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恵美がこの世界に来てから、十日経った。
アスタイトという石の使い方も、だいぶ慣れてきた。火や水以外に、土、風、力、金など、様々な属性を持つ石がある。それを押したり引いたりといった動作を起こせば、なにがしかの現象が起こるのが、とても面白かった。
この世界では、科学技術の発展の代わりに、アスタイトの力に指示を出す装飾研究が盛んだ。そのおかげで、生活水準は低くない。電気の通らない田舎で暮らすというような生活は、戸惑いはあるものの、恵美にとって耐えられないものではなかった。
恵美たちが暮らす家は、高地にあるらしく、夏でも涼しい。日によって、肌寒いことも多く、そのため、やわらかな暖かさをもたらす暖炉が欠かせない。冬は暖炉の火力をもっと強め、さらに寒さを遮断する指示を与えられたアスタイトを使用するらしい。
この世界での三日目の朝、リディアによって恵美は、毎日の暖炉の掃除という仕事を与えられた。それ以外にも、リディアと手分けして家の掃除や食事の用意などを行った。
ハロルドによる言葉の勉強は、ほぼ毎日行われている。一文字一文字を書いて、発音して、覚えての繰り返しだ。三十字と、文字数自体は多くないが、見慣れない形のため、覚えるのに苦労した。『エミ』『リディア』『ハロルド』と、3人の名前が書けるようになったときは感動を覚えたほどだ。
十日経った今では、ハロルドが山を下り町へ行った際に、買ってきてくれた幼児用の絵本を教科書にして、単語と簡単な文章を勉強中だ。
ハロルドとの会話が成り立たない現状で、勉強を教わるのは、とても難しい。ハロルドの身振り手振りや、絵本に書かれた絵と単語で想像するしかない。推察できない場合は、リディアのもとへ行き、尋ねる。そうすれば勝手に翻訳されるので、意味を知ることができた。
山の下の町まで、ハロルドやリディアと一緒に下りたこともある。見るものがすべて新鮮で、言葉が分からないながらも、賑やかで活気に満ちたその様子に、圧倒された。
ハロルドとリディアは、とても仲がいい。リディアの言い分を、ハロルドが苦笑しながら聞くというスタンスが多い。しかし、最終的な決定権はハロルドが持っているのも、恵美はこの十日間で知った。
恵美が「リディア、ハロルド、仲いい、夫婦」と、片言ながらハロルドに伝えたら、彼が破顔したのは、記憶に新しい。
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そんな生活を、十日以降も、続けていく。短い夏を終え、実りの秋を、長い冬を、穏やかな春を過ごし、また夏を迎える。
季節が廻る。
恵美は、確実にこの世界での時を重ねていった。なぜ、この世界に来たのか。それは分からないまま。
そうして、5回目の秋。
「この家から出ていってほしいの」
恵美は突然リディアに、そう告げられた。
次から新章に入ります。二の章も、よろしくお願いいたします。






