表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ファタリテクロンヌ――星の下に輝く者――  作者: 常居嗣子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/35

第十一章

【1】


 穀倉の夜から二日後、雨はようやく弱まっていた。だが空はまだ低く、王都の上には灰色の雲が垂れ込めている。城壁の外では泥に沈んだ畑が広がり、芽の出ない麦畑はただの黒い土の海のようだった。風が吹くたび、湿った土の匂いが城まで届く。


 王城の執務室では、灯りが昼でも落とされなかった。


 長い机の上に広げられた地図には、赤い印がいくつも打たれている。穀倉、川、港、そしてアクルックスから来る輸送路。王は椅子に腰を下ろし、その地図を静かに見つめていた。


 現王は金の髪を持つ男だった。

 だがその髪にはすでに白が混じり始めている。


 彼の前に、報告が並んでいた。


 穀倉の事件。


 盗人。


 そして――


 第二王子カストルの裁定。


 扉の外で兵が告げる。


「第二王子殿下をお連れしました」


 王は短く言う。


「入れ」


 扉が開く。


 カストルは一人で入ってきた。

 薄桃色の髪は整えられているが、顔色はまだ青い。穀倉の夜から体調は優れない。それでも背筋は伸びている。


 王は息子を見る。


 そして言った。


「座れ」


 カストルは座らない。


「立ったままで」


 王は小さく頷いた。


 沈黙が落ちる。


 外では雨がまだ城壁を叩いている。


 やがて王が口を開いた。


「穀倉の盗人」


 カストルは答える。


「はい」


「お前が裁いた」


「はい」


 王の指が机を叩く。

 小さな音だった。


「なぜ」


 その問いは短い。


 カストルは迷わなかった。


「飢えていたからです」


 王は目を細める。


「だから許した?」


 カストルは首を振る。


「許してはいません」


 王は黙る。


 カストルは続ける。


「働かせました」


 王の視線が動く。


「盗人を穀倉の番人にした」


「はい」


 沈黙。


 長い沈黙だった。


 やがて王は言う。


「愚かだ」


 カストルの瞳が揺れる。


 だが言葉は出さない。


 王は続ける。


「盗人を穀倉に置くとは」


 その声は怒りではない。


 冷たい判断だった。


「穀倉は国の腹だ」


 カストルは答える。


「はい」


「そこに盗人を置いた」


「はい」


 王は息を吐く。


 それからゆっくり言う。


「もし盗まれたら」


 カストルは答えた。


「斬れと言いました」


 王は顔を上げる。


 赤茶の瞳が、息子を見る。


「斬れると思うか」


 その問いに、カストルは少しだけ言葉を探した。


 そして言う。


「兵が」


 王は首を振る。


「お前だ」


 その言葉は重かった。


 カストルは黙る。


 王は言う。


「王の裁きとは」


 ゆっくり言葉を選ぶ。


「責任を背負うことだ」


 カストルはその言葉を受け止める。


 逃げない。


 王は言った。


「盗人が麦を盗めば」


 指が机を叩く。


「責任はお前に来る」


「はい」


「穀倉が空になれば」


「はい」


「民が飢えれば」


 カストルは小さく息を吸った。


「……はい」


 王はそれを見ていた。


 そして静かに言う。


「覚えておけ」


 その声は低い。


「王は慈悲では国を守れない」


 その言葉は、部屋の中に重く落ちた。


 そのとき、扉の外で声がした。


「陛下」


 王は言う。


「入れ」


 入ってきたのは、青い外套を着た男だった。

 外交官だ。


 男は膝をつく。


「アクルックスからの船が到着しました」


 王の視線が動く。


「麦か」


「はい」


 男は続ける。


「ですが」


 一瞬、言葉を止める。


「条件があります」


 王の眉がわずかに動く。


「言え」


 男は言う。


「アクルックス王は」


 そして続けた。


「亡命王女の子の動向を知りたいと」


 部屋の空気が変わる。


 カストルが顔を上げる。


 王はゆっくり言う。


「ヴィルギニスか」


 外交官は頷いた。


「はい」


 その名は静かに落ちた。


 亡国の王女の子。


 隣国の血。


 そして今、王都の第四王子。


 王はしばらく黙っていた。


 窓の外では雨が降っている。


 その雨を見ながら、王は言う。


「なるほど」


 低く、静かに。


「盤面を見ているな」


 外交官は答えない。


 王はゆっくり椅子に背を預ける。


 そして言った。


「龍星逐鹿は」


 小さく笑う。


「国外でも始まっているらしい」


 そのころ城下では、シャムがまた炊き出しの列に来ていた。


 護衛の兵が少し離れて立っている。


 ルカが彼を見つけて手を振る。


「おい!」


 シャムは笑う。


「今日も並んでるの?」


 ルカは肩をすくめる。


「王子もだろ」


 シャムは頷いた。


 二人は列の最後に立つ。


 遠くで穀倉の屋根が見える。


 そこに、腹を刺された男――イェンが立っていることを、シャムはまだ知らなかった。


 そして王城では、王が静かに呟いていた。


「そろそろ」


 その声は小さい。


【2】


 王城の執務室を出たカストルは、しばらく廊下を歩いていた。


 長い石の廊下は昼でも暗く、壁に掛けられた燭台の火が静かに揺れている。窓の外ではまだ雨が降っていた。先ほどより弱くなったとはいえ、止む気配はない。石壁を伝う水の筋が、ゆっくりと下へ落ちている。


