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第十八話 策謀

 あのダンジョンでの戦いから既に一月が過ぎた。

 巨大なクレーターが残るダンジョン跡地は封鎖地域として、立ち入り禁止となり現在は王国の総力を上げて、行方不明者の探索が行われているが、いまだに足取りは掴めぬままだった。


 生き残った他の勇者達は精神的な傷が大きく約半数がいまだに城の医務室のベッドから出てこれないでいた。

 元々戦いとは無縁の学生だったというのもあるだろうが、なにより彼らの精神的柱であった前園優斗がいなくなってしまったのが痛かった。

 突然真夜中に悲鳴を上げて騒ぎ出す者もいれば、いまだに優斗の姿を探す者もいた。


 そんな中、皆が寝静まった夜、城の中庭を利用して作られた訓練場で、金属が打ち合う音が響き渡る。そこには二人の女性が剣戟を打ち鳴らしていた。

 片方は女性と呼ぶにはいささか未成熟すぎる少女、月城葵。もう一人は葵達、勇者の鍛錬を任されている教官の女騎士リア・ヴァルツだ。


「そこっ!」


 リアは一瞬の隙をついて葵の心臓を一突きにするが、その瞬間葵の姿は大きくひび割れて砕け散る。

 葵は水魔法の応用で氷鏡を作り出しリアの後ろに回っていた。

 リアが囮の鏡を砕いた瞬間に後ろからレイピアを突き付ける葵。

 だが、リアは既に彼女の策に気づいていた。


 わずか数センチの所で葵のレイピアは止まる。

 葵がリアへの攻撃を怯んだわけではない。

 この模擬戦を始める前に既にお互いの身体に一撃だけ致命傷を防ぐ風魔法をかけており、その一撃を先に喰らった方が負けというルールの元で戦っていた。


 ならばなぜ動かないのか。

 否、動けない。

 葵は体中が痺れて動けないでいた。


「土と木の魔法を混ぜた応用した毒魔法。君は微量の麻痺毒を知らず知らずに受けていたのだ」


 そう言いながらリアは後ろに回って葵のエイピアを弾き飛ばし、喉元に刃を突き入れた。

 その瞬間に風魔法が発動。決着はついた。


「勝負ありだね」

「もう一度お願いします!」


 葵は一瞬悔しそうに顔を歪めるも、直ぐに両手で頬を叩き、仕切り直しだと言わんばかりにもう一度リアに再戦を所望する。


「このまま日が昇るまで続けるつもりか?君の体が壊れてしまうぞ。もう今日は休むんだ」

「心配してくれてありがとうございます、リアさん。でも私はもっと強くならなきゃいけないんです!みんなを守るためにゅい!?」


 葵はそう言言いかけるがと、ギュイとリアは彼女の頬を抓る。


「それであなたの体が壊れてしまったら元も子もないといったのだ。いいから休むんだ。いう事を聞かなければもう特訓には付き合わない」

「うぅ……」


 そういって立ち去るリアの後ろ姿を見送った後、葵は訓練用の木剣を持ち素振りを開始する。せめてもう少しぐらいと思って始めたが、手に痺れを感じてすぐに落としてしまった。

 気付けば体中の節々が痛む。

 ここまで体が軋みを上げていたのに自分は気付かずに特訓を続けていたのかと、葵は自分に呆れた。


「葵ちゃん」


 不意に後ろから名前を呼ばれる。

 振り向くとそこには忍足菫と雪見アイラがいた。

 二人は葵の友人でクラスではいつも三人で話しており、気心の知れたなかであった。


「アイラ、菫、これは……」


 葵が何か言いかけるもアイラは思わず駆け寄り、葵に回復魔法をかける。

 すると葵の体の痛みが軽くなる。

 彼女は元から魔法の才に恵まれていたが、ダンジョンの出来事の後、いままで以上に真剣に魔法の講義を受け、特に回復魔法を重点的に学ぶようになった。


「今日は安静にしててね。疲労ぐらいならいくらでも癒せるけどソレ以上だと今の私じゃまだ無理だから」

「アイラ……」

「葵ちゃん、貴方は一人じゃない。私達もいるよ。だから一人で先に進もうと思わないで」


 そういうアイラの言葉には有無を言わせぬ力がこもっていた。今までの優しくも気の弱いオドオドした彼女の姿は見えなかった。

 思わず菫の方を見ると、彼女の方も葵を見据えてコクリと頷いていた。

 暗がりで見えなかったが、よく見ると彼女の足元には大きな木箱が置いてあった。

 葵の視線に気づいたのか菫は苦笑しながら”武器だよ”とだけ答えた。


「私もさ、腹決めたよ。いつまでもなあなあな態度とってらんないよね」

「私達にも背負わせてよ。葵ちゃん」


 そう言って微かに笑う菫。

 葵はそんな彼女達を前に目頭が熱くなり、思わず顔をそむけてしまう。

 その中で決意を固める。


(橙也君を……消えたみんなを助け出す。そして魔王も倒して見せる)




