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3-1 No Way Out

 夜になって、私はアーサーと電車で10分ほどゆられ、とある場所に来ていた。

「NO WAY OUTってここのこと?」

「そうそう。」

アーサーが指差した先にはタイプライターの様なおしゃれなフォントでNO WAY OUTと書かれていた。

ここはおじいちゃんの一番弟子がやってるライブバーで、元々この土地の権利を持っていた為、普通のライブハウスくらいの広さがある。座れば50人くらい、立てば80から100人は入る。この街では五本の指に入る大きさだ。普段はロックバンドやシンガーソングライターも出演するが、おじいちゃんの一番弟子というだけあって、やはりブルースは捨てていない。月に一度は「Nighttime Blues」通称ナイトタイム、というイベントを開催し、マスター自らが選んだブルース系のミュージシャンが出演するのだ。今夜はオープンマイクなので、予約して来た。

「お、ユウ!」

「こんばんは。」

「こんばんは〜。」

「そっちは友達かい?」

「はい。今一緒にブルースやってて。」

「ユウも遂に本格的にやるのか!」

「そうですね。バンドもやろうってなってて、ドラムがまだ見つからないんですけどね。」

「ドラムかぁ。なかなかプレイヤー人口も少ないし、自分たちのブルースに合うかって問題もあるからなぁ。まあそのうち巡り合うさ。」

その後も世間話をしていると、オープンマイクが始まった。

「いい雰囲気のお店だね、マスター。」

アーサーもかなりここを気に入ったみたいだ。

「ありがとうね、一応シカゴに行ってた時によく通ったブルースクラブを参考にしたんだ。」

「うん、バレルハウスって感じ。」

「バレルハウスってまた、戦前ブルースじゃあるまいし。」


「じゃあ次、ってユウ来てたの!?」

オープンマイクを仕切っていた少女が驚く。

「ああ。」

「誰?知り合い?」

「幼馴染だよ。」

「あれ、こっちは友達?レンよ、よろしくね。」

「僕はアーサー。よろしく、レン。」

「じゃあ待ち時間は今日人少ないし20分ね。好きにやって!」

「ユウ、案外持ち時間長かったね。どうしよ?」

「じゃあ合わせてきた二曲と、各々で一曲ずつやろうか。」

「いいね!ドラマチックかも?」


 ステージに上がった私たちはマイクの前に着くと、椅子に座る。私が革製のホルダーに弾薬の様に詰まったハーモニカたちから一本抜くと、アーサーがベース音をフィンガーピックで弾いてリズムを取る。

「One, two, one two three,」

私がメロディーを吹き、8小節ぴったりでターンアラウンド(一回しから次の一回しに行く合図のフレーズ)を決める。するとアーサーは親指のフィンガーピックでリズムを保ちながらも人差し指で繊細にメロディーを奏でる。

ブルースのスタンダードナンバー(ブルースマンなら誰でも知ってる曲)、Key To The Highwayだ。曲のキーがAなので、私はD調のハーモニカを吹いている。オクターブ奏法(1と4の穴を同時に吹くために真ん中の二つの穴を塞ぐ、タングブロックの応用)や、タングスラップ(複数の穴を吹いている状態から瞬時に単音に切り替える技術)で丁寧にメロディーを奏でる。曲が終わると歓声が上がるが、すかさず次の曲に映る。

 次はアーサーのソロ曲、Police Dog Bluesだ。これもブラインドブレイクの名曲の一つだ。鐘が鳴る様な、優しいピアノの様なイントロのフレーズが響き渡る。アーサーはためる。ためて、ためて、この空間の全員が好奇心と不安で彼を凝視して10秒ぴったりで駆け抜ける様に曲が奏でられる。彼の指はこの世のものとは思えない速さで動き、遂に歌い出す。どろどろに煮詰まった失恋を。愛した女との最後の一時、そして警察犬を放たれた様に急な、逃げる様な別れを。この空間はもはやアーサーただ一人が支配していた。そして最後の一音が涙の落ちる様な余韻と共に静かさに飲み込まれていく。

 私はA調を手に取って、汽笛を鳴らす。それは比喩であると同時に、非常に生々しい、どんな感情にも染まっていない環境音であった。ガッガ、ゴッゴ、ガッガ、ゴッゴ。汽車はその鋼の躯体を働かせる。繊細にフラター(巻き舌でハーモニカを吹く技術)を混ぜて、汽車は速度を上げていく。そして少しずつこちらに来る。速度が下がり、遂に目の前に大陸を縦に横にと走り続けて来た黒鉄の老体が止まる、けたたましい蒸気の音と共に。しばしの静寂の後、再び汽笛が響き渡る。そして遂に汽車はどこか遠くの街へ人々、物を乗せて走り出す。もしくは愛する誰かを奪い去ってしまう。遥か彼方へ、慈悲もなしに駆け抜けていく。最後に、もはや風が吹けば聞こえなくなる様な音で、再び汽笛が鳴った。

「ありがとう!僕はアーサーで、こっちがユウ。十字路でブルースを弾いてたら出会ったんだ。次が最後の曲、The Skies Is Crying。」

 ハーモニカの荒々しいフレーズが静寂を破り捨て、アーサーのギターの音がサラサラと小雨の様に降り注ぐ。外は晴れているのに、私たちのブルースが、街のどこかで泣いている誰かの涙が、降り注ぐ。聴衆は自身が完全な客体であることに耐えられなくなり、体を揺らしたり、足踏みでリズムを追って、この空間が一つのブルースになる。ここに誰もがいつかの涙を思い出し、酒を飲まずにはいられなくなる。A調のハーモニカが啜り泣く様にトリル(ハーモニカを吸いながら隣あった穴を交互に行き来する技術)を奏でると、何かがパキッと嵌ったような感覚に襲われる。とてつもない達成感を舌の上に転がしたまま、心地よい間を作る。ブルース・ハーモニカは引き算の考え方がものを言う。吹きすぎてはならず、しかし決してお淑やかであってはならない。その妙にこそブルースが宿るのだ。カラカラと空っぽの人間が転がる様な音が響き渡り、力強くハーモニカが引き剥がされる。曲が終わったことを理解した人たちがパラパラと拍手をするが、大半はただただ、いつまでも居候する余韻に耽っていた。

読んでいただきありがとうございます。毎日最低で一話は投稿していますが、時間は不定期となります。


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