第三章
【1】
その日の午後は、穏やかに始まった。
――始まった、はずだった。
庭の東屋に用意された卓には、薄く切られた果実と焼き菓子が並んでいる。
嵐のあとの湿気を避けるため、菓子は温め直してあった。
カストルは椅子に深く腰掛け、足をぶらぶらさせている。
その斜め後ろに、いつものようにヴィルギニスが立っていた。
「これ、昨日より甘くない」
ひと口かじった途端、カストルの眉がぴくりと動く。
料理人が一瞬固まる。
「い、いえ、同じ配合で……」
「違う」
即断。
声が一段高くなる。
「昨日はもっと甘かった」
ヴィルギニスは静かに一歩前へ出る。
「干し果実の種類が違うのかもしれません」
料理人が慌てて頷く。
「そ、そうでございます、殿下。本日は酸味の強いものを――」
「なぜ変える!」
ぱん、と卓を叩く。
皿が跳ね、焼き菓子がひとつ転がり落ちる。
庭の空気が凍る。
カストルの頬が赤い。
「昨日と同じにしろと言ったはずだ!」
言っていない。
だが今はそれが事実になる。
ヴィルギニスは即座に膝をついた。
「申し訳ございません」
自分の責ではないとわかっていても、先に謝る。
それがいつもの流れだ。
カストルは立ち上がる。
椅子が倒れ、音を立てる。
「もういらない!」
皿を払い落とそうと腕を振り上げ――
ぴたり、と止まる。
視線の先にあるのは、割れやすい陶器。
昨日、商人の前で割った杯の破片が一瞬脳裏をよぎる。
あのときの、周囲の沈黙。
ポルックスの困った顔。
だが、止まりきらない。
苛立ちは行き場を求める。
代わりに、卓上の布を引いた。
果実がいくつか床に転がる。
「兄上」
静かな声がかかる。
振り向くと、ポルックスが立っていた。
いつの間にか来ていたらしい。
「菓子が悪いのではないでしょう」
穏やかな声音。
それが、さらに火に油を注ぐ。
「お前はいつもそうだ!」
カストルの声が裏返る。
「俺が悪いみたいに言う!」
「言っていません」
「言っている!」
呼吸が荒くなる。
喉がひゅ、と鳴る。
咳が混じる。
ヴィルギニスは静かに立ち上がり、杯を差し出した。
「お水を」
カストルはそれを睨む。
「冷たいんだろう」
「常温です」
短い返答。
数秒の沈黙。
やがて、ひったくるように杯を取る。
ひと口飲む。
確かに冷たくはない。
「……まずくはない」
ぼそりと。
だが怒りは完全には消えない。
視線がヴィルギニスへ向く。
「お前、昨日勝手に杭を打たせたな」
唐突な話題転換。
ヴィルギニスは一瞬だけ目を伏せる。
「はい」
「生意気だ」
言葉は鋭いが、どこか揺れている。
「俺が命じる前に動くな」
強い口調。
命令。
ヴィルギニスは頭を下げる。
「かしこまりました」
だがその素直さが、逆に胸をざらつかせる。
従順すぎる。
何を言っても、まずは受け止める。
「……違う」
カストルが呟く。
自分でも何が違うのかわからない。
ただ、胸が落ち着かない。
果実が足元に転がっている。
しゃがみ込み、ひとつ拾う。
手が少し震えている。
「俺は」
声が小さくなる。
「怒鳴りたいわけじゃない」
誰に向けた言葉でもない。
ヴィルギニスは答えない。
ただ、拾われなかった果実を静かに集める。
布で拭く。
無駄な音を立てない。
その姿に、また少し苛立つ。
「お前は平気なのか」
問い。
「何がでしょう」
「怒鳴られて」
間が空く。
ほんの一瞬。
「……慣れております」
その言葉が、思いのほか刺さる。
カストルは立ち上がる。
「慣れるな!」
思わず叫ぶ。
近くの小さな花瓶に手が当たり、傾く。