 カストルは窓の前で足を止めた。


 王の言葉が、胸に残っている。


 ――王は慈悲では国を守れない。


 その声は低く、静かだった。怒鳴りつけるようなものではない。ただ、重い現実を置くような声音だった。


 カストルは自分の手を見る。


 小さな手だ。


 拳を握る。


 そのとき、後ろから足音が聞こえた。


「兄上」


 振り向くと、ポルックスが立っていた。


 双子の弟。

 同じ薄桃色の髪と赤い瞳。だがポルックスの目はいつも冷静で、物事を少し引いた位置から見ている。


 ポルックスは歩み寄る。


「陛下と話していたんですね」


 カストルは頷く。


「聞いていたのか」


「廊下の向こうにいました」


 ポルックスはわずかに笑う。


「怒られましたか」


 カストルは首を振った。


「愚かだと言われた」


 ポルックスは肩をすくめる。


「それは、よくある評価です」


 カストルは小さく息を吐いた。


 窓の外を見る。


 遠くに穀倉の屋根が見える。


 あの屋根の下に、イェンが立っている。

 腹を刺された盗人。今は穀倉の番人。


 カストルは言った。


「間違っていたか」


 ポルックスはすぐには答えなかった。


 しばらく窓の外を見てから言う。


「陛下は王です」


 カストルは黙る。


 ポルックスは続ける。


「王は国を見る」


 そして少しだけ声を柔らげる。


「兄上は、人を見た」


 カストルは弟を見る。


 ポルックスの表情は穏やかだった。


「違うだけです」


 カストルはまた窓を見る。


 遠くの穀倉。


 そこには今、盗人が立っている。


 番人として。


 そのとき、遠くで鐘が鳴った。


 港の鐘だ。


 低い音が、湿った空気を震わせて城まで届く。


 ポルックスが言う。


「船ですね」


 カストルも港を見る。


 雨の向こうに、黒い船影がいくつも見える。


 アクルックスの船。


 麦を積んだ船だ。


 この国の腹を支える船。


 カストルは静かに言う。


「借りている」


 ポルックスは頷く。


「そうですね」


 その言葉は短い。


 だが重い。


 王都は今、隣国の麦で生きている。


 ポルックスは言った。


「陛下は、あの船のことを考えています」


 カストルは頷く。


「アクルックス」


 その名は静かに落ちる。


 ヴィルギニスの母の国。


 そして今の王朝は、その王家を倒して建てられた国だ。


 ポルックスは静かに言う。


「ヴィルギニス兄上のことも」


 カストルは窓から目を離した。


 廊下の奥を見る。


 遠くの塔。


 そこに、青みがかった髪の少年が立っている。


 ヴィルギニスだった。


 彼は港の方を見ている。


 微動だにせず。


 その背中は、どこか孤独だった。


 カストルは小さく言う。


「……あいつは」


 ポルックスが続ける。


「アクルックスの血」


 カストルは頷く。


 二人はしばらく黙って塔を見る。


 ヴィルギニスは動かない。


 港の船を見ている。


 それは母の国の船。


 だが同時に、母の王家を滅ぼした国の船でもある。


 そのころ城下では、炊き出しの列がまた伸びていた。


 雨上がりの泥の上に、長い列ができている。


 その列の最後に、シャムが立っていた。


【3】


 炊き出しの鍋から立ち上る湯気は、雨上がりの空気の中で白く広がっていた。


 王都の通りはまだ泥に沈んでいる。石畳の隙間には水が残り、人が歩くたびに小さく跳ねる。濡れた布を干す縄が家々の間に張られ、そこを通る風が湿った匂いを運んでいた。


 その匂いは、空腹を思い出させる匂いだった。


 炊き出しの列は今日も長い。

 大人も子どもも、声を出さずに並んでいる。


 並ぶという行為は不思議なものだ。

 腹が減っていても、人は静かになる。


 鍋の前では兵が順番に粥を配っている。

 木の椀に、薄い粥。


 麦は少ない。

 水が多い。


 それでも、温かい。


 その列の少し離れた場所に、シャムは立っていた。


 護衛の兵が後ろにいる。王子である以上、列に紛れることはできない。民の食事を奪うわけにもいかない。だからシャムは、列の端から様子を見ているだけだった。


