5 Key To Our Kingdom
ある朝、いつものように廊下を駆けて教室に行くと、いつもとは違う面持ちの先生がいた。
「よ〜し、今日は転校生を紹介する。モニカさんどうぞ。」
扉から現れたのは黒人の少女だった。とてつもなく身長が高く、アスリートの様な身長と体型の美少女に教室中が湧く。私とアーサーも例外ではなかったが、それは別の意味でであった。ブルース知ってるかなとか、何か楽器やってないのかなとか、至って健全なものだった。
「私はモニカ。アメリカのシカゴってところからきた。よろしく。」
そんなあまりに簡潔な自己紹介と共に、モニカは新しい机に座った。
「このままじゃいつまで経ってもライブできないよ、ユウ。」
「でもいないものは仕方ないしね。」
そんなことを話していると、ついさっきまでクラスの人気者たちに囲まれていたはずのモニカが目の前に聳えていた。
「ライヴ?コンサートのこと?何やるの?」
「バンドでブルースやりたいんだ。」
「ブルース!私に音楽を教えてくれた師匠もブルースマンなんだよ!みんな、パートは?」
「僕がギター、ここにいるユウがハーモニカで、そっちのカナタがベース、そしてここにいる美少女がボーカルって訳。ただね〜、ドラムがいないんだよね〜。」
「それなら私を入れて。私、シカゴにいた時はバンドでドラムやってたから。」
「シカゴってことはブルースも好き?」
「好きも何も、そのバンドもブルースばっかりだった。私たち黒人が集まってブルースをやらないなんてあり得ない。」
「やったー!」
アーサーは大声で喜ぶ。
「私の師匠はシカゴのブルースクラブじゃ知らない人はいない古株で、60年代にはあのリトル・ウォルターとも、サニー・ボーイともやったことあるんだから。ブルースの叩き方ならそこらの奴らには負けない。」
ガタン!私が勢いよく立ち上がる。
「リトル・ウォルターにサニー・ボーイ!?最高じゃん!」
「日本ならイースト・スリムの方が有名かな?」
これに興奮したのは私だけではなく、アカネもだった。
「イースト・スリムのこと、何か言ってた?」
「癖が強いって。」
「癖?」
「リトル・ウォルターもサニー・ボーイもハーモニカの音選びの癖がすごく強くて。イースト・スリムは日本人ってことで、そこまでのレベルだとは思ってなかったんだけど、『あいつは本物だ。』って言ってたよ。私も聴いてみたかった。亡くなったのが残念。」
おじいちゃんがシカゴの黒人に認められた、その事実だけで、私は嬉しかった。おじいちゃんは間違ってなかったんだって、そのことがただただ嬉しかった。
「そうと決まれば早速セッションだ!放課後の部室は取っておくね。」
すっかり上機嫌なアーサーは落ち着かない様子で、携帯で部室を予約する。
放課後、下校時間である19時ギリギリまで粘るため、ありったけのお菓子とジュースを抱えて、私たちは部室に向かった。すると、そこには私たちが使う予定だったのに、他のバンドが練習していた。
「すみません、今日は私たちが使うはずなんですけど......」
そのバンドはメンバーが制服を着崩し、なんとも柄の悪い連中だ。恐る恐る声をかけたアカネを睨んで、静寂が襲いかかる。
「おい、俺たち、三年だぜ?後輩は黙ってろよ。」
「そんなこと言われても、私たちもここの部員なので......」
「部員なら俺たちのことは知ってるよな?」
「えっ」
「俺たちは<形而上学>、ここの部で唯一、外のライブハウスでも活動してるんだ。ワンマンの話だって来てるんだぜ?」
アカネがすっかり怯えて、何も言えなくなった時、モニカが口を開く。
「そんなの関係ない。」
「あぁ?」
「どうせR&Bも、ロックンロールも知らない、勘違い邦ロックでしょ?そんなの適当なスタジオでやってればいい。」
「お前、今何て言った?」
バンドのギターが近付いてきて、モニカの胸ぐらを掴む。
「ギターの音作りもメロディーにばっかり気を取られて低音が出てない。ベースも中音域がメインだし、ボーカルなんてメロディーをなぞるだけ。そんなのじゃお客さんは盛り上がらない。それどころか、雑音。耳障り。」
「おい、てめぇ!」
「ドラムは最悪。日本人にありがちなオンビートで、ギターもベースもボーカルも窮屈そう。その程度の演奏のくせに、あなたは酒臭い。そんなのロックじゃない。そんなの音楽じゃない。」
双方譲らない口論が遮られる。
「あなたたち!何やってるの!」
ミカ先生だ。カナタがこっそり呼びに行ったらしい。すぐに生徒指導の先生もやってきて、彼らはどこかへ連れて行かれた。
「じゃあ気を取り直して、何か合わせてみようか。」
「私、あんまり歌詞知らないから Sweet Home Chicagoで。」
アカネがそういうと、モニカがカンッとドラムを叩き、アーサーがイントロを弾き始める。エルモア・ジェイムズの曲からの引用であろう、激しいフレーズにカナタがすぐに対応する。シカゴ・ブルースの巨人、マジック・サムのバージョンだ。ブルースで最も有名な曲の一つ、Sweet Home Chicagoは戦前ブルースの伝説、ロバート・ジョンソンがココモ・アーノルドのKokomo Bluesから影響を受けたとされている。この名曲は実はロバート・ジョンソンのバージョンが録音された後、忘れられることとなる。一応、トミー・マクレナンという破天荒なブルースマンのバージョンや、ジュニア・パーカーのバージョンが存在するが、世界を揺るがすには至らなかった。そんな楽曲をシカゴのウェスト・サイドの音で復活させたのが、マジック・サムだ。
アカネが歌い始めると、楽器は皆、徹底してリズムを聴かせる。特にアーサーのギターとモニカのドラムは異次元だった。リズムがうねって、その躍動が独特の世界観を作り始めていた。
私にソロが振られると、4、5辺りの穴を強くベンドを聴かせて、甘美なシカゴの街へ繰り出す。高級住宅地やレストランの豪勢な連中なんてどうでもいい。私の音はとにかく明日の生活にも困っている浮浪者たちや、日雇いの仕事に汗を流す人々に声を与える。
「いいね、いいね!最高だ!」
アーサーのギターソロが炸裂する。街に漂う悲壮や鬱憤がアンプから溢れ出す。
「次私!」
モニカがそう叫ぶと、楽器隊がブレイクし、ドラムが優雅で、かつ渋いフレーズを爆発させる。
「最高!」
演奏が終わると、モニカが満足そうな笑顔を見せる。彼女は普段感情を露わにせず、朝からずっと無表情だったが、この瞬間、笑顔が咲いた。
「まあ、アーサー以外はバックビートが云々とか、今後の改善点はあるけど、その辺は私が教えれるし、大丈夫!初回でこのクオリティーはやばいでしょ!」
「シカゴのリアルなブルースマンにそう言われると俺も嬉しいね。」
そう、カナタが言う。
「このバンドにはシカゴ以上の可能性を感じる。シカゴでも若者はもうブルースなんてやる人は少ない。一部のプロを除けば、ブルース界はおじさんばかり。それにシカゴでだって、ブルースをやる黒人は減ってきてるから、リズムのレベルも決して高い人ばかりじゃない。それが私たちは高校生でこのクオリティー!シカゴでやってたバンドより断然楽しい!」
こうして、私たちのバンドは、最後のメンバーが鍵となって、ついに道が開かれたのだった。
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