落ちる――ヴィルギニスが素早く受け止めた。
水が少し零れる。
だが割れない。
静寂。
カストルの肩が上下している。
咳が混じる。
ポルックスがそっと背に手を置く。
「兄上」
数秒後。
カストルは小さく舌打ちし、椅子に座り直した。
「……片付けろ」
いつもの命令口調。
ヴィルギニスは頷く。
「はい」
だがその返事は、どこか柔らかい。
癇癪は、完全には消えない。
小さな火種は、いつでも燻っている。
甘さが違えば怒り、視線が違えば苛立つ。
割り、叩き、叫ぶ。
それでも今日は、花瓶は割れなかった。
卓もひっくり返らなかった。
それは成長か、それとも偶然か。
誰にもわからない。
ただ一つ確かなのは――
カストルは癇癪持ちである、ということ。
そしてその隣には、いつも静かに受け止めるヴィルギニスがいる、ということだった。
【2】
控え部屋の片隅で、下級使用人たちは小声でささやいていた。
「また怒ったんだって」
「今日は割れなかったらしいよ」
「でも、あの声……心臓がびくってする」
湯気の立つ茶を両手で包みながら、若い侍女が肩をすくめる。
「ねえ、最近さ。あの青い髪の人、すごく前に出るよね」
「ああ、ヴィルギニス様?」
名前を出すと、なんとなく皆が周囲を見回す。
「止めてるよね、いつも」
「うん。殿下がばーんってなりそうなとき、すっと入る」
「爆発の前に、ふたをするみたいに?」
小さな笑いが漏れるが、あることを思い出してすぐ消える。
新人の料理見習いが大鍋でパンケーキを作ろうと火の掛かった鍋に小麦粉を入れようとした事件は使用人達の間ではちょっとした話題だった。
「……シャム殿下が来てから、余計に目立つ気がする」
「外から来た王子様だものね」
「なんか、じっと見てるよね。全部」
その“じっと”が、少し怖い。
けれど同時に、冷たい水のようでもある。
その頃、廊下の影にシャムは立っていた。
聞くつもりはなかったけれど、耳に入った。
1人の空間では私的な時間として皆が自由に喋ったり考えたりしている。
――爆発の前に、ふたをする。
(ふた、か)
シャムは自分の手を見つめる。
小さな手だ。
(ぼくは、ふたじゃない)
(ぼくは、見てるだけ)
怒鳴り声を聞くと、胸がきゅっとなる。
怖い、というより。
(どうして、そんなに怒るの?)
十歳の頭では、怒りはまだ単純だ。
お腹がすいたとか、眠いとか、嫌なことを言われたとか。
けれどカストルの怒りは、もっとぐちゃぐちゃしている。
(あれは、迷子みたいだ)
怒りが迷子になって、あちこちぶつかっている。
そんなふうに見える。
庭ではポルックスが剣を振っていた。
ひゅん、と風を切る音。
(ちゃんとやらなきゃ)
頭の中で声がする。
(兄上を支えるのは、僕だ)
でも。
(最近、違う)
ヴィルギニスが先に動く。
兄が怒る前に、水を出す。
割れる前に受け止める。
(ぼくの役目、なくなっちゃう?)
胸の奥が、ちくっとする。
(やだな、それ)
正直な気持ち。
でもすぐに、別の声が出てくる。
(ちがう、なくなってない)
(ぼくは、となりにいる)
(あいつは、前にいるだけ)
前と横は、ちがう。
横にいるのは、自分だ。
(……べつに、いいし)
ちくっとした気持ちは、ぎゅっと丸めて、心のすみっこに押し込む。
見ないふりをする。
十歳のやり方だ。
一方、東屋ではカストルが椅子に座っていた。
まだ胸がどきどきしている。
(また、やった)
頭の中で声がする。
(だって、ちがったんだ)
(昨日と、味がちがった)
でも本当は。
(ほんとに怒りたかったの?)
