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第二十三話 道化の勇者

 魔染病。

 大地から噴き出る瘴気は本来そのまま空気中に自然消滅するか、動物の死体などに溜まりスケルトンやゾンビといったアンデッド系の魔物となるが、しかしこの数年の間に空気中に漂う魔力が融合しまったく別種のウイルスが生まれた。それは魔力の弱い生物に感染し、細胞を喰らいつくし増殖、最終的には脳や内臓を機能停止させて宿主を死に至らしめる。

 研究している医師や魔法使いは、もはや流行り病というよりは呪法に近いという。


 しかもこの病のもっとも恐ろしい所は、稀に生き延びた個体は細胞レベルで肉体を変質させており、完全に別種の生物に成り果ててしまう。

 そして、その個体は本能の赴くままに己の同胞を含めて、周りの生物をひたすらに喰らい始める。


 それこそが魔獣の正体である。


 しかし、結局はそのウイルスが脳に信号を送り操っているような物なので、結局は生きながら死ぬアンデッドと似たようなものなのかもしれない。


「上にばら撒かれているあれが、全部そのウイルスだっていうんですか?」

「……間違いない」


 すげなく答えるレディアに対しガルドは上空からバラ撒かれる赤い花粉を見上げて顔を青ざめながら絶句する。


「レディア様。出来ました」

「よし発動させろ!」

「御意」


 号令を受けてメアリとその配下のメイド達が魔樹の周辺に囲むように作っていた複数の魔法陣を発動させる。

 するとそれぞれの魔法陣から、円柱状の光の柱が空高く舞い上がり、電磁波のようなエネルギー波を発し始めた。

 拡散していた花粉はとどまりその光の防護壁から出られなくなった。


 魔染病の粒子を遮断する防御結界だ。


「お前たちはそこから遠距離魔法であの木を攻撃しろ。命令を無視してここまで来やがったんだ。働いてもらうぞ」

「レディア様はどうなされるおつもりで?」

「さすがに変身はできんが、まだあれくらいの呪いの群れを跳ね返すぐらいの余裕はある。限界が来る前に焼いてやる」


 メアリ達の張った魔法陣に入らず、樹木の方へと歩み始める主にメアリは何か言おうとするもこらえる。

 彼女の言うとおりで、今あの大木に生身で近づくことができるのは彼女を置いて他にない。

 それにこの意地っ張りが、いまさら自分の言うことなど聞くはずがないのだ。

 もっともだからこそ自分達も彼女の命を無視してこんなところまで来てしまったのだが……。


「結局は彼女に頼るしかないとは……無念ですね」

「メアリ、しょげるのは後だ。今は俺達にできることをやるぞ」


 隣のガルドはそう言いながら、既に矢をつがえている。先端は矢じりの代わりに黒い球体が取り付けられている。火炎魔法が込められたマジックアイテムだ。


 こういう時は心底この男が羨ましい。なんでこういう時だけ、行動が早く頼もしいのだろうか。


「お前が悩み過ぎるだけだよ。堅物女……イデェ!」


 本当に何でこんな時に限って察しもいいのだろうか。この男は。



「げほっ」


 レディアは咳き込みつつも、その足を緩めることはない。

 彼女の身体は魔染病に蝕まれつつも頭では冷静に算段をする。

 さすがに魔力を消耗し過ぎたこの体は長くもたない。

 あの姿はもちろん、大鬼の姿にもなることすらできないだろう。


 ならば今の人の姿であの木をなんとかするしかない。レディアはそう結論付けて懐から取り出したダガーを片手に走り出す。

 見た所、植物の魔物がベースのようだ。ならば魔獣と構造は変わらない、魔力を発し生き続ける生物であるなら必ずコアがある。もっとも植物タイプのコアは肉体のサイズに反し小さい上に体内を移動し続けているため、ピンポイントで狙い破壊するのが難しい。