 その隣にルカがいた。


 ルカは列の中に立っている。


「今日は遅いな」


 ルカが言う。


 シャムは鍋を見て答える。


「人が多い」


 ルカは肩をすくめた。


「麦が来たって聞いたのに」


 シャムは言う。


「来た」


「じゃあなんで増えない」


 シャムは少し黙った。


 城では理由を知っている。

 麦はすぐに配られない。穀倉に入れられ、量が測られ、兵糧や備蓄が計算される。炊き出しに回るのは、その後だ。


 けれどそれを説明しても、ここに並ぶ人間には意味がない。


 だからシャムは言わなかった。


 ルカは前の人の背中を見ながら言う。


「噂知ってる?」


 シャムは首を傾げる。


「なに」


 ルカは声を少し落とした。


「盗人」


 シャムは瞬きをする。


「穀倉の」


 ルカは頷く。


「番人になったやつ」


 シャムは小さく言う。


「イェン」


 ルカが目を丸くする。


「名前知ってんの?」


 シャムは頷く。


 ルカは笑う。


「お前ほんと変だな」


 そして少し真面目な顔になる。


「でもさ」


 声をさらに小さくする。


「街じゃ違う噂もある」


 シャムはルカを見る。


 ルカは言う。


「王子が盗人を許した」


 シャムは黙る。


 ルカは続ける。


「それで」


 顎で城の方向を指す。


「あの城の連中が怒ってる」


 シャムは眉を寄せた。


「怒る?」


 ルカは頷く。


「そりゃそうだろ」


 少し笑う。


「麦は金だから」


 シャムは答えない。


 ただ穀倉の屋根の方を見る。


 あの屋根の下にイェンがいる。


 腹を刺された盗人。

 そして今は麦を守る番人。


 そのとき、鍋の前で声が上がった。


「次!」


 列が少し進む。


 ルカも前へ動く。


 シャムはその場に立ったままだ。


 兵が粥を椀に入れる。

 湯気が上がる。


 ルカが言う。


「なあ」


 シャムは顔を向ける。


「なに」


 ルカは椀を見ながら言う。


「王子って」


 少し考える。


「王になるのか」


 シャムは少し考えた。


 自分の頭に浮かぶ顔は四つ。


 アルケス。

 カストル。

 ポルックス。

 ヴィルギニス。


 その誰か。


 あるいは――


 分からない。


 シャムは言う。


「龍が決める」


 ルカが笑う。


「なんだそれ」


 シャムは肩をすくめる。


「龍星逐鹿」


 ルカは粥をすすりながら言う。


「じゃあ龍ってやつは」


 城を見る。


「腹減らないんだろうな」


 シャムは少しだけ笑った。


 だが答えない。


 ただ炊き出しの鍋を見つめる。


 並んでいる人々。


 湯気。


 薄い粥。


 花街で育ったころの記憶が、ふと胸の奥に浮かぶ。


 あの頃は、並ぶことすらできなかった。


 今は違う。


 王城で食事が出る。

 温かいパンも肉もある。


 だからこそ、ここに立っている。


 食べるためではなく、見るために。


 この国がどうなっているのかを。


 その頃、穀倉ではイェンが槍を持って立っていた。


 腹の傷はまだ痛む。

 それでも扉の横に立っている。


 穀倉の前に、影が一つ近づいた。


 痩せた男だった。


 イェンは槍を少し上げる。


 男は言う。


「……麦」


 イェンは首を振る。


「だめだ」


 男は少し黙った。


 それから言う。


「そうだよな」


 そして去っていく。


 イェンはその背中を見送った。


 そして小さく呟く。


「腹は減るよな」


 穀倉の中には、まだ麦がある。


 だが足りない。


 その事実は、王城にも、城下にも、同じように重く落ちていた。


 そしてこの飢えは、やがて王家そのものを揺らすことになる。


【4】


 城の塔の窓辺に立つヴィルギニスは、長いあいだ港を見ていた。


 雨はほとんど止んでいる。だが空はまだ低く、雲は重い灰色をしていた。遠くの海は鉛のように暗く、その上にアクルックスの船がいくつも浮かんでいる。


 帆は半ば降ろされ、甲板では荷が降ろされていた。


 麦袋だ。


 港には兵と荷運びが並び、馬車が行き来している。麦はすぐに穀倉へ運ばれる。


 ヴィルギニスはそれを黙って見ていた。


