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僕の死神  作者: 泣村健汰
8/10

21歳~22歳



 『21歳』


 美玖は、無事高校生になった。


「面白かったな」

「それなりにね」

 美玖はコーヒーを啜りながら知ったかぶりでそんな事を言った。

 今日は俊介の芝居を観劇した。

 進学した俊介はそのまま大学の演劇サークルに入り、今回初めて大きな役を貰ったという事で招待券を送ってきた。私も行くと言い出した美玖の意見を聞き入れ、俊介にもう一枚招待券を貰えるように打診した。何の事は無い、芝居自体は無料だった。

 昼の一時から始まった芝居は、それなりに面白かった。

 よくある学園ドラマ。ラブコメではなく、青春ドラマをメインにしているようだったが、来年廃校になるのが決まった最後の学校祭と言う設定がよかった。みんなガムシャラに取り組みながら、心に傷を抱えたヒロインが、仲間に心を開きながら学校祭を成功させると言う話。

 俊介は、学校祭の中止を訴える教師達を説得し、最後まで生徒の側で戦い続けると言う熱血教師の役だった。俊介にはピッタリだ、そう思った。

 舞台を見ながら、高校時代の光景がフラッシュバックした。みんなの視線を浴びながら舞台の上で輝く旧知の男が、何だか誇らしくもあり、少し寂しくもあった。

 舞台後の俊介は、以前と何も変わっては居なかったのだけれども……。

 終わった時間が2時半。昼食は済ませていたので、二人で珈琲屋に入る事にした。

「まぁ、確かに面白かったけど、私に言わせればまだまだね」

「そうかそうか」

 美玖が一時期テレビドラマにはまっていたせいもあり、こういう批評家めいた物言いをするのも知っている。それに付随して、舞台の終わり際に目尻を光らせていた優しい妹の事も知っている。

 珈琲を飲み終わった後、美玖は友達の誘いを受けてるとかで街中に消えていった。

「美玖ちゃんも忙しいねぇ」

 いつの間にか後ろに回っていたククが声を掛けて来た。

『久しぶりなんだから、兄弟水入らずで楽しんでおいで。お邪魔虫は邪魔しないから』

 今朝そんな事を言っていたが、芝居の最中に時たま後ろの席からククの感嘆の声が聞こえてきたから、近くに居る事は分かっていた。あんなに大きい声を出てしまっていて、周りにククの声が聞こえていなくて本当によかったと思う。確実に芝居がぶち壊しだっただろう。僕の集中力が続かない程度で落ち着いて本当によかった。

「まぁ、兄貴より友達と遊ぶ方が楽しいんだろ」

「またそんな事言って、美玖ちゃんが涼君の事大好きなのはわかってるじゃない。涼君の寂しんぼ~」

 ククはそう言って笑った。

「ところで、ククはどうだったんだ? お芝居」

 そこでククはパッと表情を明るくした。

「もう、すっごい良かった。私本当の本当に廃校寸前の学校に入学したくなっちゃったもん」

 そう意気揚々と語りだした。

 ――何だそりゃ。

 込み上げてくる笑いを抑えながら、本当に死神らしくないなと思った。こんなに楽しい死神ばかりだったら、死んだ後もさぞかし楽しいだろうと、本気で思った。

 ふいに見上げた空は青く、飛行機が引いたような細い雲が一本だけ棚引いていた。

 タイムリミットは近い……。




 『22歳』


 美玖は、もう高校二年生だ。


「じゃ、お兄ちゃん。明日ね」

「ああ、おやすみ」

 美玖が部屋を出て行ってから、僕は窓を開けた。懐から煙草を取り出し、火をつける。ゆっくりと煙を吐き出すと、闇の中に吸い込まれていく。

「煙草、体に悪いんだぞ」

 ククが笑いながら言う。

「関係ないだろ、今更健康なんてさ」

 皮肉っぽく返す。

「そうだね、うん、そうだ」

 ククの頷きは、何かを納得させようと言う意図が見え見えだった。窓の外に目を移す。

 闇空には数多の星が煌く。紫煙を吐き出すと、星達は一瞬朧になり、再び光で自己主張を始める。

 ククの顔を見る。

「何?」

 首を振り、何でも無いと応える。

 ククとも、もうすぐ離れなければいけない。そう思うと、何だか胸が締め付けられる気がする。死ぬって言うのはやっぱり、沢山のさよならの上に成り立っている事なのだと、今更ながらに感じる。それが恐くもあり、悲しくもあり、寂しくもあり……、妙な開放感もある。不思議な感覚だった。

