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第十五話 魔染病

 部屋を出てしばらく長い回廊を歩く。

 しばらく歩くごとにレディアは何か小声で呟いている。その際に一瞬だけ前の視界がぐにゃあと折れ曲がる。

 思わず眩暈を覚えてよろけてしまうが、レディアが手を掴んでくれたので、なんとか持ち直す。


「すまないな。ちゃんと手順を踏まないと辿り着けないようにしているんだ」


 なんでも魔法トラップらしい。こんなもので守られている人物とはいったい何者なのか。橙也は自然と緊張していく。

 そして、その部屋にたどり着いた。

 レディアは部屋の扉を開くとそこには広いスペースに合わせた大きなベッドが置いてあり、そこにはベッドのサイズに不釣り合いな小さな少女が本を読んでいた。

 ショートの赤髪にレディアに似た顔つき、小柄な体を紫色のネグリジェで覆った少女。肌の色は白く触ったら壊れてしまうような危うさが感じられ、良く見ると裾からのぞく白い肌には黒いひび割れの様な物が見え隠れしていた。


「ルビィ。元気にしてたか?」

「あ、お姉様」


 少女は入ってきたレディアを見るなり読んでいた本を下ろして顔を綻ばせた。


「どうしたのですか?城に帰ってきたと思ったら、すぐに魔物狩りに出かけてしまうのですもの。私、お姉様から人間の国の話を聞くのを楽しみにしていたのですよ」

「ああ、すまない。留守にしてる間、まさか城下の魔物の被害があそこまで拡大しているとは思わなくてな」

「別に怒ってなんかいませんよ。領地と民を守るのもお姉様の務め・・・・・・あら?そちらの方は」


 そこまで言って少女はレディアの後ろの方の少年に視線を移す。


「名はトーヤ、私の友人だ。そしてトーヤ、この子は私の妹ルビィ。私達3兄弟の末っ子だよ」

「え、あ、どうも須藤橙也です」

「ユウ…ジン? 友人!? お姉様に!?」


 いきなり聞かされてもいなかった妹を紹介され、うろたえつつもなんとか頭を下げて自己紹介をする橙也。しかし当のルビィは感極まったように手で口を押えながら驚愕に見開いた目からブワッと涙を流す。


「お姉様に……お姉様に友達が……!」

「えっ?えっ?」


 急に何が起こったのか理解できず、もしや自分は何か粗相を働いてしまったのかとレディアの方を見るが、当の彼女もすごく面倒そうな顔を浮かべていた。


「いつもひねくれてて見栄っ張りで意固地なお姉さまに友達ができるなんて……ああ、魔人の神よ。感謝します。こんな小物のくせに無駄に演出にこだわって大物ぶろうとするお姉様に友達を授けてくれた事を!お兄様に決闘で負けた後、実は自分の部屋に閉じこもって『私本気出してねーし』『ガンバ私ガンバ』とブツブツ言ってた残念なお姉様に友達を授けてくれたことを!」

「おいコラ!言うに事欠いてなんだその言いぐさは!お前がいちいちオーバーなのはもう慣れたが、その悪意が蔓延した語りはやめろ!」

「年の近い友達がおらず、趣味で集めたぬいぐるみに『イーストファング』『フェアリーエッジ』とかアレな名前を付けて毎晩語りかけていたお姉様に友達ができるなんて……!」

「毎日じゃない!せいぜい週1だよ!というか、なぜそこまで知っている!?また妙なマジックアイテムで盗聴したのか!お前本当は根に持ってるだろ! 私が帰ってきてすぐに会いに来なかったこと根に持ってるだろ!」


 マシンガンのような勢いで会話をするレディア達。

 さり気に色々と自分から恥ずかしい秘密を暴露しているようだが、そこはとりあえずスルーする。

 どこ吹く風ととオホホと微笑むルビィ。なんというか先程のラナとのやり取りに似ている。立ち位置は見事に逆であるが。


「心外ですわ。私はお姉様のお友達にお姉様の事をもっと良く知ってもらいたくて、いつもよりも三割増しでイジッていますのに」

「最悪だよ!」


 姉の抗議などどこ吹く風とさらに何か言いかけた所へ急に咳き込みだすレビィ。

見ると彼女の白い肌から覗いていた黒いひび割れのような紋様が這いずる蛇のように彼女の肌が蠢いていた。


「チッ、発作か」


 それを見たレディアは懐から紙片を取り出し広げる。そこには赤い粉末が入っており、それをルビィに飲ませようとする。

 しかし、ルビィはその薬をやんわりと拒否をした。


「おおげさですわ。これくらい」

「飲むんだ」

「お断りいたします」

「飲め!」

「いーやー!」


 子供のようにルビィは拒否するも目は真剣そのものだ。レディアはそんな彼女の顔を掴んで口を無理やり開き薬を飲ませる。

 するとルビィの容体は次第に落ち着きを見せるも、彼女はベッドにうずくまって涙を流す。


ルビィが罹っているその病は魔染病というものだった。


「魔物の大量発生と同時に発生した瘴気交じりの魔力が体内を浸食されてな。一応強い魔力を注入することで体内の瘴気を薄めることができるので、私の魔力を練りこんだ薬で延命しているが、正直いつまでもつかわからない」