 母の国の船。


 だが正確には違う。


 母の国はもうない。


 アクルックスの前王朝は、内戦で滅びた。

 王宮は焼かれ、王族は殺された。


 その生き残りの一人が、ヴィルギニスの母だった。


 王女。


 亡命者。


 そして先代王の第二妃。


 ヴィルギニスはゆっくり瞬きをする。


 港で荷を降ろしている船の旗を見る。


 今のアクルックスの紋章。


 母の紋章ではない。


 そのとき、後ろで足音がした。


 振り向くとアルケスが立っていた。


 翡翠の髪が窓の光を受けて、少しだけ明るく見える。


 アルケスは塔の中へ入ってきて、同じように港を見る。


「船が多い」


 ヴィルギニスは答える。


「今年は特に」


 アルケスはしばらく黙っていた。


 港の麦袋を見る。


 そして言う。


「借りている」


 ヴィルギニスは小さく頷く。


「そう」


 アルケスは少しだけ言葉を探した。


「母上の国の船だな」


 ヴィルギニスは微かに笑った。


 その笑いには温度がない。


「違う」


 静かに言う。


「母の国はもうない」


 風が吹く。


 港の旗が揺れる。


 ヴィルギニスは続ける。


「あるのは」


 少しだけ間を置く。


「母の王家を滅ぼした国」


 アルケスは言葉を失った。


 ヴィルギニスは港を見続ける。


「だが麦は来る」


 アルケスは言う。


「飢えているから」


 ヴィルギニスは頷く。


「そう」


 その声は淡々としている。


 感情がないわけではない。

 ただ表に出ない。


 ヴィルギニスは言った。


「アクルックスは賢い」


 アルケスが見る。


「どういう意味だ」


 ヴィルギニスは港を指さす。


「麦を売る」


 それから城を見る。


「そして」


 小さく続ける。


「私を見る」


 アルケスは理解する。


 アクルックスはただ麦を売っているわけではない。


 この国を見ている。


 王家を見ている。


 そして――


 ヴィルギニスを見ている。


 亡命王女の子。


 かつての王家の血。


 アルケスは静かに言う。


「利用するつもりか」


 ヴィルギニスは肩をすくめる。


「可能性を見るだけ」


 風がまた吹く。


 塔の窓に雨の雫が残っている。


 そのころ穀倉では、イェンが槍を持って立っていた。


 腹の傷はまだ熱い。

 布の下で、じわじわと痛む。


 それでも彼は立っていた。


 穀倉の扉の横。


 番人として。


 人が通る。


 荷車が通る。


 麦袋が運び込まれる。


 そして、また一人の男が近づいた。


 痩せた男。


 イェンは槍を少し持ち上げる。


 男は言う。


「……麦」


 イェンは首を振る。


「だめだ」


 男は少し黙る。


 それから言う。


「分かってる」


 そして去っていく。


 イェンはその背中を見た。


 それから穀倉の扉を見る。


 あの中に麦がある。


 この国の命。


 イェンは小さく息を吐いた。


「番人か」


 誰に言うでもなく呟く。


 そのとき、遠くで蹄の音がした。


 港からの道だ。


 騎兵が一人、穀倉の前を通り過ぎる。


 アクルックスの紋章。


 イェンはその背中を見送る。


 そして小さく言う。


「麦だけじゃないな」


 この国に来ているのは。


 その頃、王城の奥では現王が静かに書簡を読んでいた。


 アクルックスからの書簡。


 そこには丁寧な言葉が並んでいる。


 麦の供給。

 交易の強化。

 友好の証。


 そして最後に、一文。


 王はそこを指でなぞる。


 ゆっくりと読んだ。


「――亡き王女の御子の健やかなる成長を、我らも喜ばしく思う」


 王は静かに笑った。


 その笑みは冷たい。


「なるほど」


 低く呟く。


「ヴィルギニスか」


 雨はようやく止み始めていた。


 だが空の奥には、まだ黒い雲が残っている。


【5】



 港には潮と湿った麦の匂いが漂っていた。雨はようやく弱まり、雲の切れ間から淡い光が差し込んでいる。それでも空はまだ重く、海の色は鉛のように鈍い。岸壁には荷車が並び、兵の号令と馬のいななきが交じり合っていた。


