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触れた相手を壊す俺、義姉と義妹は最初から壊れている  作者: 翡翠


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第18話 平等という名の管理


 翌朝のリビングは、やけに整っていた。


 テーブルの上には朝食が三人分。

 椅子もきれいに引かれていて、まるで最初から“話し合い”の場として準備されていたみたいだった。


 嫌な予感しかしない。


「おはよう、お兄ちゃん」


 陽菜が明るく言う。


 その声色だけ聞けば、いつも通りだ。

 でも、その目は違う。

 何か決めた人間の目だった。


「……おはよう」


 短く返して席につく。


 少し遅れて、沙夜姉もキッチンから戻ってきた。


「ちょうどいいわね」


 そう言って、自分の席に座る。


 嫌な予感が、確信に変わる。


「昨日の続き」


 沙夜姉が言う。


「“特別扱い”の禁止ルールを整理するわ」


「本当にやるのかよ」


「やるよ?」


 陽菜が当然みたいに言う。


「だって必要だし」


「……」


 否定しきれないのが一番面倒だった。


 確かに、今の家の中には“比較”が入り始めている。

 しかも、それは凛の質問をきっかけに、一気に表面化した。


 放っておけば悪化する。


 理屈は分かる。


「内容は三つ」


 沙夜姉が指を折る。


「一つ。誰か一人だけを目で追わない」


「二つ」


 今度は陽菜が引き継ぐ。


「誰か一人だけを庇わない」


「三つ」


 沙夜姉が続ける。


「誰か一人だけに反応を強くしない」


 淡々と並べられる。


 でも、意味は重い。


「……無茶だろ」


 思わず言う。


「目で追うなって、そんなの無意識だぞ」


「だから意識するのよ」


 沙夜姉は即答した。


「無意識で偏るなら、意識で均す」


「家の中だけならできるでしょ?」


 陽菜も軽く言う。


 簡単に言うな、と思う。


「……で、どうやって確認する」


「観察よ」


 沙夜姉が答える。


「私と陽菜が見る」


「最悪だな」


「うん、でも必要」


 陽菜があっさり頷く。


 その軽さが、逆に逃げ場を消していく。


 朝食を口に運ぶ。

 味がよく分からない。


「今日から試すわ」


 沙夜姉が言う。


「今日って……今からか?」


「今からよ」


 当然みたいに返される。


「学校に行く前が一番分かりやすいもの」


 確かに、余計な外乱がない。

 家の中だけで完結する。


 だからこそ逃げ場もない。


「じゃ、最初は簡単にね」


 陽菜が笑う。


「普通に会話してるときに、どっちをどれだけ見るか」


「そんなの、分かるのかよ」


「分かるよ」


 陽菜は平然としている。


「だってお兄ちゃん、ほんと分かりやすいし」


 それを否定できないのが腹立たしい。


「始めるわよ」


 沙夜姉が言う。


「湊」


「……何だ」


「今、私と陽菜、どっちの方が気になる?」


 初手からそれか。


 直球すぎる。


「答える必要あるか?」


「あるわ」


 即答。


「答えなくても表情で分かるけど、確認したいの」


 完全に管理する側の理屈だ。


「……知らない」


 投げるように言う。


「じゃあ見て」


 陽菜が言った。


「ちゃんと、両方」


 視線が自然とそっちに向く。


 その瞬間、陽菜が少しだけ笑う。

 すぐに、沙夜姉の方を見る。

 今度は向こうが何も言わず、静かに見返してくる。


「……分かった?」


 陽菜が聞く。


「何がだ」


「今、一瞬だけ私の方が長かった」


 言われて、自覚する。


 確かにそうだったかもしれない。


「……そんなの誤差だろ」


「誤差じゃないわね」


 沙夜姉が静かに言う。


「今のは明確だったわ」


 面倒すぎる。


 でも、その“面倒”の正体は、多分図星だからだ。


「次」


 沙夜姉が言う。


「今度は逆に、私の方を長く見なさい」


「は?」


「偏りを自覚するためよ」


 意味は分かる。

 感覚の比較だ。


 言われた通り、沙夜姉を見る。

 少し長めに。

 そのまま視線を保つ。


 数秒。


 その間、向こうは一切逸らさない。


 静かで、逃げ場がない。


「……っ」


 息が少しだけ詰まる。


 陽菜とは違う。

 近づかなくても、視線だけで引っ張られる感じがある。


「今のは深いわね」


 陽菜が小さく呟く。