「ふむ。よい傾向だな」


 そんな彼女達を宰相フォルドは窓越しから訓練場へと見下ろす形で見つめ続けていた。

 思っていたよりも、消えた勇者の数は多かったが問題はない。

 今の人数でも充分に戦力としては運搬できるし、いざという時は服従魔法を使えばいい。


 そこまで考えてフォルドはかぶりを振った。

 それは下策だ、ただいう事を聞くだけの人形など、配下が造りだすスケルトンで足りている。

 この国に必要なのは、圧倒的な力を持つ英雄にしてシンボル。汚らわしい魔人達を駆逐して、帝国や教国をも従わざる負えないほどの説得力を持つ旗印だ。


 そのため、あの惰弱な王を脅し禁忌とされてきた召喚陣を起動させて勇者達は召喚させた。

 最初はこんな子供が本当に役に立つのかと思ったが、日々剣と魔法を学ぶごとに力をつけていく彼らの姿を見てすぐにその認識を改めた。

 すばらしい成長速度だ。これなら、いずれウジャウジャと際限なく湧き続ける魔物や忌まわしい魔人達の首魁たる魔王をも打倒せしめることができるだろう。

 だが、彼らには足りないものがあった。


 魔人に対する敵意と憎しみだ。

 争いとは無縁な世界から来たのだから、当たり前だったのかもしれないが、これではまずい。

 勇者達には英雄としてあの人でなし共を駆逐してもらわねばならないのだ。

 そう思い多少の損耗は覚悟の上で配下の者達に襲わせた。

 その結果は半々と言えた。来たるべき戦いに向けて闘志を燃やす者、初めて触れる血と死の匂いに怖気づいてしまった者。


「まさかダンジョンが消えるとはな。面白い現象だ」

「申し開きもございません。まさかこのような事態に陥るとは」


 宰相の言葉に答えるのは彼の足元に跪く騎士。

ダンジョン攻略の時、橙也と共に行動を供にしていたヨハンであった。


「よい、責めておるのではない。しかしアレは本当にお前たちの仕業ではないのだな?」

「はい、トールもそう申しております」

『酷いなあ。大分前からそう言ってるでしょう?』


 突如響き渡る三人目の声、ヨハンは視線を真横に移動させる。

 そこには骸骨に服を着せた、子どもが遊ぶような小さな人形が置かれていた。


「貴様なら面白そうだ、とやりかねん。それとトール、不敬だぞ。姿を見せろ!」

『そうしたいのはやまやまですけども、今の僕には一分一秒も時間が惜しいんですよ。研究で忙しくて忙しくて……ああ早く彼女の圧倒的な力を再現させなければ!』


 ヨハンは何かを言おうとするが、フォルドは手で制して質問する。


「例の魔王か?」

『間違いありません。魔王レディアでしたよ!』


 トールは会えたこと自体が光栄だといわんばかりに自信満々に答えた。その言葉にフォルドは首を傾げる。


「現在の魔王は男と聞いているが……」

『あの大男の方ですか?一度偵察で目にしたことがありますが、魔王と名乗るには役不足ですねえ』


 美しさも圧倒的な力も足りない、その言葉を皮切りにその後も先代の魔王を絶賛する彼の言葉を押しとどめフォルドは己が聞きたい所だけ問う。


「あの女を超える兵器を作り出す。それがお前の今の目標だったな?」

『ええ!絶対に彼女を超える作品を作ってご覧にいれますよ。そうすれば彼女も僕の存在を無視できないはずだ!』

「ならばよい、はげめよトール。支援は惜しまん」


 フォルドは思う。頭の良い馬鹿ほど扱いやすい者はない。

 この人形越しで話す男やあの幼い勇者達がその典型だ。能力は高いが知恵も経験も足りない、こういった若造は最高の人材だった。


(トールの方は足りないというよりは研究以外に興味ないと言った方がいいかもしれんが、まあいい同じことだ)


 一方でこうも考える手駒はそんな連中だけでは困る。

 自分に揺るがぬ忠誠を尽くす者。利害の一致で動く者。それらを十全に扱う事こそが上に立つ者の必須条件なのだ。


(王座などあの愚物にはもったいなさすぎるわ)


 頭の中に己が仕える王を思い浮かべた後、その王が仕える価値もない男であると再認識する。


(もう少しで全てのピースが揃う)


「ヨハン。引き籠っている勇者達を何としてでも立ち直らせろ」

「かしこまりました」

「最悪の場合は、貴様の術を使っても構わん。だが最低限の意志は残しておけ。人形はトールの玩具だけで十分だ」

『なんですかそれー。僕の作品が不服なんですかー?』


 拗ねるようなトールの言葉を無視し宰相は先に向けて策謀を張り巡らせる。

 下策であるが、人形として操ることも想定しておいて損はない。

 もっとも自分にとって一番の最悪とは勇者全員が自分の所業……いやこの戦争の真実に気づき、魔人や獣人に寝返ることなのだが。


(一応奴等を呼んでおくか。打てる布石は打っておかねばな)


 もう少しだ。

 この国の頂点に立つときは近い。

 そして、自分こそがこの世界を救う存在だと彼は疑っていなかった。

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