 その喧騒を、塔の窓からヴィルギニスは見下ろしていた。


 港の沖に停泊している船には、青地の旗が掲げられている。

 双龍が絡み合う紋章。


 アクルックス王国の旗だ。


 風が吹くたびに、二匹の龍は互いに牙を向け合うように揺れた。


 ヴィルギニスはその旗を見つめたまま、長く瞬きをしなかった。


 母の旗ではない。


 母の国の旗は白かった。

 そして龍は一匹だった。


 白地に蒼龍。

 穏やかな国を象徴する紋章だったと、彼は幼い頃に聞かされたことがある。


 けれどその旗はもう存在しない。

 王宮が焼けたあの日、引き裂かれたからだ。


 港では兵が麦袋を数えている。

 濡れた縄が軋み、荷車の車輪が泥を踏みしめる。


 麦はこの国の命だ。


 だがその命は、母の王家を滅ぼした国から運ばれてきている。


 ヴィルギニスは窓枠に指を置いた。

 冷たい石が指先を濡らす。


 母はアクルックスの王女だった。


 まだ国が穏やかだった頃、庭の白い花を摘み、宮廷の回廊で臣下に笑いかける王女だったと伝えられている。優しい王の娘。争いを嫌う王家。


 その優しさが、国を弱くした。


 冬の夜、王宮の門が内側から開いた。

 味方だった兵が剣を抜き、宮殿は炎に包まれた。


 王家は滅びた。


 その知らせがこの国へ届いたのは、先代王アレスがまだ壮年の頃だった。


 王は書簡を読み、長く黙っていたという。


 宰相も将軍も言葉を持たなかった。

 アクルックスは遠い国だったが、先代王はその王をよく知っていた。


「優しい王だった」


 アレス王はそう言った。


 窓の外を見ながら、静かな声で。


「優しい王は、長く続かぬ」


 臣下は誰も答えなかった。


 数日後、城門に一台の馬車が現れた。


 旗はない。

 護衛も少ない。


 泥にまみれた旅の馬車だった。


 扉が開き、若い女が降りてきた。

 長い外套をまとい、髪は風に乱れている。


 だが背筋はまっすぐだった。


 彼女は門前で名乗った。


「アクルックス王家の娘」


 そして言った。


「亡命を願います」


 城門の空気が凍った。


 滅びた王家の王女を受け入れることは、アクルックスの新王朝を敵に回すことになる。臣下は皆、王の判断を待った。


 アレス王はしばらく王女を見つめていた。


 疲れている。

 けれど誇りは失っていない。


 王は静かに言った。


「ここは亡命者を拒まぬ」


 宰相が口を開こうとする。

 だが王は手で制した。


「我が城は、滅びた者を追い出すほど狭くない」


 そして、少し笑った。


「追われる王女を拒むほど、私は臆病でもない」


 その日、亡命王女は城に迎えられた。


 やがて彼女は第二妃となり、

 その子としてヴィルギニスが生まれた。


 塔の窓から港を見つめるヴィルギニスの瞳は、深く静かだった。


 母はもういない。

 亡命から六年後、持病で亡くなった。


 先代王は彼女を国葬にした。


 亡命王女に国葬。

 臣下は驚いた。


 だが王はただ言った。


「彼女はこの国の妃だ」


 それだけだった。


 ヴィルギニスは目を閉じる。


 母の顔はあまり覚えていない。

 けれど声は覚えている。


 静かな声。


「ヴィルギニス」


 その響きが、今でも雨の夜に聞こえる気がする。


 港では、麦袋が次々と荷車へ積まれている。


 青地に双龍の旗が風に揺れた。


 ヴィルギニスは小さく呟いた。


「皮肉だな」


 その頃、城下では炊き出しの列が伸びていた。


 雨上がりの泥の上で、人々は静かに順番を待っている。

 鍋から立ち上る湯気が白く広がり、薄い麦粥の匂いが漂っていた。


 ルカは椀を両手で持ってすすった。


「今日はちょっと濃い」


 隣を見る。


 シャムは列から少し離れた場所に立っていた。

 後ろには護衛の兵が控えている。


 王子である以上、列に並ぶわけにはいかない。


 シャムは炊き出しをじっと見ていた。


 人々の顔。

 椀の中の粥。

 濡れた麦袋。


 花街で暮らしていた頃の記憶が、胸の奥に浮かぶ。


 あの頃は並ぶことすらできなかった。


 今は違う。

 城では温かい食事が出る。


 だからこそ、シャムはここに立っている。


 食べるためではなく、

 この国の現実を見るために。


 ルカが言う。


「なあ」


 シャムが顔を向ける。


「なんで王子がここにいるんだ」


 シャムは少し考えて答えた。


「見たいから」


 ルカは笑う。


「変なやつだな」


 そのとき、港の鐘が鳴った。


 新しい船が入った合図だ。


 人々がざわめく。


「またアクルックスの船か」


「助かる」


「今年は飢えずに済むか」


 だが別の声も混ざる。


「借りてばかりだ」


「そのうち国が売られる」


 シャムはその声を黙って聞いていた。


 空はまだ暗い。


 雨は止んだが、

 飢えは止まっていない。


 この国は今、

 麦と借りの上に立っている。


 そして王城の奥では、現王が新しい書簡を開いていた。


 それは麦の話ではなかった。


【6】


 雨が止んだ翌朝、王都の空気は重かった。


