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10 Blue Ghosts

 私たちはあの日、私とアーサーが出会った十字路にやってきた。するとそこにはあの悪魔がいた。

「待っていたよ。」

「あなたは?」

とモニカが尋ねる。

「ユウくんとアーサーは私を知ってるはずさ。私はブルースの悪魔、君たちに祝福を与える者さ。かつてロバート・ジョンソンにそうした様に。」

そこで私はアーサーとのことや、今回の件の説明する。

「ブルースを救うためだ、今回は代償はいらない。君たちに力を与えよう。ただし、<悪魔の契約>をすると言うのに隠し事は良くない。アーサー、君の正体について語りなさい。」

そう言われたアーサーは顔を強張らせつつも、話し始めた。

「実は僕はもう死んでるんだ。」

「えっ、」

あまりの衝撃に言葉が出ない。

「僕の名前はアーサー、アーサー・ブレイク。かつてはブラインド・ブレイクとしてソングスター(かつてのブルースマンの呼び名)をしていたんだ。僕は病気で若くして死んだ後、あそこの悪魔に頼んで悪魔になった、未練を果たすために。ブルースを伝えるためにね。契約の代償は『死』。つまり、もう成仏できないんだ。でも僕の力では60年代のシカゴ・ブルースの後のブルースの緩やかな衰退は止められなかった。そしてユウたちが僕の最後の希望なんだ。僕もブルースに取り憑かれた一人なんだよ。」

刹那の沈黙、皆驚いて声が出せないでいた。しかし、私は一種の興奮を持ってアーサーに話しかける。

「君があのブラインド・ブレイク!?凄い!本物に会えた!凄い!」

「え?僕が怖くないの?」

「怖い?何言ってるの?ブラインド・ブレイクって言えば私が戦前で一番好きなブルースマンだよ!」

「え、えへへ。それ程でも〜。」

「私もびっくりよ。ブルースの伝説が目の前にいるなんてね。嬉しい限りだわ。」

モニカがそう言う。

「こんなバンド、売れない訳がないじゃねーか。最高だ!」

とカナタ。

「イースト・スリムが尊敬するブルースマンの一人に会えたなんて光栄だわ。」

アカネも喜んでいた。

「これで全員の心が交わった。さあ、<悪魔の契約>を始めよう!」

悪魔がそう言って指を鳴らす。すると、ドラムキットが、アップライトベースが、ギターとアンプが、マイクが現れた。

 アーサーがギターをオープンDに調律して、私たちはキーがDのブルースを始める。Dust My Broom、スライド・ギターの達人、エルモア・ジェイムズの名曲だ。アーサーがボトルネックを滑らせ、破壊的なフレーズを轟かせると、私たちを覆う暗い雲の様な気持ちが吹き飛ぶ。満天の星空に、アカネが叫ぶ様に歌う。Dust My Broomとは出ていく、と言った意味がある。学校の陰湿な奴らから、仮初のブギーに熱狂する日本のブルース界からの、そして不安と重圧に打ち負かされようとしていた私たち自身からの脱却、そして自由。その一点へと放たれた私たちの音は恐ろしいまでのうねりと共に、夜の静寂に火を付ける。私たちが声を上げられないならば、世界が滅びればいいというまでの破壊衝動を帯びた凶暴なサウンドがこの街の夜を喰らい尽くす。

 ふと気付くと、十字路に幽霊たちが集まってきた。その顔ぶれに驚きを隠せなかった。あっちはマディー・ウォーターズ、こっちはリトル・ウォルターにサニー・ボーイⅡ、モニカの前にはフレッド・ベロー。アーサーの周りには名だたる戦前ブルースの伝説が集まっていて、皆アーサーに挨拶していた。流石はブルース黎明期の英雄、幽霊たちもへりくだっていた。

 私は自身が吹くハーモニカに使っていたマイクを咄嗟にリトル・ウォルターに渡す。すると「いいぜ!」と笑った彼はとんでもないフレーズを吹き込む。それは世界で誰も聞いたことがない、ブルース・ハーモニカの王者の音であった。今、目の前でリトル・ウォルターが音を紡いでいる、その感動に私は泣いてしまった。するとサニー・ボーイが強引にマイクを奪い、彼の音が空間を支配する。まるで私に「ブルースってのはこうやって吹くんだよ。」と吹いて聴かせるかの如く。それを皮切りに幽霊たちが私たちの楽器でソロを回し始める。仕舞いにはエルモア・ジェイムズ本人の歌まで始まった。

「いいぞ、いいぞ!最高だ!こんな契約見たことがない!」

悪魔の興奮は最高潮に達し、ギターとアンプをもう一つ出して、狂乱の夜は完成した。

「私は、私たちは契約します。EAST SiDE SOULが最高のブルースバンドになるまで死ねない!」

「契約は成立さ!さあ、夜は長い!もっと聴かせてくれ!」

ここは滅多に人も車も通らない十字路、私たちはいつまでも演奏を続けた。

「次ブレイクしろ!」

かつてキングと呼ばれたブルース・ギターの伝説たちがブレイクに合わせてソロを取っていく。遂に、私たちが楽器に戻り、長い長いブルースに終止符を打つ。

「最っ高!!」

そうモニカが叫ぶ。

「随分とやる様になったじゃねぇか、ユウ。」

声の方を向くと、そこにはイースト・スリム、私のおじいちゃんがいた。

「お、おじいちゃん!」

抱きつこうとするが、それは幽霊。触れることもできない。

「こりゃあ、卒業の頃には俺を抜くかもな。」

「そんなことは......」

「いや、今だけは謙遜するな。<T-Bone>のマスターから聞いただろう?ユウには俺の夢を託す。そして、この時代のブルースも。これは俺を超えるお前にしか託せない。」

「分かった。おじいちゃん、私たちの最高のブルース、聴いててね!」

その瞬間、一台の軽トラが通り、幽霊たちは霧となって消える。それでも、消えるその瞬間、おじいちゃんは頷いてる様に見えた。

「君たち、最高だよ!」

悪魔がそう言って駆け寄ってくる。

「これはこの時代には刺激が強すぎるかもね。でも、そこがいい!君たちの音でブルースに再び血と肉を与えてくれ。」

「分かった。」

「君たちの活躍を見守っているよ。」

そして私たちは駅へと歩き出した。私はふと、振り返る。

「今夜はありがとう。また会おう。」

悪魔は手を振ってくれた。




 ブルースの狂乱も冷め、小雨が降り始めた十字路、悪魔はただ一人その余韻に浸っていた。

「悪魔に感謝するなんて、珍しい人間もいたものだ。イースト・スリムが面白い夢を見たと言うから少し確かめてやろうと思って来てみたが、これは期待以上かもしれないね。EAST SiDE SOUL、彼らなら本当にブルースを復活させてしまうかもしれないね。」

悪魔は手帳をフェドーラ帽に仕舞い込むと、夜の冷酷な闇に消えていった。

読んでいただきありがとうございます。毎日最低で一話は投稿していますが、時間は不定期となります。


これにて第一章は終了となります。第二章ではEAST SiDE SOULが本格的に始動します。


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