4 For The Top of The World
「Aztecさん、例の件は順調みたいです。」
とある事務所の一室でAztecと呼ばれた男はウィスキーを仰いでいた。
「そうか、これであの厄介なジジイどもの置き土産も終わりだ。」
「それが、少々ご報告が。」
「なんだ?あの孫のことか?」
「そうです。Aztecさんに言われた通り、コンテストの審査員には手を回しました。結果は優秀賞だそうです。」
「そうか、自己肯定感も低いと聞いているし、これでしばらくは表舞台には上がらないだろう。」
「お聞きになりますか?」
「いや、どうせイースト・スリムの七光、大したことはないだろ。」
「左様ですか。ハーモニカのことは分からないので、私には何とも。」
「まあ、結局そんなもんさ。ハーモニカなんてメロディーさえ良ければ、多少の誤魔化しが効くもんだ。」
Aztecはクロマチックハーモニカ(ブルースでよく使われる十穴なものととは違い、12の穴がありレバーで音を切り替えられるハーモニカ)を片手にそう言う。
「それで、この前吹いたのはいつ頃リリースなんだ?」
「Geesの新譜は来月にはレコーディングが終わり、夏には発表されます。」
「そのあとは?」
「Geesのファンは年齢層が比較的高いので、次は若者にもAztecさんを売り込む予定です。秋には若者層に人気のあいっちさんというシンガーソングライターの新譜です。その後は邦ロックの有名なバンドのツアーにサポートメンバーとして参加していただきます。」
「そうか。」
「あいっちさんの新譜に合わせて、ハーモニカの教則本とシグネチャーモデルの発売される予定です。」
「教則本はゴーストライターが書いて、それ用の動画の撮影があるって話だが、その撮影の日程は?」
「再来週に新宿です。」
「順調じゃないか。これなら思ってたより早く計画が進みそうだ。」
「計画、ですか?」
「そうだ。話してなかったか?思うにハーモニカは簡単な楽器だと、遊びでもできると思われている。それなのにプレイヤー人口は減る一方だ。何故だと思う?」
「それは、分かりません。」
「一つは敷居が高い。そして更にハーモニカの名曲がないんだよ。ブルースのハーモニカはタングブロックのせいでまともに吹くには何年も掛かる。ただ、ブルース以外でハーモニカの名曲なんて存在しない。今、ネットで名曲と言われてるのはいいところイントロの数小節、それっぽいメロディーが鳴ってる程度だ。」
「確かに......その通りですね。」
「ならば、タングブロックなんて面倒なことはやめて、ある程度の練習で吹ける名曲があればいい。それだけのことだ。だから俺はメジャーにこだわるんだ。」
続けてAztecは言う。
「かつてオノさんは言った。『ハーモニカの普及には次世代のブルースが必要だ。』と。だから俺はメジャーで名を売ってから、ブルースのアルバムを作る。今回のもそういう契約だから端金で吹いてやってるんだ。そうすれば若者たちは必ずノッてくる。流行りに盲目なのが若者の常だ、間違いない。」
「では最終的な目標はハーモニカの普及であると?」
「ハーモニカだけじゃない。ブルースもだ。オノさんは俺に言った。『ブルースのこれからを頼んだ。』って。だから俺は、南部もシカゴも、アメリカそのものさえも捨てる。そして日本人による、日本人のためのブルースを完成させる。」
「ブルースを日本のものにすると?」
「そうさ、お前だって分かってるんだろ。黄色人種じゃ黒人のブルースのあのリアルさには勝てないってな。」
「いえ、」
「いや、有山プロダクション社員なら分かってるはずだ。だから日本人は何十年もかけてリズムも、奏法も、音楽そのものを浄化してきたんだろう?」
「そ、そんなことは、」
「メロディーが美しければ売れる。歌詞が共感できれば売れる。見た目が良ければ売れる。若者がノれれば売れる。そうやって音楽というビジネスを単純化してきた。そして俺の計画こそがその最終段階だ。白人の連中は未だに黒人の音楽は好きでも、黒人のリアルさを嫌ってる。そして恐れている。そしてブルースは時代遅れになった。そして黒人はロックじゃ売れない。ロックは白人の土地だからな。そして黒人はヒップホップやラップに避難したんだ。違うか?」
「......」
「そして白人も、黒人も、ブルースから遠ざかってしまった。もうアメリカ人はブルースを過去のものにしようとしてるんだ。意識的にも、無意識的にも。だから俺たちが頂く。初めは笑われるかもしれない。馬鹿にされるかもしれない。それでもリアルなブルースを知る人が死に絶えれば、俺たちこそがリアルになるんだ。」
「......」
「安心しろ、有山プロダクションには稼がせてやる。生みの親の反社にも、生命革命会にもな。」
「本社には報告させてもらいます。」
「いいぜ、大きな金が動く。本社様も乗ってくれるだろうよ。」
そうして陰謀渦巻く東京の夜は深まっていくのだった。
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