 雲はまだ低く垂れ込め、石畳の隙間には昨夜の水が残っている。街路を行き交う人々の足元は泥に汚れ、乾ききらない空気が肌にまとわりつく。


 だが人の流れは止まらない。


 港から穀倉へ向かう道には、荷車が長く列を作っていた。

 アクルックスから届いた麦袋を運ぶ車列だ。


 兵が先導し、穀倉の前にはすでに数十人の人足が並んでいる。


 その門の横に、イェンは立っていた。


 槍を握る手はまだ慣れていない。腹の傷は完全には塞がっておらず、布の奥でじくりと痛む。それでも彼は背筋を伸ばしていた。


 盗人だった男が、今は穀倉を守る番人だ。


 この城下の人間で、それを知らない者はもういない。


 荷車が止まり、麦袋が降ろされる。


 兵が帳面をめくりながら数を確認している。


「二百四十七」


「二百四十八」


 声が響く。


 麦袋が穀倉の中へ運ばれていく。


 イェンはその様子を黙って見ていた。


 この麦がどれほどの命を繋ぐのか、彼には分からない。

 だが足りないことだけは分かる。


 腹が減るということは、誰よりも知っている。


 その時、遠くから足音が聞こえた。


 振り向くと、護衛を連れた少年が歩いてくる。


 金の髪。


 赤い瞳。


 シャムだった。


 イェンは槍を軽く下げる。


「……王子」


 シャムは穀倉を見上げた。


 巨大な木の扉。

 その奥に、麦。


「増えた」


 シャムは言った。


 イェンは頷く。


「昨日の船だ」


 シャムは麦袋を運ぶ人足たちを見ている。


 濡れた服。

 疲れた顔。


 それでも麦袋を担ぐ腕は力強い。


 シャムは言った。


「全部、アクルックス?」


「そうだ」


 イェンは答える。


「この国の麦じゃない」


 シャムはしばらく黙った。


 やがて言う。


「借りてるんだな」


 イェンは笑った。


 苦い笑いだ。


「そういうことだ」


 その言葉を聞いていたのは、シャムだけではなかった。


 穀倉の影から一人の兵が歩み出る。


 ポルックスだった。


 薄桃色の髪が風に揺れる。

 赤い瞳は冷静だった。


「借りているだけではない」


 ポルックスは静かに言う。


 シャムが振り向く。


 ポルックスは麦袋を見た。


「価格も払う」


 それから続ける。


「将来も」


 シャムは首を傾げる。


 ポルックスは説明しない。


 ただ穀倉の扉を見上げる。


 その目は計算している。


 麦の量。

 人口。

 消費。


 足りない。


 どう計算しても余裕はない。


 だが彼はそれを口にしない。


 カストルの兄が聞けば、怒るからだ。


 ポルックスはイェンを見る。


「傷は」


 イェンは肩をすくめた。


「死ぬほどじゃない」


 ポルックスは頷く。


 それだけで十分だった。


 その頃、王城の執務室では地図が広げられていた。


 机の上には赤い印がいくつも置かれている。


 穀倉。

 港。

 街道。


 そして隣国アクルックス。


 現王は椅子に座り、地図を見ていた。


 その横にはアルケスが立っている。


 翡翠の髪が窓の光を受けている。


 王は言った。


「麦は足りぬ」


 アルケスは頷く。


「はい」


 王は地図を指した。


「アクルックスからの船は三度目だ」


 アルケスは言う。


「それでも足りない」


 王は静かに笑った。


「よく分かっている」


 そして指を別の場所へ動かす。


「だから」


 低く言う。


「輸出も止める」


 アルケスが顔を上げる。


「塩と鉄」


 王は言った。


「今年は外へ出さぬ」


 それは大きな決断だった。


 交易が止まれば、アクルックスとの関係も変わる。


 アルケスはゆっくり息を吸った。


「怒ります」


 王は頷く。


「そうだろう」


 それから静かに言う。


「だが民が飢えるよりはましだ」


 アルケスはその言葉を胸の奥で繰り返した。


 王とは決断する者。


 その意味を、少しだけ理解する。


 同じ頃、城の別の廊下ではカストルが立っていた。


 小柄な体。

 赤い瞳。


 その目は苛立っている。


 目の前には穀倉の帳面。


 ポルックスが書いた数字だ。


 カストルはそれを見て言った。


「少ない」


 ポルックスは答える。


「現実だ」


 カストルは机を叩いた。


「増やせ」


 ポルックスは静かに言う。


「作れない」


 カストルは黙る。


 その沈黙の奥に、怒りと焦りが混ざる。


 自分は血統最上位。


 本来なら王太子。


 それなのに。


 国は飢えている。


 自分は何もできない。


 その時、窓の外で風が吹いた。


 青地に双龍の旗が、港の上で大きく揺れている。


 カストルはそれを見た。


 そして低く言う。


「借りるのは嫌いだ」


 ポルックスは答えない。


 ただ静かに帳面を閉じた。


 外ではまた荷車の音が響く。


 麦袋が穀倉へ運ばれていく。


【8】


 穀倉の屋根は、雨を吸って黒く沈んでいた。


 昼になっても空は明るくならない。雲は裂けず、ただ低く垂れ込めている。遠くの港では、青地に双龍の旗が風に揺れていた。濡れた布のように重く、しかし確かな形を保っている。