わからない。
怒鳴ると、すっきりすることもある。
でも今日は、なんだか変だ。
(なんで、止めるんだ)
ヴィルギニスを見る。
花瓶を戻している。
静かだ。
(こわれたって、いいのに)
一瞬、そんな考えがよぎる。
壊れたら、自分のせいだとはっきりする。
怒ったって、形になる。
でも、割れなかった。
(……なんで、受け止めるんだよ)
助けられた、みたいで。
守られた、みたいで。
それが、むずがゆい。
「お前」
声をかける。
「はい」
いつもと同じ声。
(なんで、平気なんだ)
怒鳴られても、怒らない。
叩いても、にらまない。
(おれだけ、わるいみたいじゃん)
そんな子供じみた理屈が、胸にある。
「……別に」
結局、それしか言えない。
ヴィルギニスは小さくうなずく。
(わかってる、みたいな顔するな)
でも同時に。
(いなくなったら、やだ)
その思いも、ちゃんとある。
遠くでシャムがこちらを見ている。
(あいつ、なに考えてるんだろ)
ポルックスは剣を振り続けている。
(むずかしい)
シャムは思う。
ポルックスも思う。
そしてカストルも。
(なんで、こんなにぐちゃぐちゃするんだろ)
十歳の心は、まだ小さい。
けれど、その中では嵐がちゃんと吹いている。
怒りも、嫉妬も、不安も。
言葉にできないまま、胸の中でぶつかっている。
それでも彼らは、明日も同じ庭に立つ。
横に並び、前に立ち、少し離れて見つめる。
まだ子供のまま。
うまく隠せない感情を抱えたまま。
【3】
夜の帳が下りる頃、城の灯りはひとつずつ星のように瞬きはじめる。昼間のざわめきは石壁の奥に吸い込まれ、代わりに静けさが廊下を満たしていく。
だが、静けさとは往々にして、嵐の前触れでもある。
その夜、王子たちは珍しく五人そろって小広間に集められていた。
名目は“兄弟の親睦”
実際には、最近目立つ不協和音を、ささやかな灯りの下で整えようと配慮されている。
長卓の中央に置かれた燭台が、ゆらりと揺れる。
カストルは椅子に深く座り、指で卓をとんとんと叩いている。規則正しく、しかしどこか苛立ちを含んだ音だ。隣にポルックス。向かいにシャム。
そして少し離れて、他の兄弟。壁際にはヴィルギニスが控える。
「今日は静かだね」
誰かが言う。軽い冗談のつもりだったのだろう。
カストルの指が止まる。
「悪いか」
短い声。
「いや、そういう意味じゃ……」
空気がぴんと張る。
ポルックスがすぐに口を開く。
「兄上、誰も責めてはいません。ただ――」
「ただ、なんだ」
視線が鋭くなる。
ポルックスは一瞬だけ言葉に詰まる。ほんのわずかな逡巡。それをカストルは見逃さない。
「ほら、言えないじゃないか」
椅子がぎし、と鳴る。
胸の奥で、あの熱がまた動き出す。理屈ではない。誰かの目、誰かの沈黙、それだけで火種は息を吹き返す。
シャムがじっと見ている。
その視線が、なぜか腹立たしい。
「何だよ」
「見てるだけ」
シャムは淡々と答える。
それがまた、刺激になる。
「見世物か、俺は」
声が上ずる。指先が白くなるほど卓を握りしめる。
その瞬間、椅子が後ろに倒れかけた。
だが、音は響かなかった。
ヴィルギニスが背後から静かに支えたからだ。
大きな動きではない。ほんのわずかに椅子の脚を押さえただけ。それでも十分だった。
カストルの怒りは、行き場を失う。
壊れるはずの音が、鳴らない。
割れるはずの空気が、裂けない。
「……放せ」
低い声。
「触れておりません」
確かに、もう手は離れている。
けれど“止められた”という感覚は残る。
カストルの呼吸が荒い。
部屋の誰もが息を潜める。
そのとき、上座の扉が開いた。
現王が姿を現す。
金の髪に、赤茶の瞳。亡き兄王の影を背負いながら即位した王弟。その視線は鋭くもあり、どこか疲れを含んでいる。
「賑やかだな」
低く落ち着いた声。
王子たちは一斉に立ち上がる。
カストルの胸の鼓動が、どくりと跳ねる。
父ではない。伯父だ。だが王だ。
「座れ」
王は短く告げる。
再び椅子に腰を下ろす音が重なる。
王の目が順に王子たちを見渡す。そして、最後にカストルで止まる。
「城の中は、鏡だ」
唐突な言葉。
「ひとりが荒れれば、皆が揺れる」
静かな声だが、重い。
カストルの喉がひくりと鳴る。
怒鳴り返すことはできない。だが、素直にうなずくこともできない。
「……俺は」
何かを言おうとして、言葉が崩れる。
王はそれ以上責めない。
代わりに、壁際へ視線を向ける。
「よく支えているな」
ヴィルギニスに向けた言葉だった。
部屋の空気が、わずかに動く。
ポルックスの指が、卓の下でぎゅっと握られる。
シャムの目が細まる。
カストルは一瞬、何を言われたのかわからない。
――支える?
