序章
王国は、龍の御加護のもとにあると伝えられてきた。
数百年前、初代王が龍と契約を結び、その代償と引き換えに王家へ血を授かった――そう記す古文書は、龍神院の最奥に封じられている。
契約の内容は秘され、ただ「血は継がれ、国は守られる」とだけ伝わる。
民の多くは龍を象徴として受け止めていた。豊穣、王権の正統性を示す伝承。
天災は天災であり、豊作は人の営みの賜物だと。
だが、稀代の名君アレス王が玉座にあった三十余年、国はほとんど揺らがなかった。戦は退けられ、飢えは遠ざけられ、法は整い、民は眠りを深くした。
金の輝く髪に透き通る赤眼、高く細い鼻筋をもつ王の姿は、伝承の龍を現世に写したかのような美しさだった。
その王が、行幸の折に事故で崩御した。
増水した山間の橋が裂け、濁流は王をのみ込んだ。
王は最後まで民を先に渡らせ、己は最後に橋へ足を踏み入れたという。
遺体が戻った日の夕刻、龍神院の塔上で風が渦を巻き、金の旗は鱗のように震えた。人々は祈り、やがて囁いた――龍はなぜ守らなかったのか。
王弟が即位したその年、旱魃と洪水が交互に国を襲い、虫害が穀倉をかじった。
市場は沈み、城下は噂に満ちる。
龍の沈黙。契約の揺らぎ。
やがて龍神院の神官長が王城に参内し、玉座の前で告げた。
「真に龍の血を濃く継ぐ者を立てよ。星満ちる満月の日に生まれし五人の中より、王太子を選べ」
五人。
王城に集められたのは四人の王子。王太子アルケスと先代王の子である双子のカストルとポルックス、そして第二妃との王子ヴィルギニス。
いずれも十歳。
いずれも星満ちる満月の日に生まれた。
だが、もう一人がいる。
花街に生まれた庶子。
母はかつて一番の人気を誇った妓女。
泥に汚れ、名もなく育った少年――その容貌が、亡き王に瓜二つだという。
龍は眠っているのか。
それとも、別の血を見つめているのか。
玉座の奥、誰も触れぬ契約の行は、静かに息をしていた。
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