 穀倉の門前に立つイェンは、その旗を一度だけ見上げてから、視線を下ろした。


 目の前では麦袋が運び込まれている。

 濡れた麻袋は人の肩に食い込み、担ぎ手の背を丸めさせる。

 荷を降ろすたび、湿った麦の匂いが広がった。


 その匂いは、飢えを知る者には甘い。


「……増えたな」


 イェンは小さく言った。


 返事をしたのは隣に立つ兵ではなく、後ろから歩いてきた少年だった。


「増えた」


 金の髪が淡く光る。


 シャムだった。


 護衛の兵が数歩離れて控えている。

 彼らは声を出さない。ただ周囲を見ている。


 王子の護衛というのは、声のない壁のようなものだ。


 シャムは穀倉の扉を見上げた。


 巨大な木の扉は閉じられている。

 その向こうに麦がある。


「……これで」


 シャムは少し言葉を探した。


「足りる?」


 イェンはすぐには答えなかった。


 麦袋を運ぶ男たちを見て、少ししてから言った。


「足りない」


 言葉は短かった。


 シャムは黙った。


 風が吹き、穀倉の屋根から水が落ちる。

 ぽた、ぽた、と石を叩く。


 その音を聞きながら、シャムは言った。


「じゃあ、どうする」


 イェンは笑った。


「それを考えるのが王だろ」


 そして槍を持ち直す。


「俺じゃない」


 シャムは何も言わない。


 ただ穀倉の扉を見つめていた。


 その時、門の外から声がした。


「どけ!」


 怒鳴り声だった。


 人足たちが振り向く。


 門の前に、荷車が止まっていた。


 御者が怒鳴っている。


「道が詰まってる!」


 だが詰まっているのは荷車ではない。


 人だ。


 炊き出しを終えた人々が、穀倉の周りに集まり始めていた。


 腹が減れば、人は麦の匂いに引き寄せられる。


 門の向こうに麦があると知れば、なおさらだ。


 兵が声を張り上げる。


「下がれ!」


 だが声は弱い。


 人は動かない。


 列の後ろから、子どもの泣き声が聞こえる。


 シャムはその声を聞いた。


 振り向く。


 泣いているのは、ルカの弟だった。


 ルカが慌てて背を叩いている。


「泣くな」


 だが子どもは泣き止まない。


 腹が減っている。


 シャムは一歩だけ前に出た。


 護衛の兵がすぐに動く。


「殿下」


 低い声。


 止める声。


 シャムは首を振った。


「大丈夫」


 そして人々の方へ歩く。


 人々はざわめいた。


 金の髪。


 赤い瞳。


 亡き王の面影。


 その中を、シャムはゆっくり進む。


 ルカが目を丸くする。


「おい」


 シャムはしゃがんだ。


 泣いている子どもを見た。


 泥で汚れた顔。


 鼻水。


 震える肩。


 シャムはしばらく黙っていた。


 それから言った。


「もうすぐ粥が来る」


 子どもは泣きながら顔を上げる。


「ほんと?」


 シャムは頷いた。


「ほんと」


 その様子を見ていたイェンは、何も言わなかった。


 ただ穀倉の扉を見ている。


 この扉の向こうにある麦が、どれほど人を狂わせるか知っている。


 盗人だったからだ。


 その時、別の足音が近づいた。


 軽い足音。


 ポルックスだった。


 薄桃色の髪が風に揺れる。


 彼は状況を一目見て理解した。


 穀倉の門。

 人の群れ。

 泣く子ども。

 シャム。


 ポルックスは兵に言った。


「炊き出しを増やせ」


 兵が驚く。


「しかし」


 ポルックスは静かに言う。


「薄くする」


 それだけだった。


 兵は走った。


 ポルックスは穀倉の扉を見る。


「開けるな」


 イェンに言う。


 イェンは頷く。


「分かってる」


 ポルックスは少しだけ空を見た。


 雲はまだ重い。


 雨は止んだが、天気は変わらない。


 そして遠くの港では、双龍の旗が揺れている。


 母の国を滅ぼした旗。


 その旗を、塔の上からヴィルギニスが見ていた。


 彼は動かない。


 ただ港を見る。


 双龍の旗の向こうに、かつての旗を思い出す。


 白地に蒼龍。


 母の旗。


 母の国。


 そして滅びた王家。


 ヴィルギニスは小さく呟いた。


「麦か」


 それは救いか、

 それとも鎖か。


 誰にもまだ分からない。


 ただ一つだけ確かなのは、


 この国の秤が、

 今、静かに傾き始めているということだった。


【9】


 夕暮れが近づくにつれ、空の色はさらに重く沈んでいった。雲は裂けることなく低く垂れ、王都の屋根の上に灰色の天井のように広がっている。雨は止んでいるのに、空気は濡れていた。街の石畳は乾かず、靴底が踏むたびに鈍い音を返す。


