第十九話 相談と不穏
魔人領に来て1か月。
ダンジョンで受けた傷はほぼ完治していた須藤橙也は、北の森に出没する魔物の群れを討伐することとなった。
自分に何かできることはないかとレディアに話した際、頼まれたことだ。
彼女曰く自分が王都やダンジョンに出向いている間に大量発生したようだ。
レディア自身はどうやら薬の生成による疲労に加えて、ゴーレムとの戦闘や正行に受けた魔剣の傷が治りきっていないらしい。
最初はそれでも強引に出向こうとしたのだが、メイド長のメアリさん(エルフのメイドさん)から威圧効果のある笑顔でそのままベッドで寝て休養をとることを強要されたらしい。
どうやら彼女にも勝てない存在はあるようだ。
橙也としても、傷が全快して体力も有り余っていたし、丁度いいと快く引き受けた。
与えられた部屋にニートのごとく籠ってばかりだったため、さすがに後ろめたかったというのもあるが。
(なにより、こうやって戦ってる間は何も考えなくていいからな)
そう思いながら、爪を伸ばし襲い掛かってくる角の生えた猿を刀で斬り払う。
ツノザルというそのまんまの名前の魔物。他の魔物と比べて小柄で非力ではあるが、繁殖率が高く群れを形成し、チームワークで攻撃を仕掛けてくるのが厄介だ。
橙也は遠慮なく、目の前のツノザルの脳天に刀を振り下ろす。橙也の中に戦いにおける躊躇いはなくなっていた。
それは橙也本人も自覚しており、先日のダンジョンでの戦いで慣れてしまったのか、正直あまり気分のいい事ではなかったが、結局は今己の中にあるモヤモヤを忘れるには丁度いいと開き直り、遠慮なくその力を振るっていた。
若干自己嫌悪を感じながらも、それすら見て見ぬふりをして、目の前の敵に集中する。
今度は左から牙をむき出して襲い掛かる新たなツノザルを橙也は真横から薙ぎ払う。
ツノザルは上下に分割されて、返り血が橙也の頬にかかる。
反射的に血を拭おうとして両手持ちを解く橙也。その隙をついて別の一匹が後ろから襲い掛かる。
気配を察知した橙也は、振り返りながら慌てて刀を構え直そうとするも、ツノザルは頭に真横から飛んできたダガーが直撃して倒れる。
飛んできた方向に目を向けると、そこにはダンジョンでみたような冒険者風の大柄な男が立っていた。
ダガーを受けて痙攣していたが、やがて動かなくなったツノザルを確認した後、男は橙也は快活に話しかける。
「よお危なかったな。坊主」
「……どなたでしたっけ?」
「まあ、無理もねえか。王都で会った時はロクに挨拶できなかったな。ガルド。ガルド・マグナスっていうんだ。よろしくな!」
そう名乗り屈託のない笑みを浮かべる男を見て橙也は思い出す。
王都でレディア達に蹴られたり罵倒されたりと、心身ともにいたぶられていた人だ。
「なんかすげぇ微妙な思い出し方されてねえ?」
すいません。
橙也は心の中で謝りつつ、顔では苦笑して返した。
◆
「ツノザルは群れで行動して繁殖するのが早いからな。こうやって定期的に潰すのが一番いいのさ」
「はあ……」
「本当はボス猿を見つけるのが一番手っ取り早いんだがな。トンと見当たらねえんだよ。コレが」
「はあ……」
「ゴブリンやオークほど賢くはねえはずだから。ちょいと巣をつつけば出てくるはずなんだがなあ。巣自体見当たらねえ……聞いてるのか?」
「はあ……」
共に行動することになって半日ほど歩き回ったが、新しいツノザルや他の魔物が出現する様子はない。
日も暮れてきたところで今日はもうお開きにしようかとガルドは提案して帰り道を探し始めた所で、橙也は口を開いた。
「ここはいい所ですね」
「あん?」
唐突に話題を振られて、首を傾けるガルド。
見る限り目の前の彼は只の人間だ。
しかも元冒険者だという。依頼とあらば傭兵として魔人とも戦う立場である彼が、こうやって全ての種族たちと共存している。
これはこれで素晴らしいことだとなのだろう。
「俺はこれからどうすればいいんでしょうかね」
