空を渡る花
電撃ショートに応募しようとしたら締切り過ぎてました……。消すのももったいないのでこちらに投稿します。
夕日が沈む。
僕はゆっくりと辺りを見渡した。
赤、白、黄色、紫。様々な花々がオレンジの夕日に染められて、凄まじいまでの美しさを魅せてくれる。
この星はもう終わる。
押し出されるような移住計画によって、僕達は明日にでもここを離れなければいけない。
傍らの少女は、花の中に横たわり、静かな寝息を発している。
起こそうかとも考えたが、この子なりの最後の過ごし方なのだろう、と納得し、ゆっくりと腰を下ろす。
短かった。
この星に入植して八年。
僕と生徒達は身を粉にして働いた。
星のため、人々のため、そして娘、孫のために。
僕が地球で開発した花は、普通の植物の八十倍の光合成能力を備えていた。
どれだけ土壌が汚染されていても、恒星の光が届けば成長し、大量の酸素を供給する。
それからだった。
完成し立ての恒星間宇宙船に乗せられ、僕は大勢の生徒と共に新たな地球を探す旅に出ることになった。
「ん、……せんせ?」
眠っていた生徒が目覚め、ゆっくりと僕を見つめる。
「ああ、起きたかい?」
僕を先生と呼ぶ、この少女に名前は無い。両親は六年前に事故で死んでしまった。
親から与えられた名前をショックで忘れてしまい、自分で思い出すまで名を呼ぶことを拒否したのだった。
忘れたのは名前だけではない。笑顔も、両親以外の存在も、全て。
「うん……。あ。もう、日が沈むね」
最も日が輝く瞬間は過ぎ、原色の山にゆっくりと沈んでいく。
「せんせ、準備できた?」
「もう少しだね。光が届かなくなってから……」
夜になると花々はその花弁を閉じ、眠りに就く。
この星で最も土壌の貧しい場所の、生命力の強い花を選び、僕達はまた別の星を探す。
何度もしてきたことだ。
そんな僕の答えに、少女は首を振る。
「違うよ」
しっかりとした意思をその目に浮かべ、
「せんせの準備」
ああ。
僕は小さくため息をつく。
分っていたのだろうか。
「……昨日、終わったよ」
黙ったまま、真摯に見つめてくる。
「うそ。みんな言ってた。せんせ、ここで終わらせるって」
「……ああ」
そう。僕はもうここで終わらせるつもりだった。
僕らの開墾した星々は、地球からの移住者によって何度もゴミ屑のようにされてきた。
この星も例外ではないだろう。
もって数年。
彼らは限りある土地を奪い合い、資源を掘りつくし、花を踏み潰す。
この星を最後に、僕は地球を裏切る。
「噂になってたとはな」
「せんせ、カラに頼んだでしょう? 制御コンピュータの、スレイブコマンドの解除」
「ああ。バレるのも仕方ないか」
地球に送る位置情報を全てカットし、これから向かう先を誰にも知られないようにするには、僕では役者不足だった。情報処理のチーフの少女に頼むしかなかったのだが。
「……うん、これなんかいいだろう」
目に付く中で最も花弁の閉じが遅い花を掘り起こし、少女に渡す。
「これを持って、行くんだ。明日の朝には入植者がやってくる。引継ぎをする前に、ここから逃げろ」
花を受けとったものの、じっと動かない少女。
「大丈夫、もう君達の成果を奪う人はやってこないよ。次に向かう星は、君達のものだ」
「せんせー、は?」
「僕は……ここに残るよ」
まだやり残したことがある。それに、いくら不老化処理を施したところで、限界はあるのだ。
僕の体が、次の航海に耐えられるとは思えない。
「じゃあ、私も残る」
予想外の台詞に、僕の動きが止まった。
「え」
「せんせが残るなら、私も残る」
「それは……」
言葉に詰まる。説得できない。
「おとーさんとおかーさんが死んだのは、ここ。私が死ぬのも、ここが良い」
「それは、駄目だ!」
論理的な思考を閉ざし、感情を表に出し、僕は叫ぶ。
「君はもっと生きなければいけない。新しい世界を見るべきだ!」
立ち上がり、激昂する僕に、冷静な目を向ける少女。
「……ごめんなさい」
「あ、ああ。いや、解ってくれたら……」
「今までごめんなさい、おじいさま」
再び、思考が止まった。
今、なんて言った?
「……お、思い、出したのか?」
「母さんの墓をここに残したくないんでしょう?」
いつから。
いつから思い出していたのだろう。
いつから演技していたのだろう。
事故以来、僕を先生と呼んでいた孫は十年ぶりにその、研ぎ澄まされた様な目を僕に向けてきた。
「それならば、私も残ります」
「し、かし」
「思い出したんです、名前」
「……」
「華守、でしたよね。おじいさまがつけてくれた名前」
「……」
「だから、私は、ここに残り、華を守ります」
しっかりと語る華守に、僕は何も言うことができなかった。
四十人の生徒達を乗せたシャトルが、ゆっくりと煙を上げ、空へ上っていく。
後数時間で大勢の入植者がやってくるだろう。
もしかしたら彼らは、生徒達を追うかもしれない。
僕も裁かれるかもしれない。
だが。
傍らに立つ華守を抱きしめ、小さくつぶやく。
「君が華を守るなら、僕は命尽きるまで、君を守ろう」
「はい……おじいさま」
細く涙を流しながらも、華守は小さく笑顔を浮かべていた。