 穀倉の前に集まった人々は、いつの間にか増えていた。


 最初は数十人だった。

 だが夕刻には、その倍ほどになっている。


 炊き出しの鍋はすでに空になっていた。


 兵が粥を配ったあと、人々は散るはずだった。だが今日は違う。

 麦袋が運び込まれるのを、皆が見ていたからだ。


 穀倉の中に麦がある。


 その事実は、人を動かす。


 ざわめきが広がる。

 怒りでも、叫びでもない。


 ただ、腹の奥から湧き上がる不安のざわめきだった。


 穀倉の門の前に立つイェンは、その音を黙って聞いていた。


 槍の柄が手の中で少し汗ばむ。


 扉の向こうには麦がある。

 この国の命。


 だが開けるわけにはいかない。


 麦は数えられ、配られ、計算されなければならない。

 今ここで人々に渡せば、三日でなくなる。


 そのあとに残るのは――本当の飢えだ。


 イェンは唇を噛んだ。


 かつてなら、自分はこの扉を破る側の人間だった。


 腹が減れば、人は盗む。


 それを知っている。


「……下がれ」


 イェンは言った。


 声は大きくなかった。

 だが人々は聞いた。


 しかし動かない。


 その時、群衆の奥から怒鳴り声が上がった。


「麦があるんだろ!」


 誰かが叫ぶ。


「なんで出さない!」


 別の声が重なる。


「子どもが腹を空かせてる!」


 ざわめきが波のように広がる。


 イェンは槍を少し上げた。


 兵が前へ出る。


 緊張が空気を固める。


 その時だった。


「やめろ」


 声は低かった。


 しかしよく通る。


 人々が振り向く。


 小柄な少年が歩いてきていた。


 赤い瞳。


 第二王子カストルだった。


 護衛の兵が後ろにいる。

 だが彼は一人で歩いているように見えた。


 人々の間に静かな波が走る。


「王子だ」


 誰かが囁く。


 カストルは穀倉の前まで来ると、立ち止まった。


 イェンを見る。


「開けてないな」


 イェンは頷く。


「命令がない」


 カストルは少しだけ笑った。


「正しい」


 そして振り向く。


 人々を見る。


 その視線は鋭かった。


 十歳の少年のものとは思えないほど冷たい。


「麦はある」


 カストルは言った。


 ざわめきが起きる。


 だが彼は続ける。


「だが今は出さない」


 人々の顔が変わる。


 怒り。


 不満。


 カストルはそれを見ていた。


 一歩だけ前へ出る。


 背丈は低い。


 それでも、声は揺れなかった。


「ここで配れば三日でなくなる」


 誰も声を出さない。


「そのあとどうする」


 沈黙。


 カストルは言った。


「飢えたいのか」


 その言葉は刃のようだった。


 ざわめきが止まる。


 人々は黙った。


 その時、群衆の後ろでルカが息を呑んだ。


 シャムもその横で立っている。


 カストルの言葉は冷たい。


 だが嘘ではない。


 ポルックスが少し離れた場所から、その光景を見ていた。


 兄の背中を見る。


 小さい背中。


 だが、今は大きく見えた。


 カストルは続ける。


「麦は計算して配る」


「冬まで持たせる」


 そして言う。


「王の仕事だ」


 人々の中で、誰かが言った。


「お前が王か」


 静かな挑発だった。


 カストルは少しだけ首を傾げた。


「まだ違う」


 そして続ける。


「だが」


 赤い瞳が光る。


「王になる者は、こうやって決める」


 沈黙が落ちた。


 誰も動かない。


 カストルはイェンを見る。


「門を守れ」


 イェンは槍を握り直す。


「はい」


 その時、遠くで鐘が鳴った。


 港の鐘だ。


 人々が振り向く。


 海の向こうに、また船が見えた。


 青地に双龍の旗。


 アクルックスの船。


 だがその船の形は、どこか違っていた。


 ポルックスは目を細める。


 船はゆっくり港へ入ってくる。


 そして気づいた。


 甲板に立っている人影。


 商人ではない。


 兵だ。


 ポルックスは小さく呟いた。


「……使者か」


 その頃、塔の窓からヴィルギニスがその船を見ていた。


 双龍の旗。


 そして兵。


 彼の瞳が、わずかに細くなる。


 母の国を奪った王朝。


 その国の船が、今この港へ来ている。


 ヴィルギニスは小さく言った。


「なるほど」


 風が吹く。


 双龍の旗が大きく揺れた。


 この国の秤は、

 今、さらに重いものを載せられようとしていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

もし「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけたら、下のボタンから評価(★★★★★)やブックマーク、感想をいただけると励みになります!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