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第二十二話 魔樹

 そこから先は一方的な蹂躙だった。

 いくら失くした体を修復させようとも意味がない。

 手を足を尾を頭を、いくら生やそうとも増やそうとも、目の前の彼女は根こそぎ千切り砕き裂き、そして焼く。

 自分の魔力で賄う再生能力にも限界がある。自分の再生速度がこの女の猛攻に間に合わない。

 このままではジリ貧だ。


 故に攻め方を変えた。

 キマイラは失くした部位を修復させつつも、あらかじめ根を張っていた地面を通してレディアの足元まで根の触手を伸ばす。

 手足に巻きつかせて動きを封じるが、レディアは特に動じた様子はない。

 巻き付いた触手はそれだけに、とどまらず先端が真っ二つに分かれ、牙をむき出しにした口となり、レディアに噛みつく。


 絡みつき噛みつく。もう絶対に放しはしない。

 キマイラは勝ちを確信した……なのになぜだ。


 牙には何百種もの魔物の毒が仕込まれている。

 人だろうが魔物だろうが関係ない。生物である限りは数秒で死に至らしめる物であったはずだ。

なのにどうしたことだろう。

 レディアは気にした様子もなくすまし顔でこちらに向けて歩み始める。

 己の動きを封じていた触手をこともなげにブチブチと嫌な音を立てて引き裂き、喰らいついた牙は煙を巻き上げ炎に焼かれ、一瞬にして灰になった。


「何やら牙にも仕込んでたようだが残念だったな。今の私の体には生半可な毒は通じない」


 この姿になった自分に燃やせないものはない。

 魔人としての多大な魔力を強引に人の姿に凝縮させた今の状態は暴走状態の一歩手前にある。彼女を覆う偏った火属性の魔力はさらに偏りを見せ、沸騰する血が体中の血管を巡り巡らせ、近づくものを全て焼き尽くす。

 彼女の第3形態。


 そんなレディアに対し、キマイラはようやく明確な恐れを感じて、背中から蝙蝠の羽根を生やし一旦距離をとろうと飛翔する。

 上空から再びブレスの嵐を叩き込む。そうすることでさらに距離をとり、最悪そのまま逃走しよう。

 そこまで考えた所で急にキマイラは高度が下がりはじめた。

 そこでようやく己の背に生えていたはずの羽根の感覚がなく、切断されていることに気づいた。


 飛翔してもなお視界から離さなかったはずの敵はゆらりと揺らめいたかと思えば、そのまま姿を消してしまっていた。


「陽炎」

『!?』


 いつの間にか魔獣の背に飛び乗っていたレディア。

 蜃気楼。彼女は熱を使って光の屈折を起こし錯覚させる現象を人為的に起こしてキマイラを欺いたのだ。


 レディアの右手の爪は鋭く伸びきっており高熱を発し赤い光を帯びている。

 それ自体が剣を思わせ、彼女はソレを遠慮なくキマイラに突き立てた。


『ゴオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?』


 熱さと痛みによる激痛に悶えよがるキマイラ。

 しかし、それ以上の恐怖に支配されたキマイラはよがりながらもレディアをなんとか振るい落とし、その隙をついて彼女に向けて至近距離で氷・風・雷・土・ありとあらゆるブレスをめちゃくちゃに吐き出す。

 いや、それだけではない。体中から蛇、毒針の付いた尻尾、触手、生態系を無視した滅茶苦茶な部位を生やして襲い掛からせた。


 自分の体が巻き込まれようが知ったことか、どうせすぐに再生する。それよりもこの目の前の仇敵を倒すことの方が先決だ。

 そう思い至り、今度はキマイラはレディア以上に長い爪を剣のように伸ばした右の前足を大きく振り上げ横薙ぎに払う。


 しかし、目の前の少女は横薙ぎの一撃を華奢な細い片手で爪を掴み、押しとどめていた。

 嵐のような複数のブレスに対しても彼女は特にダメージを受けた様子はない。


「終わりだ」


 キマイラがもう片方の手に目をやると、その手には長い柄と先端の横部分に飛び出た先の鋭い曲がった刃。レディアが纏っている赤い炎とは全く別の黒い炎をたゆらせる大鎌が握られていた。


