第二十五話 胎動
「まずいことになった」
偵察用の使い魔の目を通して己の魔獣が倒される所を見ていたヨハンは頭を抱えて机の上で頭を抱えていた。
そこにトールが現れる。
作業服にこびりついた血痕や油汚れを見るに、新作を作っていた最中なのだろう。表情はとても活き活きとしている。そこだけ見ると普通の職人のようだ。
もっとも彼のゴーレムの制作過程を見れば、誰もが悪魔の所業と罵るだろうが。
「ヨハン、どうしたんですか顔色が優れませんね」
ヨハンはトールに事のあらましを説明した。すると最初は大人しく話を聞いていたトールは次第に顔色を変えてヨハンに詰め寄る。
「僕に黙ってレディアにちょっかいをかけていたんですか!? 抜け駆けなんてずるいですよ! 彼女は僕が壊すんです! ……まさかヨハンも彼女の事が……思わぬ伏兵! 恋のライバ……ぐふっ」
見当違いな事で騒ぎ始めたトールの脇腹に手刀でついて黙らせた後、とりあえず説明をする。
「お前は何を聞いていたんだ。退魔の持ち主が現れたんだぞ。……我々の仇敵だ」
泰然自若・沈着冷静な彼らしからぬ、どこか焦燥が入り混じったような声色にトールは少し驚きつつも、それがどうかしたのかと、小首をかしげた。
「そんなに騒ぎ立てる事ですか? 私達がやろうとすることを考えれば、いずれソレが現れるのは予想できたことです。だからこそ対策をいくつも練ってきたのではないですか?」
「早すぎる」
ヨハンは小さく舌打ちしながら、指の爪を噛む。
「まだこちらはようやく計画の準備段階に入ったばかりだと言うのに……これが神とやらの仕業だというのなら、なるほど大したものだよ。気付かれぬように気を使ったはずなのだがな」
「ならばどうするんですか? 僕の新作をけしかけてみましょうか?」
どこか上擦ったような声で意見を出す、トール。おそらく事態など二の次で早く自分の作品の性能を試したいだけなのだろう。
「いや半端な刺客はソレの成長を促すだけだ。もっと適任がいる」
「へえ、誰を送るんです? 僕の作品を半端扱いするんだ。それなりのモノを用意しているんでしょう?」
「ギンオウだ」
ヨハンの答えにいままで他人事のように聞いていたトールは顔を引きつらせる。彼にしては珍しい事であった。
「正気ですか?」
「正気だとも、奴ならばどんなスキルや能力を持っていようと関係ない」
「……滅茶苦茶になりますよ。下手すれば僕らの計画もご破算だ」
「リスクは承知の上だ。いざという時は『翁』に全権を譲れば良い」
「それはそれで危険な気がしますがね」
ヨハンは懐から手に平に収まるサイズの水晶玉を取り出し、そこから魔力を込める。すると水晶玉は一瞬赤く光ったかと思えば、ヒビ割れてそのまま崩れ落ちてしまった。
それと同時にヨハン達のいる部屋の壁に張られた地図に高密度の魔力反応が浮かび上がる。この地図……魔装具は天災級の魔力でなければ反応が出ないのだが、二人はすぐにそれが何なのか思い至る。
そもそもソレを解き放ったのは他でもないヨハンなのだから。
「あーあ、本当に封印解いちゃったんですね。リズ姉さんに怒られるっと」
トールの頭に浮かぶのは、かつて弱り切ってもなお山脈を変えんという勢いで暴れまわるギンオウを押さえ込んで封印した自分達の最高戦力。
――彼女も美しくはあるんですが、いかんせん儚さが足りないんですよねえ。圧倒的な破壊とそれと隣り合わせの危うさ、それが僕の求める物だ。
そんなことをひとりごちるトールをよそにヨハンは使命感に胸を燃やす。
「姉上には私から説明する。わかって下さるだろう」
「我々は世界を救わねばならんのだ。こんな所で立ち止まっていられるものか」




