かんゆう候補
「魔族と人間のハーフ。父親が吸血鬼。血統は申し分なくよい。魔力量もすばらしい。人間に理解ある優しき心。ふむ、合格です、ぜひ魔王候補になりませんか?」
「僕が嫌だからお断りするね」
お父様が探すと言っていた、怪しい人物とさっそく会ってしまった。
というか、ここはタートルさんたちとの冒険チームの拠点のなかなのだけれど、この人たち不法侵入ってことかな?
タートルさんは朝ごはんの買い出しに行ってていないし、お父様は見回りに行くと言ったばかりだ。
なので、僕は一人な訳だけれど、別段心寂しいとかは感じていない。
強がりとかではなくて、この魔族?ならゴツンと殴れば撃退できるくらい弱いからだ。
「おや、残念です。もしや、ここにお住まいの方に我々の噂を囁かれましたかな? いくら断っていただいてもよろしいですが、ワタシたちも仕事は果たさねばなりません。さて、魔王の仕事とその報酬についてお話しましょう」
「君たちの仕事? 勧誘する以外にもやることあるんだね」
「ええ、もちろん。ここにお住まいの剣士様のように、お話も聞かずに断る方が増えたもので。我々としても多少なりとも努力するように、と主に言いつけられておりまして」
「もしかして、最後の魔王候補が決まらないと君の仕事は終わりにすら向かわないのかな」
「おっしゃる通りでございます。このままでは王の座はいつまで経っても空のまま。ワタクシや魔族全体のことを哀れに思っていただけるなら、ぜひ我が主からの伝言を聞いていただきたいのですが」
たぶん、これは生き物じゃないんだろう。
主と呼ばれる魔族の使役する、使い魔や人造生命の類だ。
それか、元は生きていたけれど、もうそうでない者たちの集合か。
とにかく、僕が相手をしてあげる道理はないのだけれど、この烏に似た真っ黒な鳥が入ってきてから、時計の針は進んでいない。
こいつをどうにかしないことには、タートルさんやお父様に再会することも叶わないのだろう。
そう思えば、悲しみよりも怒りがひらめいた。
「君の主は君には優しくないの」
「ええとても。主の声を聞くだけで恐ろしくて体が寒くてたまらない。我らの前の記憶がそうするのだとしても、あの方はやはり素晴らしい君主であった」
「引退した魔王が次の魔王候補を選ぶのは公平性のため?」
「あるいは仇討ちでしょう。間違いなく我らへの嫌がらせです。邪魔してきた者たちへ鬱憤を晴らすのに、これほどよい機会もありませぬ。真に忠臣であるならばこの候補こそを支えるべきなのです。指針石というやつですよ、一種のね。若き魔族よ、こういった試しはお嫌いですか」
「生前の言葉を模倣してしゃべるゴーレムに興味はないよ」
「なんと手厳しい。王とはかくあるべきだ。清さもあり、濁りもある。長く生きてきた貴方であるからこそ今は疎ましい。親しくもない者を亡くして泣くあなた様の姿は滑稽でございました。忘れてしまいましょう、あなたの手から去った醜い小鳥など」
前の魔王はずいぶんと長い治世を行ったのだろう。
慕われていたようだし、憎まれてもいた。
けれどそんなのは、生きていれば当たり前のことなんだ。
自分が死に追いやった魔族たちの霊魂を集めて、次世代の魔王候補の前に降り立って、魂は彼に言っただろう言葉を延々と垂れ流す。
「あのね、前の魔王様。僕はあなたのことなんか一つも知らないけれど。僕はあなたのことも、この使者のことも大嫌い。返事はいらないよ、聞く気もないから」
「……」
「僕は魔王になんてならない。僕が欲しいものはすべてここにある。だから、ここから立ち去れ。僕と僕の大切な人の前に二度と現れないで」
「……いまはその言葉に従いましょう」
この言葉だけは、本当な気がした。
今、僕はこの使者を操る人とリアルタイムで話している。
でも、この使者が、僕たちの前に現れないのがいまだけなんて嫌だ。
ずっと、ずっと続く日常が僕はずっと欲しかったんだから。
次の魔王も、その次の魔王も、僕たちには一切関わらないでほしい。
そう思い、ぐっと拳を握りしめる。
僕はいま痩せっぽっちの子供の魔族だけれど、できるだけ強く見えるように胸を張って。
「54代目魔王のレイディウスさん、僕はね、僕とお父様とタートルさんの前に二度と現れるなと言ったんだよ。君の命で呪いをかけたいくらいだ。かけないけど。だから、僕の言葉に首肯してここから消えて」
「……ッ」
鳥の羽がバサバサと散らかる。
死霊のわめき声が聞こえる。
そんな、哀れに思わないのですかと涙ながらに訴えている。
男性でもあり女性でもあり、騒がしい町中にずっといるような声が、耳の底にまで残る。
「うるさいよ。君たちが僕たちを哀れに思うのは勝手だけど、僕が哀れに思ったとて、死んだ君たちにはなんにもしてあげない」
ギャッと言う大勢の声が聞こえて、ふいに部屋が急に明るくなった。
時計の針がこちこち動く。
戻ってきた、のかな?
床には黒い羽がいくつも落ちていたけれど、使者の姿はどこにもなかった。
無力に嘆くもういない魔族たちの声もない。
消えたようだ。
床に散らばる黒い羽はみんな燃やして、どこかの海に転移で捨てた。
この羽には何の力もないと思うけれど、帰ってきたタートルさんやお父様がこれを見るのは、なぜだかとても嫌な気分だった。
「シルスー! そっちに変なの行かなかったかー!?」
「お父様、おかえり。もういなくなったよ」
「あれをやっつけたのか? まったくおまえときたらほんとうにすごい子だな! 大きくて黒い、変なことをしゃべる鳥が来て大変だったろうに」
「おい、シルス無事か!? くそ、俺たちが留守にしてたあいだに魔王候補のあれが来たのか……変な羽は捨てたか?」
「タートルさんもおかえり。羽は燃やしてどこかの海に捨てたよ。おなか、へったな」
「よし、えらいぞ。そうか、腹減ってるよな、いますぐ作る」
動き出した時のなかで僕たちは生きる。
哀れんで助けられるのは生きている者だけだと思う。
僕たちは朝ごはんを食べながら、魔族号外「魔王候補選定術式、暴走!?前任魔王は無事」というニュースをのんびり見るのであった。




