ゆめみる瞳孔
朝起きたら夢だった。
ということはなかった。
なんならタートルさんが僕のことぎゅっと抱きしめて寝てた。
目元が赤いから、夢だったらどうしよう、と怖がっていたのは僕だけではないのかもしれない。
「朝だぞ、タートル。それともご飯は私が作っていいのか?」
「う、悪い。起きる……」
寝ぼけた声のタートルさんが答える。
タートルさんは僕をじっと見つめ、頭を二回撫でると部屋を出ていった。
そんなタートルさんをお父様は柔らかく見守っていて、そのまま僕の手を引いてベッドを椅子にして一緒に座る。
手の甲が何度も撫でられてくすぐったい。
怖いものなしに見えるお父様も何か思うところがあったのだろう。
飯できたぞ、と呼ぶタートルさんの声はいつも通りで、なんだかあの日の延長線上がここにあるみたいだ。
ご飯を食べて、家族のように団欒する。
「朝食当番はタートルさんなの?」
「おっと待ってくれ、私はメシマズではないからな? 私だってご飯くらい作れるんだぞ」
「ジェズが作ると腹がふくれればいいんだろっていうような、炭水化物の塊だの、でっかい肉だの買ってくるんだ。シルスはこれから成長期だし、まずは消化にいいものを作ってやらないと」
「うっ、確かに……肉オンリーサンドではシルスのお腹にはよくないな。シルスには好きなだけご飯を食べてほしいが、元気でいてほしくもある」
そんな長いこと絶食してた人じゃないんだから。
パンぐらい食べられるよ。たぶん。
まぁ、心配してくれるのは嬉しいのでニコニコしておこう。
食事のあと服を着て、今日はギルドへの登録と武器を買うぞと言われた。
服はどう考えても昨日買ったのじゃなかったのだけれど、お父様やタートルさんなら僕の身体にぴったりの服を買ってこれても別に不思議ではない。
「武器?」
「そうだ。シルスは魔法と殴りとどっちが得意だ?」
「その二択なら魔法かなぁ」
「これは内緒なんだが、人間の魔法使いは杖や指輪のような魔導媒体がないと魔法のコントロールが難しいらしい」
「武器を持った人間の魔法使いの真似っこをするってこと?」
「だいたいそんな感じだ。どうしてか分らんが、魔族であっても明確に武器持ってるほうが御せそうに見えて安心するんだそうだ」
「タートルさんは武器もってないように見えるけど……」
「俺はそもそも魔族としてそんなに強そうに見えないし、実際強くないからな。あと、人間のあいだでも武器がなくても戦えるような戦士は一定の需要があるんだそうだ」
なるほど。
普通の冒険者が武器持ち必須であれば、武装解除の魔法など使われてもいくらか対応できるという判断か。
あるいは、武器持ちの冒険者が暴れたときに、どこでも取り押さえられるという利点があるからかもしれない。
ま、タートルさんが疑われなきゃそれでいいや。
「シルスは魔法使いタイプだと思ってたから、杖かな? メイスもあるけど、あれは重いからなぁ」
「もう少し都会に行けば、結晶石の指輪が媒体として売ってるんだが……ここは良くも悪くも田舎だからな」
「うん、杖がいいな。僕が持てるならなんでも大丈夫」
「気を使わせて悪いな。その辺はあとで変更が効くし、登録してしまえばある程度は融通が利くんだ」
「融通が利くの?」
「ジェズみたいに剣が得物のやつは、戦いの最中に武器が壊れることもあるだろ。代わりにその場にあったものを使った……という体にして、登録していた形状の武器じゃないものを使っていても咎められない抜け道があるんだってよ」
「人間ってずる賢いなあ」
俺もそう思うよ、とタートルさんが言う。
鍛冶屋さんで魔法の杖を見繕って、てくてくギルドに向かう。
その途中、昨日カツアゲ……親切にもお金をくれた人が案内してくれた裏道が見えた。