誰が、誰を。
胸の奥がちり、と焼ける。
「違う」
思わず口に出る。
王が視線を戻す。
「何が違う」
問いは静かだ。
カストルは唇を噛む。
自分でもわからない。ただ、何かが違う。
守られているわけじゃない。支えられているわけでもない。そう思いたい。
けれど実際は、何度も止められている。
壊れないように。
割れないように。
自分の怒りが、形にならないように。
それは救いか、それとも檻か。
十歳の心では、まだ整理がつかない。
沈黙が落ちる。
やがて王は小さく息をつき、言った。
「強さとは、声の大きさではない」
その一言だけを残し、王は去る。
扉が閉まる音が、妙に遠い。
部屋には再び王子たちだけが残された。
カストルは椅子に座ったまま、動かない。
ポルックスが横目で見る。声をかけようとするが、飲み込む。
シャムは燭台の火を見つめている。
炎は揺れるが、消えない。
ヴィルギニスは、いつものように一歩下がった位置に立っている。
何も言わない。
ただ、そこにいる。
カストルはゆっくりと息を吐く。
怒鳴りたい衝動は、まだ奥に残っている。
けれど今は、爆ぜない。
王の言葉が胸に引っかかっているからか。
それとも、誰かの手がそっと椅子を支えた感触が、まだ残っているからか。
「……戻る」
短く告げる。
立ち上がる足取りは、昼間よりわずかに重い。
本筋は動き始めている。
五人の王子。
揺れる均衡。
王の視線。
城は鏡だという言葉の意味が、これから少しずつ形を持つだろう。
怒りは消えない。
嫉妬も、不安も、消えない。
だが、それらをどう扱うかで、未来は変わる。
カストルはまだ知らない。
自分の癇癪が、ただの子供の衝動ではなく、やがて王座を巡る大きな波紋の一端になることを。
ポルックスも、シャムも。
そして静かに支えるヴィルギニスもまた。
それぞれの立場で、同じ嵐の中心へと近づいていることを。
燭台の火が、ひときわ大きく揺れた。
【4】
王の言葉は、夜の最中、城のどこかに残っていた。
――強さとは、声の大きさではない。
その一文が、石壁の隙間に沁み込む水のように、静かに広がっていく。
翌朝、王子たちはそれぞれの課業へと散った。
カストルは書庫に呼ばれていた。古い年代記を写し取るという退屈な務めだ。十歳の少年にとって、文字の列は眠気を誘う鎖に等しい。
紙の上で筆が止まる。
苛立ちが、胸の奥で小さく芽吹く。
(強さって、なんだ)
昨日の言葉が頭を離れない。
声を荒げれば、皆が従う。それは確かだ。
けれど、それが“強さ”ではないのなら――
筆先がにじむ。
「……ちがう」
思わず呟く。
背後で、気配が動いた。
ヴィルギニスだ。
書架の整理をしているふりをして、常に視界の端にいる。
それが、今はやけに目につく。
「お前」
声をかける。
「はい」
「昨日のこと、どう思った」
唐突な問い。
ヴィルギニスは少しだけ考える間を置いた。
「王の仰せは、正しいかと」
その“正しい”が、癇に障る。
「俺が間違ってるってことか」
声がわずかに上がる。
「そうは申しません」
穏やかな返答。
だがその落ち着きが、火種を刺激する。
カストルは立ち上がる。
椅子が床を擦る。
「いつもそうだ。お前は、何も言わない」
叫ぶほどではないが、強い声。
「俺が怒っても、怒られても、平気な顔をしている」
ヴィルギニスは目を伏せる。
「平気ではありません」
その一言に、カストルの動きが止まる。
