8歳~10歳
『8歳』
ミクは3歳になった。
確証は無いけれど、ミクにも死神が見えてた時期があったと僕は思う。ミクが壁に向かってうーうー頷いてた時に、僕は聞いてみた。
「ミクは、今ミクの死神と話してるの?」
「話してるって言うよりは、遊んでもらってるって感じかな」
僕の死神はあっさりと肯定してくれた。でもやっぱり僕の目には、壁に向かって唸っている滑稽なミクが映っているだけで、ミクの死神は、それこそ影も形も無い。
そんなミクも3歳になった。
死神はもうとっくに見えてないのであろう。遊んで遊んでと、僕に縋り付く事が多くなった。
「いーちゃ、あそんで~」
ミクはまだ上手く『に』と言う音を発音出来ないらしく、僕の事を『いーちゃ』と呼ぶ。
「美玖ちゃんは、お兄ちゃんの事大好きなんだね~」
「うるさいなぁ」
からかうように頭の後ろをフワフワと浮かぶ死神に毒づく。言いながら、最近のミクのお気に入りである、4色に塗られた積み木を持ってきてやる。
「涼君みたいな優しいお兄ちゃんだったら、私も欲しいなぁ」
「死神が何言ってるんだよ」
「冷たいわねぇ……。あ、照れてるのかな?」
そう言いながら、彼女はほっぺたをツンツンしてくる。勿論、ツンツンしてるつもりだけ。彼女の指が僕に触れる訳は無いから、ほっぺたには何の感触も無い。でも、からかわれてる感じはプンプンするので、何だか気に食わない。
「ねぇ、死神」
「死神って言わないでって言ってるでしょ。確かに死神だけど、なんか他人行儀じゃない。涼君が、ねぇ子供って言われたら嫌でしょ?」
「だって、他に呼び方無いよ」
「だから言ってるでしょ、シニちゃんって呼んでって」
僕は目の前にフワフワ浮かび冗談混じりに言う死神に向かって、ため息を吐いた。あくまで個人的な言い分だけど、死神をちゃん付けで呼びたくは無い。
「いーちゃ、いーちゃ。おしおつくよ?」
「ああ、うん。お城な」
ミクが積木で城を作る事を僕に宣言したので、僕はお城に必要そうなパーツをミクの前に並べてやった。いきなり屋根になりそうな三角の積木を下に置こうとするから、それじゃ城が崩れちゃうよ、と言ってやる。
「シニちゃん以外で、他には何か無いの?」
死神は依然として、フワフワ浮かびながら大して考えてもいないような素振りで考え事をしている。
「そうねぇ、私死神番号81番だから……、上手く語呂合わせ出来ないわねぇ。ヤイちゃんも、何か変よねぇ」
――81?
「クク」
「ん?」
僕は死神に言った。
「81は、9×9だよ。こないだ学校で習ったんだ」
「あ、ああ、もう学校で九九やってるんだ」
「クク、じゃダメなの?」
「ククちゃんか、可愛くていいかもね」
「ちゃんは付けないよ……」
「あらあら、照れてるの?」
そう言って、また僕のほっぺたをツンツンとする。
「いーちゃ、おしお、おしお」
ミクは四角い積木を積み上げて、塔を作っていた。それが倒れないように、ちょこんと三角の積木で屋根をつけてやる。ミクはきゃっきゃと喜び、それを、ドーンと言いながら壊す。僕はいつもの事なので、怒ったりはしない。それを見て、クスクスと笑っているのが一人。
「笑うなよ、クク」
「はいはい、ごめんね」
僕の死神に、名前がついた。
『10歳』
美玖は5歳になった。
「お兄ちゃん、これがいい」
ベッドの傍で、美玖は「たいようのおひめさま」と言う絵本を手にしていた。
今日は美玖の誕生日だった。お父さん達から着せ替え人形を貰って、大好きなケーキを一人で半分近く食べた。晩御飯のご馳走もしっかり食べたのに、あんなにどこに入るんだと、我が妹ながら心配だった。
僕は美玖に、自分が昔貰ったけど一回も使う事のなかったクレヨンをあげた。美玖ははしゃいで喜んで、あんまりはしゃぎ過ぎた為にジャンプして足を滑らせて額を床に打った。それでも笑って起き上がるくらい嬉しかったらしい。
「美玖ちゃんはお兄ちゃん大好きだね」
ククが笑顔で言う。
夜になり美玖がいきなり、今日はお兄ちゃんと寝たい、と言い出した。正直面倒くさかったが、母さんが、お兄ちゃんお願い、何て言うから、しぶしぶ了解した。
――まぁ、誕生日だし……、今日くらいいいか。
布団に入ろうとすると美玖が、ご本読んで、なんて言い出した。
「えぇ~」
「いいでしょ、今日私誕生日なんだよ」
時計は九時過ぎ、確かにまだ誕生日だった。
一冊だけだと念を押し、何か一つ持ってきなと言うと、美玖はすぐに一冊の絵本を持って来た。
「優しいお兄ちゃんだね、美玖ちゃん」
ククはニコニコしながら美玖に話しかける。もちろん僕にしか聞こえないのをわかってて言っている。
美玖ははしゃぎ過ぎたのか、おひめさまの結婚式の途中で眠ってしまった。それでも、僕のパジャマを離そうとはしない。夢の中で自分がおひめさまになり、僕の事をおうじさまと勘違いしているのかもしれない。下手に取ると起きてしまいそうなので、今夜は観念する事にした。
部屋の電気の紐を引っ張る。豆電球だけ点けたまま、布団の中に潜り込む。
「お疲れ様、お兄ちゃん」
ククが言う。
「本当に、何で美玖はこんなに僕になつくんだろ?」
「それは、涼君がいいお兄ちゃんだからだよ」
「そうかな?」
「そうだよ」
ククはふわりと美玖の上に浮かび、幸せそうに眺める。
「可愛いね、美玖ちゃん」
「元気があり過ぎるけどね」
「あら、それも素敵な事よ。将来美玖ちゃんに恋人が出来たら、涼君寂しいんじゃない?」
「美玖に恋人? そんなの出来るのかな?」
「出来るわよ、すぐに」
ククは美玖の頭を撫でながら言った。
「女の子はね、みんなレディーなんだから」