8 Devil Blue
一ヶ月が経ち、夏休み寸前になって<形而上学>の面々は学校に戻ってきた。反省した様な様子は全くないが、だからと言って私たちに何かをすることもなかった。しかし、その理由はこの日、夏休み初日に分かることとなった。
「お前ら、ちょっといい?」
そう私とアーサーを階段の踊り場で呼び止めたのは軽音部部長のアオイ先輩だった。
「お前らがブルースとかいうのやってんの?」
「はい。」
「あれ、辞めてくんね?」
「え、そんなのあなたが決めることじゃないですよね?」
「いやね、ソラの奴に言われて気付いたんだけど、来年の新歓でもブルースなんてやられたら新入生減っちゃうでしょ。」
「それはどういう意味ですか?」
「だってブルースって古臭いし。どうせオヤジがちっちゃいライブバーでやってるやつでしょ?今のメジャーシーン見てみなよ。ブルースなんて何処にもないじゃん。」
「アメリカの音楽では今でもブルースのリズムが基礎になってますよ。」
「リズム?そんなのどうでもいいの。俺が言ってるのはもっと根本的なこと。若い子に受けが良くて、みんなでも楽しめる、そういう音楽やってくれない?邦ロックとかブリットポップとか、グランジだってあるし。」
「私たちはブルースがやりたいんです!ブルースも知らない癖に音楽を知った様な口聞かないで!」
私は気付くと叫んでいた。
アーサーがニヤリと笑う。
「そういうことだからさ、志もないバンドマン崩れは話しかけないで、時間の無駄。」
「てめぇ!」
そう叫んだアオイ先輩は思い切り私を殴る。私の視界が一気に天井を捉え、刹那の浮遊感の後、落下を始める。そして、激痛が私を襲う。私は階段を転げ落ちていることに気付いた。そして次の瞬間、一際強い衝撃と共に、私は気を失った。
目が覚めると白い天井、少しの間混乱したが、色々と思い出して、自分が病院にいるであろうことを理解した。
「目を覚ましたかい、ユウくん。」
そこには見覚えのない男がいた。細身のスーツに身を包み、林檎の皮を器用に剥いていた。しかし、額からは般若の様に角が伸びており、やはり私は死んだのかと思った。
「君は生きているよ。死ねないと言った方がいいね。」
「死ねない?」
「おや、覚えてないのかい?十字路での契約を。」
そう言われて思い出すのはアーサーとの<悪魔の契約>。
「『最高のブルースを見つけるまで死ねない。』いい契約だね。」
「じゃあ貴方は......」
「そう、私はブルースの悪魔さ。ロバート・ジョンソンとの契約もこの私なんだよ?握手する?」
「ああ、はい。」
何となく握手しておく。
「こんな契約、よかったんですか?悪魔さんに利益がないというか......」
「本当は良くなかったよ。でもね、世界はブルースを忘れようとしてる。それだけじゃない。大量消費社会の訪れと共に、世界は音楽を忘れようとしてる。」
「え、でも、」
「ああ、人は音楽を聴くことはやめないだろう。ただね、その体験の質は粗悪だ。現実性を失った電子音、それが音楽になろうとしてるんだ。もう生々しさも、メッセージ性も関係ない。音楽は魔法から始まった。人間が鳥の声を、川のせせらぎを、木々の鼻歌を美しいと思い、その歌声を求めたからね。しかしそれは次第にイデオロギーを表すものになった。国歌や軍歌の様にね。そして音楽には自由の時代が訪れた。模倣とイデオロギーを保ちながら、歌う者の自由な精神を表現する様になったんだ。しかし、今、音楽はその模倣とイデオロギーを破壊し、無法の時代に陥ろうとしている。」
「それは......」
「簡単に言えば、先人たちへの敬意がないんだ。個人主義に毒された人間は遂に、個人が一世代で一つの文明を築けると勘違いしているんだよ。もっと簡単に言えば、人間はルーツを失いつつある。」
「だからこの契約を結んだと?」
「そうさ、君はおじいさんの影響からか、先人たちへの敬意を忘れないからね。」
「私に何を望みますか?」
「特に何も。君は放っておいても私の期待を越えてしまうだろうからね。まあ、私の言わんとすることはこの秋には分かるよ。」
「そうですか......」
「まあ、これからもブルースをよろしく。」
そういうと、悪魔はいなくなってしまった。
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