1-2 Brightest Midnight
もうこんなに暗いのか。すっかり夜になった東京の街を歩く。東京とは言っても郊外なので、周りにあるものと言えば住宅地と公園くらいだ。ある十字路に差し掛かった時、ギターの音が耳に止まる。この曲、ブラインド・ブレイクの曲だ!そんな曲聴いてる人他にいるんだ!とかそもそもあの技巧的なブルースを弾ける人なんているんだ!とか、とにかく色んな感動に胸が躍る。
ギターの音がする方を見ると、黒人の少年がアカギを器用に弾いていた。声をかけようとして、目の前の少年が全くの他人であることに気付いて、急に躊躇いの念が湧き起こる。
「君、この曲知ってるの?」
なんと、少年の方から声をかけてきた!驚いた私は刹那、言葉に詰まる。
「う、うん。ブラインド・ブレイクのGUITAR CHIMESでしょ?」
「す、すごい!知ってるんだ!」
「当たり前じゃん!戦前ブルースならブラインド・ブレイク以上のギタリストなんていないだろうし。」
「そうだよね!?僕も彼が大好きでさ!でも日本じゃあんまり知られてないんだね、これを知ってる人は始めてだよ。」
「まあ戦前ブルースは皆ファッションで聴いてる程度だろうしね。」
「そっかぁ......僕はたまらなく好きなんだけどなぁ......」
「私もハーモニカやっててね。て言うか何歳?」
「15だよ。高校2年生。」
「同い年じゃん。高校は?」
「南高校だよ。」
「え、高校まで同じなの!?」
「まあ明日転校して初めての登校なんだけどね。」
「通りで見覚えがないと思った。」
「アーサー、よろしくね?せっかくだし軽音部にでも入って一緒にブルースやろうよ!エレキもちょっとは弾けるからさ。」
「いいね、勿論。私はユウ。よろしく。」
「とりあえず、今何かやってみない?」
そういうと、アーサーはFのスローブルースを弾き始めた。奇しくも、コンテストの曲、BLUE MIDNIGHTのキーだ。
私はイントロのフレーズから入り、あの夜空と寒風のシカゴの情景を吹き込む。
「いいね!最高だよ!」
アーサーが叫ぶ。
それからはもう覚えてないくらい遅くまで、色んな曲をやった。
「じゃあ、『悪魔の契約』やっちゃおうよ!」
「悪魔の契約?」
「十字路で誓いを立てて、ブルースをやる。そうするといいことがあるんだって?」
「それ、ロバート・ジョンソンは死んだじゃん。」
「まあ、僕の故郷のネタみたいな?やつだよ。」
「じゃあせっかくだしやってみよう!」
勿論、曲は CROSS ROAD BLUES。アーサーはチューナーも無しに器用にオープンGチューニングにギターを調律する。本人曰く、チューナーなんて無いこともあるからね、だそうだ。
ガラスのボトルの飲み口を使う、ボトルネック奏法で掻き鳴らされたギターは悲鳴を挙げ、六弦のベース音が轟く。悪魔の契約が始まった。そして時間も忘れて、二人で何小節もソロを回したり、二人で盛り上がって歌ったりもした。
「契約は......思いつかないし、最高のブルースを見つけるまで死ねない、で!」
その日の深夜、イースト・スリムは、私のおじいちゃんが亡くなった。4月の暮れのことであった。数日後には家族葬が行われたが、私は何故か泣くことができなかった。その代わりに、心の奥深くにも、火でも水でもない、土とも風とも違う何かが宿った。それは強いて言語化するならば、青く、ドロドロしていて、激烈なエネルギーの燻った様なものだった。
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