 急にキマイラはバランスを崩し、斜めに倒れ伏せる。そこでようやく自分の体を支えていた左前足が無くなっていることに気付く。

 そこから皮切りにキマイラのありとあらゆる部分部分がズレ落ちていった。

 足が尾が羽根が頭部が。

 最後には残った獅子頭が斜めに分割される。

 そしてバラバラになった肉片はボッと音を立てて勢いよく発火していく。


「相変わらず加減が難しいな。コイツは」


 煙を出して燃え上がる魔獣に対しては既に何の感慨も覚えず、レディアは久しぶりに出した武器の使い勝手の悪さに顔をしかめる。

 祖父から受け継がれた魔装具『イフリート』

 使い手の炎属性の適正と魔力の高さに比例して切れ味と炎の出力が上がる上に切り口から発火現象を引き起こすことができるデスサイズである。

 この状態のレディアにとって、唯一にしてまさに鬼に金棒と言ってもいい武器だが、それでも彼女が持っている魔力が多すぎるためにうまく手加減ができない。

 下手をすればこの辺一帯が焼野原になっていた。


「といっても村は全滅か。また立て直すしかないな……メアリや村長に何て言おうか」


 レディアは一件残らず燃え盛る村の家々をうんざりとした面持ちで見回した。



 その戦いの一部始終を見つめていた者がいた。

 街の中の古い家屋の一つ。その屋根に止まる毒々しい色合いの小鳥、その鳥の視界を通してはるか遠い、人間領の城の一室で一人の男がその光景を見ている。

 アウルディア王国の騎士、ヨハンである。

 その表情には何の感情の色も映してはいないが、それはあくまで見た目だけの話で、彼の心中には驚愕と焦りが渦巻いていた。

 彼と長い付き合いであるトールなどがみたら察することができただろう。

もっとも彼の場合は察した上でからかおうとしてくるだろうが。


(トールがやたら騒ぎ立てるので興味がわいたのだが……)


 これは予想以上だ。自分が育てていた中でも選りすぐりの魔獣が一瞬で倒されてしまった。

腐っても魔王の血族だったということか、最近は魔王の座を譲り渡して、領地の奥に引っ込んで大人しくしていると聞いたがまさかここまでの力を隠していたとは……。

 下手をすれば自分達の真の目的を阻害される恐れもある。

 いやこの女の家系を鑑みるに、自分達の正体と計画を知ったらまず間違いなく邪魔をしてくるだろう。


(……直ぐに仕留めた方がよさそうだ)


 そう思いヨハンは小さく呪文を呟き念を送る。それと共に使い魔の取りを通して見える視界の中で異変が生じ始める。


(さてトールにはどう誤魔化そうか)


 念を発し終えた彼が、次に考えたことはある意味味方よりも厄介な仲間への言い訳の言葉であった。



「何だ……これは」


 人間体に戻ったレディアは驚愕に目を見開いていた。

 焼き尽くしたはずだった。

 その黒こげになったキマイラの死体から根や芽が生えて急激に成長、瞬く間に天に突き立つほどの高さを持つ巨大な大木となってしまった。

 その大木は禍々しい紋様が浮かび上がり、生い茂る葉の色は新緑どころか漆黒。

 咲き誇る赤い花はレディアのような炎ではなく、鮮血を思わせた。


(元々は植物がベースの魔獣だったのか?……いやあらかじめ寄生していた種がこいつの身体は養分に開花したのか。しかし死体は丸ごと焼き尽くして灰も残らなかったはずだ。どうして……)


 そこで思考を巡らした後、大木が咲かせる赤い花がさらに黒い花粉のような物を撒き散らしてきたのを見て考えを打ち切った。

 レディアはその正体をすぐに察して、近くに隠れて待機していたメアリ達に檄を飛ばす。


「メアリ、ガルド!いますぐ城にいる部下に住民達を地下道に誘導して脱出するように向こうの連中に念話を送れ!」

「……気付いておられたのですか?」


 思わず近くの草むらから顔をだすメアリ、そして彼女に連なるようにポコポコと人種様々な武装したメイドや冒険者風の男達が出てきた。

 そんな彼らをレディアはしかめっ面で睨みつけて怒鳴りつける。


「当たり前だ!お前らにはいろいろと言いたいこともあるが、それは一時保留にしてやる。今はあれを何とかすることが先決だ」

「あの木がバラ撒いている、ありゃあ一体何ですかい?いやどう見てもロクなもんじゃねえとはわかるんですがね」


 首を傾げるガルドにレディアは短く答える。


「おそらく……魔染病だ」

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