もはや人類は、魔人達と戦う意味はない。むしろ共に手を結び魔物と戦うべきだろう。魔染病の事もある。
「正直重いですよ。俺なんかじゃあっけなくペシャンコになりそうで」
「お前良い奴だな」
「え?」
思わぬ答えが飛んできた。
「『重い』そう思ってるってことは背負おうとしてるってことじゃねえか。そう考えてくれるってだけで俺としては充分だと思うぜ」
「いや実際は背負えてすらいませんよ。むしろ逃げたいんですけど」
「それでいいじゃんよ。お前はまだガキなんだし。いちいち難しく考えんじゃねえよ」
「あっさりいいますね」
「他人事だしな!」
へらへら笑って、身も蓋もない事を言ったガルドは少しだけさっきとは種類の違う笑みを浮かべて話題を切り替えた。
「それに、ここは別に楽園ってわけじゃねえよ」
「え?」
「お嬢から聞いただろ?この世界の現状が魔物の活発化に謎の伝染病、はては人間との戦争。こんな世の中だどこもかしこも諍いの種が燻ってやがる。この魔人領にもな」
「そんな風には見えませんでした」
「あくまで水面下ってやつだよ。元々ここにいた奴らは大半が魔物で居場所を失ったり、魔染病の患者を多く出して村ごと人類軍に追われた奴等さ」
俺も含めてな、とそう小さな声でガルドが呟くのを橙也は聞き逃さなかった。
「中にはさっさと出て行きたいって奴もいるんだろうぜ。『魔物の仲間と一緒にいられるか』ってな、けど出て行って他に行く当てがあるわけない。我慢して大人しくしてるのさ。……なによりおっかねえ魔王様もいることだしな」
今の平和は所詮かりそめ、いつ壊れるともわからない不安定なもの、そういって今度こそガルドは森を抜ける道を探し始めた。
(少し言い過ぎたか?)
重圧に耐えかねていた少年にまた気が重くなる話をしてどうするのだ。
そう思いつつも、ガルドは先日の城での事を思い出す。
自分が仕える主であるレディアが自分の部屋で会って間もない人間に弱音を吐露してしまった、不安をぶつけてしまった、と体育座りで自己嫌悪に陥っていたことを。
メアリを始めとしたメイド達は必死に慰めているのを尻目に男の自分は何も出来ずに眺めていただけだが、あの後メアリに散々『高みの見物とはいい御身分ですね』『嘆き悲しむお嬢様を見て何とも思わないのですか?』嫌味を言われたものだ。
(お嬢も無意識に坊主を頼ってるってことかね)
あの少年にいったい何があるのか、ガルドは興味がわいてきた。もう少し付き合ってみるのも悪くはない。
◆
ソレは獲物を欲していた。
群れの中でも一際弱かったソレが、最初に己の能力に気付いたのは声が聞こえてからだ。
喰え。そうすればお前はもっと強くなれる。
最初は何を言っているのかわからなかった。
だが次第に内なる声は大きくなる。
ある日言うとおりにして普段は食べなれぬ獲物の肉を喰らった。
肉を骨を血を、それらを取り込むたびに己の力が漲っていくのを感じた。
そうしてソレは声に命じられるままに言われたもの全てを食していった。
喰らうモノ全てが己の糧になる。
糧は問わない。敵でもいい。同胞でもいい。喰い尽くせ。
命じられるままに、目につくもの全て喰らい尽くしていった。
喰らうたびに自分の体が少しずつ変わっていくのを感じた。
力が満ちていくのを感じた。
頭の中が透き通り、『理解』ができるようになっていった。
そのうちに声は聞こえなかっていったが、だが構わない。
もはや自分はかつての非力な自分とは違う。
既に己は何を喰らっても全て糧にできるようになったのだから。
もっとだ。もっと喰らう。もっと高みへ。
そうして目を付けた猿の群れを追っていたら、珍しい集落を見つけた。
魔人、獣人、森人、人。
そこはいろんな種族が暮らしていた。
つまり自分にとってはいろどりみどりの食事が並んでいるということだ。
絶好の狩場だ。
だがまだ早い。
今回はいつもとは別に趣向を凝らす。
ソレは舌なめずりして夜を待つことにした。




