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剣聖グレアムが、ティエンサン公国の将を討ち取り、公国軍は撤退を開始したとの報告を、アレクシスから受け、ラインヴァルトは脱力した笑みを浮かべた。ようやく、終わらせることができる。

だが、その笑みを浮かべたのは一瞬で、ラインヴァルトは鋭い視線を前に控えるアレクシスへ向ける。

「アレク。ティエンサン公国軍を深追いしないよう、グレアム将軍へ伝令を。公国軍全兵が国境を超えるのを確認したら、一部見張りを残し、戻るように。それと同時に、被害状況の確認を急げ」

「かしこまりました」

アレクシスが恭しく礼をして去るのを見送り、ラインヴァルトは椅子から立ち上がる。

戦の後処理について、思考をめぐらす。

これほど、この戦いが長期化したのは、己の責任だ。

戦死者とその家族には相応の補償を。軍費として使用した国庫の確認を。国民の不安を取り除き、王国への信頼の回復を。

やらなければならないことは、たくさんあり、数えきれない。


簡単に整えただけだった髪が乱れ、一房、額にかかる。そのせいで、視界に金色の簾が広がり、ラインヴァルトはそれを、忌々しく感じながら乱暴に手で後ろになでつけた。


『持たざる者』である父と自分。それが王と王太子であること。そして今回の戦いの長期化。王宮内だけでなく、民の間でさえも、不満を露わにする者が出てくるだろう。


その不満は、一生自身に課せられるべきものであると、ラインヴァルトは理解していた。



*****


グレアムが、ラインヴァルトの指示通り天幕を展開する丘へ戻ったのは、それから二時間ほど経ってからだった。

その報告を、ラインヴァルトは天幕内の椅子の上で聞いた。そして、グレアムを自身の近くへ来るよう呼び寄せた。

「殿下。この度はお慶び申し上げます」

グレアムは、兜こそ脱いではいるものの鎧をまとった姿のまま、ラインヴァルトの前に膝をつく。それを見て、ラインヴァルトは眉を寄せた。

「グレアム将軍。立ってもらって構わない」

グレアムが立つのを確認後、ラインヴァルトは椅子から立ち上がり、目を伏せた。軽く、頭を下げる。王族として臣下に出来る最高の礼の形をとるラインヴァルトに、グレアムが「殿下」と諌めるように声を上げた。ラインヴァルトはその声を無視して、その姿勢を取り続ける。

「むしろ、祝いの言葉はグレアム将軍にこそふさわしい。そして私は貴方に謝らなければならない」

ラインヴァルトが顔を上げると、グレアムは困った表情をしていた。己と同じ碧色の目のふちには皺が深く刻まれ、目じりを下げている。

剣聖グレアムは、戦場でこそ細やかで優美な剣技をみせるが、普段は粗野な男だ。王族からの謝罪に、対処しかねているグレアムの様子に、ラインヴァルトは苦笑し、もう一度椅子に座りなおす。

「この度の戦で、貴方を招集したのは、剣聖グレアムここにありと、ティエンサン公国へ対する牽制のつもりだった。だが、想像以上に戦が長引き、結局前線へ出てもらうことになってしまった。結局、敵将を討ったのも貴方だ。

グレアム将軍は、もう隠居してもいい年齢だ。それを戦場へ駆り出したこと、本当に申し訳なく思っている」

「・・・殿下。今回の戦は、後継たちにとって、いい経験になりましょう。それに私にとっても。そして失礼を承知で申し上げれば、殿下にとっても。この経験は、すべての者の糧となるでしょう」

グレアムは、ラインヴァルトに強い視線を向けた。

「戦は勝利で終えた。それが、最も大事なことです。殿下は、この国をしっかりお守りになられたのです」

ラインヴァルトは、一、二度瞬きをした後、グレアムを見て苦笑した。この将軍には敵わないな、と思う。

「私は、貴方に伝えるべき言葉を間違えていたようだ」

ラインヴァルトは、椅子に深く座りなおす。王族として相応しい、威厳ある声音を意識する。

「グレアム将軍。この度の功績、感謝する。アレクシスが、宴の用意をしている。ぜひ参加してくれ」

「その言葉、ありがたく頂戴いたします」

グレアムが再度膝をつき、礼を述べるのを、ラインヴァルトは頷くことで、返事に変えた。


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