「涼君、明日は、楽しんでね」

 ――ああ、わかってるよ。

 口には出さず、頷きで返す。

 明日は美玖にショッピングに誘われてる。プレゼントも既に考えているらしい。妹の一生懸命さは小さい頃からよく知ってるし、美玖が僕を誘うのも運命のような気がする。いや、きっと運命なのだろう。

「明日が楽しみだね」

 口元だけに笑みを浮べて、ククは言う。

 今更ながらに、思う。ククは……。

「なぁ、クク」

「なあに?」

「お前って、全然死神っぽくないよな」

「へ?」

 キョトンとした顔をする。

 僕は煙草を消して窓を閉め、ベッドに横になる。

「いや、僕はクク以外の死神って見たことないし、そう言う感じなのが普通の死神なのかもしれないけどさ、普通死神って言ったら、もっと怖い雰囲気があってもいいんじゃないか? なんでそんなに……」

 言おうとして、逡巡する。それが適当な言葉なのか、不意にわからなくなったからだ。だが、続けた。

「優しいんだ?」

 ククは、眉間に二つほどシワを作り、優しくなんかないよ、と呟いた。

「私は、涼君が小さい頃から一緒にいる。だけど、私が涼君に何かをしてあげたわけじゃないし、むしろ、私は奪っていく側の存在だから……」

 ククはクルリと回り、僕に背中を見せる。宙に浮かんだまま、天井に向かって言葉を放つ。

「優しいなんて言われたら……、困っちゃうよ」

 ククはそのままこちらを向かずに、ふわりと降りてきてベッドに腰を下ろす。

「私は、死神なの。本当は、ただ憎まれるだけ、怖がられるだけの存在なのに……、涼君が、いけないんだもん」

 ククの背中は雄弁だった。

「涼君が、……いけないんだもん」

 その背中は、同じ言葉を語った。それは本当に、ただただ愛おしく感じる、優しく暖かい拒絶だった。

 ふいに、小さい時に見たククの事を思い出した。思い出の中のククは、姿は今と何も変わらない。でも、何だろう、今とは違う何かを感じるのだ。それは、言葉で言い表すことは出来ない程微弱な、本当に微かな変化。ただ、それを敢えて言葉にするんだとすれば、多分、こんな言葉が適当なんだろう。

「ククって、何か、柔らかくなったよな」

 少しして、背中は小刻みに震えて、それと共に微かな笑い声が聞こえてくる。

「なぁにそれ」

 こっちを振り向いた顔は、笑っていた。

「いや、何となくそう思ったんだよ」

 それは、ククに訪れた変化なのか、それとも僕が変化したから、僕越しのククが変わって見えたのかはわからない。それでも、勿論蔑まれる要素はどこにも無い、暖かい変化だと思う。

 ククの頬に手を伸ばす。触れられないとわかっていても、触れようと手を伸ばす。ククは僕の手に、頬を寄せようとしてくれる。これだけで、僕らの関係はこれだけで充分なのだ。

「さ、涼君はまだ明日があるんだから、今夜はもう寝なきゃ」

「まだ明日がある、か」

「そうだよ、明日があるんだから」

 そう言って、二人で笑った。その自虐的とも言える笑いが、優しくて擽ったくて、とても心地よかった。

 大丈夫、今更後悔なんかしていない。明日は、自分の運命に身を任せるのみだ。運命の主が、目の前の女の子だと言う事実が、何だかおかしかった。そして、こいつになら、身を委ねられる自分がいた。

 明日は明日の風が吹く。明日の風は、明日にしか吹かない。


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