今日の僕には誰も声をかけてこないね。
「どうした?」
「あ、あのね。昨日魔法を使っちゃったんだけど大丈夫かなって」
「そこの裏道の先でか? 相手はどんなやつだ」
「ええっと、眼球愛好家と小児愛好家?」
「なんだその変態共は……そんな相手なら大丈夫だろう。万が一、組織的な犯行でも人間の後ろ盾なんぞ、魔族には関係ないからな」
「シルス、無事にギルド登録できたら、その変質者のことも告げ口してしまおう。ギルドは正義の味方だからな。変態の相手などお手の物さ」
変態の相手に慣れているかどうかはともかく、人間の味方であるギルドに連絡できるのは強みだろう。
ギルドの受付のお姉さんに、お父様たちの冒険者チームに入ると伝えた。
僕がお父様やタートルさんがずっと探していた人だと聞いて、お姉さんは完全に魂の抜けた息を吐く。
この二人はいったい何をしたんだ。
それで、変質者のことも伝えたのだけれど……。
「それは悪質ですね……。二人の人相や、言ってきた言葉は覚えていますか?」
「ええっと……、あれ? あそこにいる二人がちょうどそうだよ」
その変質者は、ギルドで依頼板を見ていた。
驚いたな、あんなに弱くて冒険者が成り立つなんて。
「うちのギルドの者がとんだご迷惑を……。ムレイ、アロン! ちょっとこっちに来てください」
「ド叱られる声をしているけれど、ここで逃げたらもっとド叱られるから行くぜ! あっ、君は昨日の……」
「オレはお天道さんに顔向けできないことはやってないぜ。あっ、昨日のカツアゲ犯! 受付嬢の姉貴、昨日の報告の魔族はコイツだ……ヒッ」
僕の後ろで、お父様とタートルさんがどえらい顔をしてるんだろうな。
純粋な好意と純粋な恐怖で顔を赤くした昨日の、どうやら本当に親切だったらしい人たちは、受付のお姉さんからの説明に慌てふためく。
「いやいやいや違うって! なんで!? おめめ褒めただけじゃん! このドアホと一緒にしないで!?」
「イイコトしたかったんだもん……かわいい子に声かけないなんて、男としてすたるってもんだろ」
「実際になんと声をかけたのですか?」
「ええと、『君、珍しい瞳だね』だったかな」
「『君、かわいい顔してるね。僕とイイコトしようよ』だぜ」
うん、一言一句合っている。
受付のお姉さんと、お父様と、タートルさんは渋い顔をしている。
ついでに、依頼板の近くにいた他の冒険者さんも、なんだかひきつった顔になってソロリと距離を取る。
「誰がなんと言おうがギルティしか感じられない発言だな」
「私たちはシルスを大事に思うあまり少々過激な発言をするが、それを差し引いても犯罪臭しかしないような言い方だぞ」
「あなたがたの代わりに弁護するつもりはほとんどありませんでしたが、フォローする気も失せました。それは女性や子どもにとってはとても怖い言葉ですよ。シルスさん、よく無事でギルドまで来られましたね。えらいですよ」
「総スカンじゃん!? なんで!?」
「えっいつもより丁寧な言葉を心がけたのに!?」
親切で、善良なおじさんたちがわめく。
が、建物内のより善良そうな人が「バカ、丁寧に言えばいいってもんじゃねぇぞ」だの「丁寧に言って胡散臭さが増してどうする」だの言えば、しゅんと大人しくなった。
静かになったお部屋の中で、僕は言う。
ちゃんと言わないと伝わらないって、僕は知ってるから。
「僕は、珍しい色の目玉をえぐられて売りに出されると思ったんだ。こんな痩せこけてガリガリの訳ありそうな子どもに声をかけてくるのは、まっとうな人物ではないと思っていたから。そっちの人も、僕が保護者なしで歩いているのをいいことに、自分が散々楽しんだあとにそういうところに売り飛ばすつもりなんだって。そう思ったの」
「魔族の発想コワイ!」
