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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

オロシさま

掲載日:2026/06/21

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 うさぎ跳び、といっても「?」と首をかしげる人が増えているのが、昨今の状態じゃないかと個人的に思う。

 ひと昔前の人ならば、たいていがぱっと思い浮かべることができるはずだ。後ろで手を組み、深くしゃがみながらつま先立ち。その腰を落とした状態で前へぴょんぴょんと跳ねる。

 身体へかかる負荷が大きく、しんどさがべらぼうに高い割に、身体を鍛える目的ならばもっと効率のよいやり方があるという認識が、現代では主流となっているトレーニングのやり方だ。が、その辛さゆえに根性を鍛えるのには適しているとされる。


 科学の進歩によってパフォーマンスのよしあしがはかれるようになり、それによって「楽」を選べるようになったのは確かだ。

 が、楽に慣れすぎてしまうと、今度は苦しいときに粘ることができなくなり、本来なら得られていた好機や栄光をむざむざ逃しかねない。メンタルが勝敗に与える影響の大きさは、勝負に携わる人であれば語るに及ばないだろう。

 私の地元だと、うさぎ跳びはその痛み、苦しみを、戦いをつかさどる神様へ捧げる意味に近いと教えられたよ。供物としての苦痛と引き換えに、加護をいただけるよう祈る、というわけだね。

 だが、どうやら他にも意味があるんじゃないか……という要素も私の地元にはあるんだ。

 その話、ちょっと聞いてみないかい?


 人間が身一つでできる、最速の逃げ方はなんだろう?

 おそらく全速力で走ることだろうな。特に鍛えてはいない人の全力疾走は時速15~20キロくらいだとされる。それでも速度を維持できるのは数秒がせいぜいで、以降のペースダウンは避けられない。悪路であれば、さらに落ちてしまうだろう。

 けれども、速さが問題になるのは相手のスピードを脅威ととらえた場合のこと。なわばりの外にいるやつはどうでもいいが、内へ少しでも入ったものには容赦をしない……そのようにラインがはっきりしている手合いにはどのように対処すればいいか。

 その対処のひとつが、うさぎ跳びだったんだよ。


 地元でまことしやかにささやかれる階段に、「オロシさま」というものがある。

 端的にいうと狩人の一種だ。ただし、山などへ入って獣を狩る猟師とは違い、人間世界の中で獲物を狩る存在だけどね。

 彼らは目についた獲物を捕まえると、その場で「加工」して持ち帰る。おそらくはそのままの形だと持ち運びに都合が悪いから、手を加えるのだろうと。

 その際によく見られる手法が、おろし金を当ててこすったかのように、対象の組織を壊し、砕片とするやり方なのが「オロシさま」の由来とされている。

 オロシさまは目に映る存在じゃない。ただその現象の発生をもって出現を語る。だから日常の中であっても、警戒心の一片は心の隅に留めておくことが求められたんだ。


 実際、私がオロシさまに出くわしたときのことを話そう。

 あれは夏休みからの図書館帰りで、自転車を漕いでいたタイミングだった。

 図書館を出て、少し漕いだところで私はあぜ道へ入った。トラックも通れるくらいの幅があるし、地元民からしてみるとここを介して、様々な方面へ行く時間を縮められるショートカットでもあったからだ。

 ついでに田んぼに囲まれる立地上、見通しがきく。建物と建物の間から、だしぬけに飛び出してくる車や子供などの心配をしなくていい。代わりにオフロード気味だから、タイヤを傷つけかねない突起物などには一層の注意がいるけれども。

 そうやって、ぐいぐい漕いでいたところ、左前方の草むらでもぞりと動く影があった。

 猫だ。鞠のように丸くなった三毛猫。

 遠目にもでっぷり太っているのが分かり、体毛もそこかしこが縮れぎみ。相当に歳を召していると思われた。

 ぐっと、猫が頭を持ち上げてこちらを見る。私の経験上、こうしてこちらの存在を認めると、勝負するかのように目の前を横断してくるものだ。車に乗せてもらっているときも、道路端から端までを、わざわざ車が通りかかるタイミングで、ぴゃっと渡り出す。