 その声に、少しだけ現実に引き戻される。


「分かった?」


 沙夜姉が聞く。


「……何となく」


「あなたは“見る”だけで偏るの」


 淡々とした分析。


「近さだけが問題じゃない。意識の深さも影響する」


 それは昨日の話とも繋がる。

 方向性。

 無意識の集中。


「つまり」


 陽菜が頬杖をついて言う。


「お兄ちゃんが誰か一人を深く意識した時点で、もう特別扱いなんだよね」


 その言葉が妙に刺さる。


 分かりやすい定義だからだ。


「……じゃあ、どうしろってんだ」


「均すのよ」


 沙夜姉が即答する。


「視線も、反応も、意識も」


「そんな機械みたいなことできるか」


「できるようにするの」


 やっぱり、その答えになる。


「じゃあ次は“庇う”ね」


 陽菜がにこりと笑う。


「私と沙夜姉が、ちょっとだけ言い合いするから」


「は?」


「その時に、お兄ちゃんがどっちの肩を持つか見るの」


「やる必要あるか、それ」


「あるわ」


 沙夜姉が言う。


「庇うって、一番分かりやすい特別扱いだから」


 言い返せない。

 確かにそうだ。


「じゃあ始めるよ」


 陽菜がすぐに切り替える。


「沙夜姉ってさ、昨日ちょっと偉そうだったよね」


 わざとらしいほど軽い入り方だった。


「そうかしら」


 沙夜姉もすぐに乗る。


「必要なことを言っただけよ」


「でもお兄ちゃんに対して、管理とか強制とか、言い方きついじゃん」


「あなたに言われたくないわね」


 空気が変わる。


 演技だと分かっていても、十分に変わる。


「……」


 どっちもこっちを見る。


 来た。

 ここでどう反応するか。


「どっちが正しいと思う?」


 陽菜が聞く。


「……正しいとかじゃないだろ」


 即座に逃がす。


「二人とも必要なこと言ってるだけだ」


「ふーん」


 陽菜が目を細める。


「逃げた」


「逃げてない」


「でも選ばなかった」


 そこが重要だったらしい。


「いい判断ね」


 沙夜姉が小さく言う。


「少なくとも、片方を庇う形にはしなかった」


 それでいいのかと少し拍子抜けする。


 でも、多分それでいい。


 今必要なのは“選ばないこと”だ。


「最後」


 沙夜姉が言う。


「反応の強さ」


 これが一番厄介だと思った。


「どう測るんだよ」


「簡単」


 陽菜が立ち上がる。


「私と沙夜姉が、同じことする」


 嫌な予感しかしない。


「同じこと?」


「名前呼ぶだけ」


 そう言って、陽菜が一歩下がる。

 沙夜姉も同じだけ距離を取る。


「順番に呼ぶから、そのときの反応を見る」


 そんなので分かるのか、と思ったけど、多分分かるんだろう。


「じゃあ私から」


 陽菜が言う。


「お兄ちゃん」


 柔らかい声。

 いつもの呼び方。

 振り向くような感覚で、意識がそっちへ向く。


「次」


 沙夜姉の声。


「湊」


 短い。

 静か。

 でも、一気に深いところに落ちる感じがする。


 ――駄目だな。


 自分でも分かる。


「今の、全然違った」


 陽菜が小さく言った。


 笑ってはいない。


「ええ」


 沙夜姉も頷く。


「陽菜には反射で、私には深く反応する」


 分析が的確すぎる。


「……最悪だ」


「最悪じゃないわ」


 沙夜姉は静かだった。


「見えたこと自体は前進よ」


 なるほど。

 問題が明確になれば、対処できる。


 そういう考え方か。


「で、どう直すの?」


 陽菜が聞く。


「名前に引かれないようにする」


 さらっと無茶を言う。


「呼ばれた瞬間に、相手じゃなく自分を戻すの」


「できるかよ……」


「やるの」


 そこは一貫していた。


 その時、玄関のチャイムが鳴った。


 三人とも一瞬止まる。


 こんな朝に誰だ、と考える間もなく、陽菜がスマホを見る。


「……学校の連絡網?」


 画面を見て、首をかしげる。


「違う」


 沙夜姉が立ち上がる。


「インターホン」


 リビングのモニターをつける。

 映った顔を見た瞬間、心臓が跳ねた。


「……は?」


 画面の向こう。


 門の前に立っていたのは――


 一ノ瀬凛だった。


 制服姿。

 鞄を肩にかけて、当然みたいな顔をしている。


「おはよう、朝比奈」


 スピーカー越しの声が響く。


「迎えに来た」


 リビングの空気が、一気に張り詰めた。

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