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第二十話 キマイラ

短めです。

 時は夕刻、魔王城執務室で、その机に座り書類仕事に専念していた赤髪の少女、魔王レディアは不意に羽根ペンを走らせる手を止めた。

 そうして街を一望できる窓を眺めた。


「サリー」

「お呼びでしょうか、レディア様」


 彼女の言葉に答えるとともに、現れたのは頭にねじれた角を生やした魔人のメイドだ。


「兵とメイド達を総動員して街の人間を城に避難させろ。日が沈む前に全員を」

「かしこまりました……あの少年もですね?」

「当然だ。まだ彼には手におえないだろう」

「お任せください」


 サリーと呼ばれたメイドは、突然の主の命令に一切の迷いを見せることなく、ただ命じられたことを実行するために姿を消す。

 伊達に長い間仕えてはいない、彼女はレディアの目と声色を見て聴いて、尋常ではない事態が起こっている……危険が迫っていることを察したのだ。


 そして、当のレディアは窓から見える景色を眺めながら、自分の体のある箇所を撫でるようにさすった。

 いまだに鈍く痛みが残る。

 そこはダンジョンで黒永正行に斬られた場所だった。

 傷だけではないあの魔剣に吸われた魔力はまだ戻ってはいないのだ。

 魔王の血族とはいえ、彼女とて地に足付ける生物だ。無敵ではない。

 しかも、ここに戻った後も己の魔力を込めた血液を媒介にして魔染病を鎮める薬を精製していたのだ。

魔力が戻る暇などない。


「よりにもよってこんな時に・・・・・・」


 だがやるしかない。

 引退したとはいえ自分は魔王の系譜を受け継ぐ者、この魔族領と民草を守る義務がある。なによりも。


(ドランドにも笑われる)


 姉としてこれ以上あの小生意気な愚弟に笑われる種は増やしたくなかった。どれだけ溝を深めようと、どれだけ憎み合おうと彼は自分の弟なのだ。

 自分の代わりに本来自分が背負うべき負担という負担、全てを肩代わりしていってしまったあの愚弟の顔を、理不尽に体を蝕まれる妹の顔を、この街に住む人々の顔を思い出しながら、彼女は戦う意志を固める。

 守り切って見せる。改めてそう心に決めたレディアは戦支度をする。



 日が沈み完全に闇に支配された空間でソレは休眠から目覚め、ようやく行動を開始し始めた。

 埋もれ隠れていた土の中から、ゆっくりと這い出てそのまま巨体を動かして、街に堂々と侵入する。

 地響きで大きな音を立てても特に気にすることなく、そのまま直進する。

 しかし、街には肝心の人の気配はない。

 試しに近くの家屋を尻尾で破壊してみるが、やはり人っ子一人いなかった。


 特に落胆はなかった。

 全て予想できたことだ。

 今回の食事は狩りという娯楽も兼ねている。

 夜が明けるまでいったい何人喰らえるだろうか。今の自分の力を試す意味合いもあった。

 そう思っていたのだが、獲物達の気配が全てあの大きな城に集まっているのを感じてそこだけには少しだけ落胆をしていた。

 まあいい、どうせやることは変わらない。


 手始めに目の前にいる、この上質な魔力を持つ蛮勇に駆られた牝を喰らおう。

 魔力感知でこの牝の気配は感じていた。

 メインディッシュに残しておくつもりだったが、目の前に現れたのならそれはそれでいい。喰らう順番が変わっただけの事だ。

 前菜を終えたら、全員一人残らず喰い尽くすとしよう。



「やはり魔獣か」


 目の前の生物を見据えてレディアは呟いた。

 ソレは10メートルを超す体躯を持つ獅子だ。しかし頭部は獅子頭一つだけではなく左右に蜥蜴と羊、全く別の生物の頭部が突き出ており、尻尾は蛇と滅茶苦茶な造形だった。

 

 魔獣キマイラ。


 魔獣というのは大量発生した魔物達の群れから、さらに突然発生するようになった変異種で、当の魔物よりもはるかに強い力を持つ個体で知能も高く、なにより撒き散らす魔染病の元となる瘴気もケタ違いだ。


「はた迷惑なんだよ、害獣が。火葬にしてやる!」


 レディアは吐き捨てるようにそう言うと、体中から炎を巻き上げて突進する。


『ゴオオオオオオオンアアアアアアアアアアアア!!』


 キマイラは咆哮を上げてそれぞれの頭から炎・氷・雷と三者三様のブレスを吐き出した。


「複数の属性の同時攻撃か?器用貧乏が……温いぞ!」


 しかしレディアは怯まない。

 それどころか自分を中心にして、展開していた炎をさらに大きく範囲を広げて、そのブレスをもはるかに超える大質量の炎の渦を作り出す。

 炎の渦に飲み込まれ、高温に焼かれるキマイラはたまらず悲鳴を上げる

 そしてキマイラが燃え盛る炎の中で見たのは、先程の人の少女の姿とは似ても似つかない赤い肌と白い髪を持つ巨大なオーガだった。大きさこそまだ己の方が上だったが、その鬼面の両目から走る眼光に睨まれたキマイラは動けなくなっていた。

 レディアはそんなキマイラの三頭の首根っこを下から片手で掴み上げる。


『ゴオオオオアア!?』

『さっきまでの威勢はどうした?それとも自分よりも強い奴と戦うのは初めてだったか?お前みたいのをなんていうか教えてやる。井の中の蛙というんだよ!』


 レディアはそういって、掴み上げたキマイラの巨体を地面に叩きつけ、そのまま反撃の一間を与える暇もなく殴り続ける。

 未だ炎に焼かれ続けるキマイラはそのまま複数のブレスを至近距離で吐き出す。爪を牙を立てる。

レディアは気にはしない。

 ダメージを受けていないわけではない。それでも彼女は剛腕を振るう。魔力を炎に変えキマイラを焼く。

 一刻も早く決着をつけるために。

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