二度目の帰り道〜遅れてきたクリスマス〜
十二月下旬の夕暮れは、釣瓶落としに暗くなる。
元・相方の住むアパートまで娘を送り届けた帰り道。ほんの数分前まで隣で弾んでいたお喋りの声が消えると、街の静寂が急に耳につくようになった。
ポケットに手を突っ込み、アスファルトを見つめながら歩く。吐き出す息は白く、街灯の光に照らされては夜闇に溶けていく。
祭りのあとのような寂しさを誤魔化すように、歩くペースを少し上げた、その時だった。
「まってー!」
背後から、静寂を切り裂くような声が響いた。
驚いて振り返ると、赤い上着を着た小4の娘が、必死の形相でこちらへ向かってダッシュしてくるのが見えた。
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
私の目の前で急ブレーキをかけた娘は、膝に手をついて激しく肩を上下させている。
「どうした、忘れ物?」
「……うん。わ、私のスマホ!」
娘はまだ整わない呼吸のまま、来た道を指差した。
「こたつの上に、置いてきちゃった……!」
ああ、と私は思わず天を仰いだ。
昼過ぎから私の部屋に来て、動画を見ながらダラダラと過ごしていた時だ。きっとあの時、テーブルに置いたままにしてしまったのだろう。
「……ごめん。戻らせて」
申し訳なさそうに上目遣いで言う娘に、私は苦笑して首を振った。
「いいよ。腹ごなしの散歩だね。」
来た道を引き返す。
私の部屋に戻り、テーブルの上にポツンと置かれていたスマートフォンを回収する。そしてまた、元・相方の家への道を二人で歩き出した。
一度目よりも日は落ち、気温も下がっている。けれど、不思議と寒さは感じなかった。
「……なんか、得した気分」
隣を歩く娘が、ボソリと呟いた。
「ん? 寒い中、往復させられたのに?」
「ううん。だって、もう一回一緒に帰れるから」
えへへ、と笑う娘の横顔を見て、私は口元の筋肉が緩むのを止められなかった。
スマホを忘れてくれて、ありがとう。そんな不謹慎な言葉を、喉の奥で飲み込んだ。
二度目のアパートの前に着く頃には、完全に夜になっていた。
階段の下。本当の別れ際だ。
「……ありがと。二回も送ってもらって」
「気をつけて上がりなよ」
私が手を振ろうとすると、娘は何か言いたげにモジモジと足元の小石を蹴った。そして、意を決したように顔を上げた。
「ねぇ、お正月も……会える?」
その瞳には、期待と不安がないまぜになった色が揺れていた。
私は一瞬、言葉に詰まった。
この仕事に、世間一般の祝日は関係ない。むしろ、人が休んでいる時こそが書き入れ時だ。
「ごめん。……元旦は、仕事が入ってるんだ」
「……あ」
娘の表情が曇る。わかりやすく肩を落とし、視線を伏せた。
「そっか。お仕事、だもんね……」
その小さな背中が、たまらなく切ない。
私は思わずその場にしゃがみこみ、娘と目線の高さを合わせた。
「そのかわり――大晦日なら空いてる」
「えっ?」
娘がパッと顔を上げる。
「またウチに来る? 年越し蕎麦じゃなくて、肉でも食べようか」
「お肉!」
娘の声が弾んだ。
「この前買った圧力鍋で、柔らかいのを作ってあげるよ」
「うん!!」
娘の顔が、この日一番の笑顔で輝いた。
「また一緒に料理作りたい! 絶対だよ!」
その瞳の中で、街灯の灯りがキラキラと反射している。
大きく手を振って階段を駆け上がっていく娘の背中を見送りながら、私は深く息を吐いた。
吐き出した白い息は、さっきよりも少しだけ、温かい気がした。




