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リディアが恵美を連れてきたのは、物置のななめ前の部屋 -浴室だった。浴室と言っても、浴槽はない。天井にシャワーヘッド部分のみがあり、それは下を見下ろしていた。


「エミ、説明するわね」

リディアは、壁についた二つのスイッチを指差した。スイッチは透き通った赤色と青色をしており、少し光沢もある。赤色と青色のスイッチ両方とも、金色の縁取りがなされていた。

「この石は、神々の加護が形を変えたもので、アスタイトというの。神々を信仰する人は、だれでも使える石よ。石の色は加護の属性を表し、石の装飾はその属性にどのような作用を起こしてもらいたいかの指示を与えるものなの。

赤色は火、青色は水の属性。どうなるかは、今から使ってみて、体験して知って頂戴」

リディアは、そこで区切り、恵美を見た。

「なにか質問があるかしら?」

「・・・あの、私、この国の神様を信仰していないのですが」

昨日来たばかりの自分が、信仰の想いで動くスイッチを動かせるはずもない。申し訳なさそうに言う恵美に、リディアは鷹揚に笑った。

「ボーデンの加護があるんだもの。もちろん、エミにも使えるわ。安心なさい」


それからリディアは、脱衣所の説明と、使用後には浴室の前の部屋へ来るよう指示を出して出て行った。


恵美は恐る恐るスイッチへ手伸ばす。最初に赤色を、次いで青色のスイッチを押した。


シャワーヘッドから、霞のような白っぽいものが出て、恵美を覆った。

それはほのかに温かく、とても気持ちがよかった。



浴室から出て、浴室の前の部屋へ行くと、リディアは服を用意して待っていた。

リディアに着せられた服は、立ち襟の長そでブラウスとくるぶし丈のスカートだった。スカートはふわりとボリュームがある。その上に刺繍などで模様がついた襟なしの上着を着る。このスタイルが、未婚女性のスタンダードなのだと、リディアは言った。

恵美は、その姿を鏡に映す。見慣れない服を着た自分が、他人のように見えた。髪をいつものように一つに結ぶと、ようやく鏡に映る人間が自分であるのを実感した。それでもまだ、眉を下げ、ひどく情けない表情をしている。恵美は思わず自嘲の笑みを浮かべた。


リディアは、着替えた恵美の後ろに回り、正方形の布を三角形にしたものを恵美の頭に巻いた。頭に巻いたバンダナは、埃が頭につくのを気にせずに掃除できるようにとのことらしい。


リディアは、恵美の姿を一通り眺め、満足そうに眼を細めた。そして、高らかに掃除開始を宣言した。



*****


物置の掃除は、恵美の想像より早く終わりそうだ。


物置は物にあふれていたが、リディアが悩むことなくそれらに要不要を付けていったおかげだろう。恵美はそれらを指示通り分けていくだけだった。

それが済んでみると、部屋に残された物は最初の状態と比べると三分の一ほどになり、それらをいったん廊下に出し、掃除を開始する。

物置はそれほど大きくない。リディアと二人でやれば一時間以内には終わるだろう。


恵美は、頭に巻いたバンダナの位置を整え、息を吐く。ふんわりとしたスカートが、動きづらい。

襟なしの上着は、掃除に不向きだと恵美が訴え、今は脱いで、高校の制服とともに、廊下に出したソファの上に置いてある。

今の衣服でさえ動きづらく辟易している恵美は、その訴えが通ったことに安堵した。

リディアもまた、銀色の長い髪を結いあげ、バンダナを巻いている。ホウキを持ち、てきぱきと動いているせいか、頬がほのかに赤くなっていた。

リディアのことを、髪をおろしていた時は二十代後半から三十代前半のように思っていた恵美だが、髪を結いあげた今は、二十代前半にさえ見えた。


自身の知っていることを、何故か教えたがらず、強引に自身の意見を通し物事を勧めるかと思えば、時折気遣いを見せる。常に笑顔で、そしてとても美しい女性。

恵美がリディアと過ごした約一日。その間のリディアの印象は、つかみどころのない『不思議な人』だった。


これから、ここで生活していく上でリディアの助けが必要なのは、明らかだ。リディアのことをもっと知っていかなければ・・・。


「リディアさん」

雑巾を絞りながら、恵美はリディアに声をかける。

「教えてほしいことがあるんです」

「あら、なにかしら?」

リディアは、ホウキで埃を掃きながら笑みを見せた。


たとえ尋ねても、教えてくれないことも多そうだなあ。

恵美はリディアの微笑みを見ながら、そう思った。


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