4 みらくる☆おかあさん登場
≪ヴー ヴー ヴー ヴー ブー≫
●CALLING 眞城千智
逃げられない…ッ!
再び鳴りだした携帯にもう事態を回避する術はないと悟り、俺は意を決して潔く応答ボタンを押した。
「もしもし…
『あー!ハルくんっ!?もうっ!何で電話に出てくれないのっっ?』
「あの…
『ずーっとかけてたんだよっ?もうバカバカっ!』
「千智さ…」
『ずっと連絡くれなくて寂しかったんだからっ!』
「もしも…
『もーっ!ハルくんなんか知らないんだからねっっ!』
はぁ…全くこの人は。
人の話を聞かないところは相変わらずか。
こうなった以上、仕方がない。
『もしもしハルくん、聞いてるのっ?もー切っちゃうから…
「そんなつれないこと言うなよ、千智」
『ハルくん…?』
「ずっと連絡しないで悪かった。寂しい思いさせたな」
『そうだよ…っ』
「俺はいつでも千智のこと考えてるから。分かってるだろ?」
『うん。分かってる…じゃあ、千智は誰よりも素敵だよって言ってくれる…?』
「勿論。千智は誰よりも輝いてるし誰よりも素敵だよ」
『ハルくん…』
「千智さん……
満足ですか? 」
『50点かな』
「俺の恥に免じて、もう少し点数上乗せして下さい」
『そうだなー、ハルくんがもう少し男前になったらね♪』
「…もういいです」
『張り合いないなぁハルくん♪』
……お解り頂けただろうか。
この破天荒な人こそ、みあの実の母親であり齢37歳になる『みらくる☆おかあさん(命名:千智さん)』である。千智さんから電話がかかってくることなど最近では滅多になかったが、かかって来た時はその時の千智さんのテンションやら設定に合わせて返答しなければ対応して貰えない。
それは何年も前から変わらぬ、俺と千智さんの戯れだった。
今回は『遠距離恋愛中の恋人同士』という設定でたぶん間違いはなかったと思うが……。
千智さんを満足させられない時は、延々とあのテンションのまま会話を繰り広げなければならないわけで。…なんて恐ろしい人!
テンションの割に早く収拾がついたとなると、今回は会話に満足したというよりもそれなりの用件があって電話してきたのだろう。それなりの用件というか、それは間違いなく俺の目の前にいる愛娘のことに関してだと思うけど。
『ところで、みあちゃん来てるかな?』
「来てますよ。っていうか来る前に連絡入れて下さい」
『ごめんね、色々忙しくって気が付いたら当日になっちゃってたんだ☆』
「なっちゃってたんだ☆で済まさないで下さい。…まぁ詳しい話はいいです。それより、そのみあさんですが」
『きっと今頃ハルくんちで倒れてるんじゃないかな?』
「っ、正解です」
千智さんという人は割とメチャクチャで、俺はいつも良いように遊ばれてばかりだが、その実とても娘思いであり母親としてはしっかりした人なのだ。
『そうなっているだろうと思ったよ。みあちゃん身体弱くて、倒れちゃうこともしばしば』
「…貧血があるですね?」
『さっすがハルくん♪でもさすがに分かりやすかったかな』
「まぁ…倒れた時に顔面蒼白でしたし、冷や汗もかいてました。それに…ちょっと失礼…眼瞼結膜も含め全体的に血色が悪い。加えてやや匙状爪の傾向も伺えます。…鉄欠乏性貧血ですね?」
『ピンポンピンポーン♪大正解♪』
「このくらいは分からないと…一応、ね」
解説しよう!
鉄欠乏性貧血とは、その名が示す通り体内の鉄分が不足するために生じてしまう貧血のことだ。原因は年齢・性別によって様々だが、ライフスタイル上、特に女性によく見られる疾患であると言える。
実は先程みあを抱き起こす時に、彼女の指先の爪を確認していたのだ。電話をしながらみあの眼瞼結膜――あっかんべーをした時にめくれる下瞼のこと――を確認したのも、貧血の程度を確かめる為にやったことだった。
貧血の他覚的な所見である顔面を始めとする全身の血色不良は、まさに今のみあの状態だ。それと匙状爪、英語で言うとスプーンネイルだからスプーン爪と言われることもある。これは、文字通りスプーンのようにツメの中央部分が凹んでしまう状態をさし、鉄欠乏性貧血の際によく現れる症状の1つだ。
『うん。やっぱりハルくんが一番適任だな」
「適任って?何がです?」
「うん。あのね、
みあをハルくんの家に住まわせて欲しいの 」
★今回の医療用語★
・鉄欠乏性貧血
・匙状爪