 危なっかしいからやめてほしいんだけどね……と、つねづね考えていることが、またも頭をよぎったあたりで。


 ふと、黒板を引っかくかのごとき、不快な音が耳朶をうった。

 つい自転車を止め、耳に手をやりながらあたりを見回すも、このような音を出す源はちょっと見当たらない。物理的には。

 だが、知識的には思い当たる。この不快な音が鳴り響くのは、こちら側へ足を踏み入れてきたものが、いるためだ。

 オロシさまが、ね。


 私は自転車をすぐさま降りた。オロシさまから逃れるためには、自転車などものの役にも立たない。

 あの猫もどうやら異常な気配は察したらしいが、その対処法までは心得ていなかったようだ。首ばかりでなく身体まで起こして、あぜ道に上がるやこちらへ尻を向ける形で駆け出す。

 肥えた年寄りにしてはだいぶ速いだろうが、無駄。

 いくらか走ったあと、猫の身体からは無数の毛が舞い上がって、私の視界をいくらか遮る。

 猫の身体の両側、先ほど見た縮れ毛たちが一斉に胴体から刈り取られていったためだ。

 そのしばしの毛吹雪の向こう。ほんの一、二秒にすぎない時間であっただろうけれど、先ほどの老猫の姿はなくなっていた。

 先ほどの舞った毛と肉球の浮かぶ四本の脚の先。および、その根元側に残る血だまりをのぞいて、だ。

 脚たちの断面は、いずれもズタズタで不揃いの断面。皮も乱暴にはがれて、めくれて、四本それぞれに統一感はない。

 強い力を雑に押しつけ、片付けた。使い慣れない工具をスペック頼りに振り回し、いたずらに素材を割った……というのが私の受けた印象だ。

 そして、何よりこれが「オロシさま」のそばにいることを裏付ける証に他ならない。


 私は腰をおろし、うさぎ跳びの体勢へ。そのまま、ぴょんぴょんと前へ跳ね始めた。

 このうさぎ跳びこそ、人がオロシさまを避けることのできる唯一の方法。いかに速く走ろうと、いかにじっと止まろうと、おろされる道からは逃れられない。

 うさぎ跳びの姿勢と動きのみ、オロシさまが認識できないからという説が有力だけど、本当のところは不明。ただ効果をもって察するよりない。

 脱兎のごとく――とはいえ、本来のウサギの走る姿勢とはかけ離れているが――ウサギ跳びで距離をかせいでいく私。

 自転車ははるか後方へ置いてけぼりだし、股、膝、足はもう跳ねるたびにずきり、ずきりと痛みを発して、休暇をこちらへ要求してくる。

 それに許可を下ろせないのが、あるいは前を行き、あるいは追い越していくほかの小動物たちの姿ゆえ。

 ツバメ、カマキリ、バッタにミミズ……彼らもまた、もれなく「すりおろされて」いく。わずかな破片と体液だまりを残しながらだ。特にバッタなどはウサギ跳びに近いような動き方にもかかわらず、逃れることはできなかった。

 彼らの二の舞、三の舞になるまいとする気力が、私の身体を動かし続けていたよ。


 ややあって。

 あの黒板を引っかく音が、再び響く。背中に鳥肌が立ちそうになる音を受けながらも、私はなおもウサギ跳びを継続。音が途切れると、ようやく跳ぶのをやめる。

 すぐに立つことはできなかった。ごろりと脇の草っぱらへ寝転がったものの、もうすりおろされることはなく、しばし酷使した体を休めはじめる。

 自転車はすでにはるか後方。けれども、先駆者たちの最期の姿はそこへとどまり続けている。

 オロシさまに出会ったのは、今のところはそれが最後。また出くわすことはないといいのだけどね。

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