「……どういう意味だ」
「殿下が傷つくのを見るのは、心苦しく存じます」
傷つく。
その言葉は、予想外だった。
「俺は、傷ついてなんか――」
否定しかけて、言葉が途切れる。
昨日、王の前で言葉に詰まった自分。
あれは、何だったのか。
胸の奥が、ざわつく。
怒りではない。
もっと曖昧な、熱のようなもの。
そのころ、庭ではポルックスとシャムが向き合っていた。
剣の稽古ではない。
ただ、石段に並んで座っている。
「兄上、昨日は静かだったね」
シャムが言う。
「……ああ」
ポルックスは空を見上げる。
雲は薄い。
「ヴィルギニスが止めたから?」
無邪気な問い。
ポルックスは少し考える。
「兄上は、自分で止まった」
そう言い切る。
それは願いでもあった。
「でも、あの人がいると、安心するよね」
シャムは素直だ。
その言葉に、ポルックスの胸がわずかに疼く。
安心。
本来、自分が与えるべきものではないか。
「……役目は、ひとつじゃない」
小さく呟く。
自分に言い聞かせるように。
シャムは首を傾げる。
「ぼくは、まだよくわからない」
その率直さに、ポルックスは少し笑う。
「わからなくていい」
「どうして?」
「俺たちは、まだ十歳だから」
言葉にしてみると、不思議と肩の力が抜ける。
一方、書庫では空気が重くなっていた。
カストルは再び椅子に座る。
だが筆は進まない。
「傷つくって、どういうことだ」
ヴィルギニスは静かに答える。
「怒りは、刃に似ております」
「刃?」
「振るえば、相手も自分も切れる」
わかりやすい例えだった。
十歳の耳にも届く。
カストルは自分の手を見る。
小さな手だ。
剣を握るには、まだ少し頼りない。
「……俺は、そんなに切ってるか」
「時に」
正直な答え。
だが非難ではない。
沈黙。
怒鳴ることもできた。
否定することもできた。
だが今は、できない。
胸の奥で、何かが形を変えようとしている。
「じゃあ、どうすればいい」
問いは、子供のものだった。
ヴィルギニスはわずかに驚いたように目を上げる。
そして、ゆっくりと答える。
「まず、振り上げた手を止めることかと」
簡単なようで、難しい。
カストルは深く息を吸う。
吐く。
怒りは消えない。
けれど、振り上げる前に止める。
昨日、椅子が倒れなかったように。
書庫の窓から、庭が見える。
ポルックスとシャムの姿が、小さく映る。
(あいつら……何話してるんだ)
わずかな嫉妬が、また芽を出す。
けれど今度は、すぐに爆ぜない。
「……戻れ」
ヴィルギニスに言う。
「はい」
静かな足音が遠ざかる。
ひとりになった書庫で、カストルは筆を握り直す。
強さとは何か。
まだ答えはない。
だが、少なくともひとつだけ。
壊さなかった昨日と、怒鳴らなかった今。
それは、ほんのわずかな変化だ。
城は鏡だ。
もし自分が変われば、映る景色も変わるのか。
十歳の王子は、初めてその問いを胸に抱く。
外では風が吹き、旗がはためく。
嵐ではない。
だが、気流は確かに動いている。
五人の王子。
それぞれの役目。
揺れる均衡。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
もし「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけたら、下のボタンから評価(★★★★★)やブックマーク、感想をいただけると励みになります!