 レディアは廊下を歩きながら橙也にルビィの境遇を説明した。

 本来は強い魔力を持つ者には罹りづらい病だった。しかしルビィは自分や弟と違って、魔力が微弱だったそうだ。

 魔染病を治す薬はいまだ存在しない。しかし浸食を抑える抑制剤を作ることができる。ソレは強い魔力を込めた血を触媒にして造りだされるもので、レディアはソレを己の血で精製していた。

 そしてその際に、彼女は大量の魔力を失い弱体化し、そのタイミングを狙って弟のドラグルは魔王の座を賭けた決闘を仕掛けてきたそうだ。


「アイツもルビィを可愛がっていたし、なにより私達は同胞たちを救い導く義務がある。人間達の進行も進んできている中、時間もない……我を通すためには手段を選んでられなかったんだろう」


 橙也は卑怯な手で王の座を奪われても、なお弟を擁護するレディアの言葉を聞いて、彼女がどれほど家族を信じて大事にしているのかがわかった。

 前を歩く彼女が今どんな顔をしているのだろうか。


「お、魔王様じゃねえですかい」

「馬鹿。元魔王だろーが」

「名前でよくね?」

「この前は薬の件ありがとな。母ちゃん。大分楽になったってよー」

「誰かー。リウの実持ってきてやんな。レディア様あれ好きだろ?」


「ええい、どいつもこいつも私の事をいつまでも子供扱いするな!客人の前だろうが!」


 待ちゆく人たちに気さくに話しかけられるも、当の本人は子供扱いされていると不貞腐れていた。

 橙也はレディア『次は外だ』と案内されて城の外に出て、城下町いわゆる魔王領を見て回っていた。

 城下町と言っても賑わいも活気さもアウルディア王国とは比べようもない。

 規模としては村以上町以下と言っても良かった。


 しかし、そこで暮らす人々を見て橙也は驚いた。

 道行く人それぞれが先程のメイド達のように異なる人種だった。

 魔人、獣人、人、はては長い耳を持つ一族・・・・・・既に絶滅していると言われる森人までもがそこにいた。

 そして彼らは互いに角付きであろうと獣の耳があろうと誰も気にしてはいない。

 そこでは多種多様な人達がそこで共存していた。

 先程、戦争の理由を聞かされてすぐにこんな光景を見せられては混乱してる所を横からレディアは歩きながら話しかけてくる。


「ここにいる連中はな。例の魔物の活発化で住処を追われた連中だ」

「人間もいるのが不思議に思ったか?いくら広い国土と強大な軍を保有する帝国や教国でも辺境の民までいちいち全部救えるわけがないだろう」

「いっそ口減らしに丁度いい……なんて考えていたかもしれんな」

「なにせ捨てられた領民の中にはルビィと同じ魔染病の患者が多くいたのだから」

「伝染病とは限らない、そもそも発症の条件は解明されていないのにな」

「何か言いたそうだな。いや信じたくないと言った方が正しいか?」

「まあ、別に信じなくてもいいけどさ」

「それでも私は嘘をついていない、とだけ言っておくよ」

「もっともそれしか言えないのだがね」


 話を聞いた橙也は後悔した。こんな事知りたくなかった。一介の高校生である自分一人では重すぎる問題だ。耐えられるわけがない。


「私の現状維持やドラグルの武力侵攻だけでは無理だった。我々はただ滅びを待つしかなかった」

「だが異世界から来たお前達なら何かが変わるかもしれない」

「人間達の伝説にもあるように私達魔人達にも同じような伝説があったんだ」

「結局のところ、確証も根拠もない他人頼みだったんだ」


 やめろ。

 やめてくれ。

 嫌だ。聞きたくない。

 せめてみんながいれば。みんなと一緒に。

 なんで俺だけ、そんな重いのを押し付けないでくれ。

 橙也はそう思うもレディアの話を聞くのは自分一人、他には誰もいない。


「なあ勇者殿、頼むよ私にできる事ならなんでもする。いくらでも手伝う。だからこの世界の人達を救ってくれないか?」


 どこかふざけ交じりの口調で話しかけてくるのは特にあてにしていないのか、自分に余計な重圧をかけないための彼女なりの気遣いか。

 こんな事を言われた今度は自分が今どんな顔をしているのだろうか。

 橙也は知りたくなかった。

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