 キマイラ戦は決着を急いでいた為にロクに探さず最大火力で一気に決めたが今度は同じ轍を踏まない。

 確実に探しだして破壊する。

 そう思い、メアリに渡された片眼鏡からコアの場所を特定する。

 探知系魔装具『ホームズ』。

 強い魔力を探知するマジックアイテムはいくつもあるが、これはその比ではない。一度補足した魔力反応もとい対象が例え転移で千里先まで逃げようと、ずっと特定し続けることができる。加えて……


「ロック」


 レディアがそういうとともに先程から樹皮を蠢かせていた魔樹が体全体を震わせた後、動けなくなる。

 上空をみれば花粉もとい病原菌の散布も止まっている。

 ホームズの能力の一つ、相手の魔力の流動を止めるいわゆる金縛りだ。

 魔装具は一般のマジックアイテムとは戦闘においての性能が違う。むしろこの機能こそが本来の能力と言っても良かった。


「その上に小さな魔力でも運用ができる優れものなのだが……」


 戦いに際し、魔力の質や大きさを変化させてしまう自分には合わない。下手をすればソレに耐えきれず壊れてしまうため、自分よりも魔力操作がうまいメアリに渡していた。

 しかし今の魔力が乏しい弱体化した状態ならば、使いこなすことができる。


「なんにせよ。これで動きは止まったな」


 それと同時に背後からのメアリやガルド達の一斉射撃が始まる。

 爆炎や氷魔法の嵐に巻かれ、どこからともなくギギギギギといった音が聞こえてくる。

 その嵐の中を潜り抜け、魔樹の根本に到達したレディアはダガーを構え炎の魔法を込める。

 そこに核は埋まっている事をモノクルで確認した彼女は今だせる渾身の力を込めてダガーを振るう。

 しかしその瞬間に、真上から毒々しい色をした鳥が襲い掛かってきた。


「ギャアア!」

「!?」


 けたたましい声をあげながら羽根を広げ爪を立てて襲い掛かってくる怪鳥。

 レディアは舌打ちして、ダガーを一閃し真っ二つにするが、その瞬間が命取りであった。

 地面から根が這い出て羽交い絞めにされてしまった。

 先のキマイラ戦時の彼女なら、なんなく払いのけることができただろう。しかし今の彼女は度重なる戦闘で弱りきっていた。

 ダンジョンで魔剣に斬られた傷。魔染病の抑制する薬を作るための血液と共に魔力消費。

 今になって全てが彼女を苛んできたのである。


 羽交い絞めにされたレディアは上の方に上げられまるで罪人が磔にされて、つるされていく体となる。

メアリ達の攻撃がやむ。あの状態では間違いなく彼女も巻き込んでしまう。


「う……ああ……」


 締め上げられ苦悶の表情を上げるレディア。力任せに締め上げられるだけじゃない。それどころか残り少ない魔力すら吸い上げられている。

 もはや今の彼女に抵抗する力は残されていない。


「レディア様!」

「チィッ!!」


 瀕死の主を目の当たりにして、ガルドとメアリが意を決して突入しようと魔法陣から一歩踏み出そうとするその時、横から何者かの影が通り過ぎて行った。

 その影を見た二人は一瞬だけ唖然とした面持ちで見送ってしまった。


「えぇ!?」

「あのバカガキ……」


「勇者参上! 魔王様助けに来たぞおおおおお!!」


 衰弱し意識が薄れゆく中、レディアが見たのは自分の名前を叫んでこちらに向かってくる勇者と呼ばれた少年の姿であった。

 レディアは彼をここに連れてきた理由を思い出す。

 最初に見た時と同じままだ。

 衝動の任せるままに、それでも誰かの為に懸命に走り続ける。

 馬鹿だとは思う。声を出して嘲り笑うことができない。哀れすぎてみていられない。

 しかし、目をそらさずにはいられない。

 変な所で意地っ張り、優しさを隠すことがかっこいいことだと勘違いして、なんだかんだいいながら貧乏くじを率先して引こうとする愚か者。

 顔つきはもちろんのこと、考え方もやり方も何から何まで違う、全然違うのに。


(なんでお祖父様に似てるんだろうかなあ……)

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