がやられたのと同じぐらいの……倍ぐらいでな」

「嘘です!あなたいつも『仕返しは十倍返しが基本』って言ってるじゃないですか!この人の首が大変なことになっちゃいますよ……!」


「手前ら俺達を無視して何をごちゃごちゃ話してやがる!」


 いまだに自分達の存在など取るに足らないかのように振る舞う二人に激昂し、舐めくさった会話を打ち切らせて、自分達の恐ろしさをその身に刻ませてやろうとリーダーの男が斬りかかってきたが彼の行動は無駄に終わる。


「ちょっと待ったああああああああああ!」

「ぐぼええええっ!?」


 そしてリーダー男は隣から特攻してきた橙也によって大きく横向きに仰け反りながらくの字どころか「C」の形で吹っ飛び壁に叩きつけられてしまった。ちなみに一緒に特攻した橙也もそのまま一緒に壁に仲良くである。


「なんだよ今のは」

「兵士か?」

「鎧着てねえじゃん」

「俺さ。少しだけ魔法かじってんだけど、多分アレ身体強化だぞ」

「じゃあ魔法使いか?」

「いや、間抜けすぎんだろ」


 野次馬が好き放題言い合う中、当の特攻した橙也はぶつかる際にリーダー格の男が壁にぶつかる際に、クッションとなってくれたおかげでダメージは半減していた。


 しかし、それでも相当の衝撃が体中に響き渡っており『いでえ!いでえよおおおおお!』と情けない声をあげながら転げまわる。

 規模こそ違うもののクラスの仲間たちが見れば『ああまたか』と呆れた目で見ていただろう醜態だ。

 そうしてしばらく痛みに打ちひしがれた後、ようやく涙目で立ち上がる橙也をレディアは冷めた目で見て呟いた。


「……なんだこの馬鹿は」

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