「いやでも正論だろ……いくら見た目が美少女だからって初対面で言っていい言葉じゃない」
「まぁ、これに懲りたら、初対面の魔族には目を褒めないほうがいいぞ。十中八九死ぬからな」
「昔学校で習ったよなー、魔族ドリーム。魔族の目を加工すると宝石になるって噂があって、どっかの国が魔族狩りしたやつ。もうその国はないけど」
「なにそれコワ……。第一、目がどう宝石になると言うんだ」
そんなことあったんだ、僕は知らなかったな。
タートルさんを見上げれば、お父様が何もかも心得た様子で話し出す。
「一部の魔族と、ある感染症にかかった人間の目に特殊な加工をすることで、鉱石化するケースはある。確かに魔族の歴史上においても、人間の国から狩りをされた記録はあるが、魔族の死傷者はないと聞いているな。もし記録に漏れた魔族がいたとしても……加工できないんだから、腐った目玉しか採取できなかったんじゃないか?」
「ついでに補足しておくと、病を患った人間のほうが簡単に加工条件を満たすようになっている。というのも、その鉱物こと魔瞳石は当時の魔族にとっての嗜好品にあたる。加工技術を持つ魔族は安定して収穫できるように、人間を品種改良して飼っていたなんて噂もあったな。今時アレを食うやつはいないと思うが……、もしかしたら人間の国に現存する魔瞳石はもとは同じ人間かもしれないな」
「ほんとうに魔族ってばコワイ!」
「魔族ってばホント、ドリームからかけ離れてるな……」
「当然だろ。なんでかわいくてマジカルなゆめかわ存在として認識してんの?」
「いや、ゆめかわとまでは言ってないですけど……ってかゆめかわって何」
「エーン、ボク、人間も魔族も怖いです。寝られなくなったので、添い寝してください」
「このオレでよければ……」
「ゴリマッチョはいやだ! 受付ちゃんがいい!」
「誰と添い寝してほしいかちゃんと言わないから……」
まあ、酒の席?の与太話ということで、有耶無耶になった。
冒険者の人たちってば、ノリいいなぁ。
カツアゲした冒険者さんには半額お金を返す。
無事ギルド登録できたし、タートルさんたちにも会えたので使ってない残りは全部返してもよかったのだけれど、受付のお姉さん曰く慰謝料なのだそう。
言葉でも謝罪はもらったけれど、そういうことならありがたく受け取っておこう。
実際の冒険は僕のまた明日からと、タートルさんは言った。
甘やかし過ぎじゃないかと思ったけれど、お父様はまだ決まらぬ魔王候補のことが心配のようだ。
「さっさと見つけて、こっちからならないと宣言してやるのが一番楽だからな。明日は候補共の使者を探そう」
「この辺にはいない気もするが……。ま、明日探していなけりゃ一旦無視してもいいか」
「うん、わかった。ねぇ、さっきの話だけど、どこまで本当だったの?」
「魔瞳石の話か? あれはなー、元はモノアイ系の魔族の話なんだ。鉄製の剣でぶっ倒すと魔石を落とすだろ。それが人間のなかで変に噂になって、存在しないものが作られたんだ。だから、私たちの瞳が宝石になったり鉱物になったりはしないぞ」
「俺が言ったのは、魔族狩りをした人間の末路だな。魔族側としてはとんでもない噂を流されて迷惑した訳だし、噂の収束も図りたかった。ないものをないと証明するのは難しかったから、あることにしたんだ」
「ふぅん、嗜好品にしてる魔族なんていなくて、飼われていた人たちはみな狩りをしてた人だったのかな。幻覚作用のある魔法か、ほんとうに姿形を変えてしまう魔法か分からないけれど、えげつないなぁ」
ニコリとタートルが笑う。
お父様も悪い笑みをして、口元に指を当てて内緒だぞと言う。
お父様はその魔族の末裔に会ったことがあるのだという。
家族を殺されそうになったその魔族は、その人間を組み替えて、切り落とした肉塊が宝石になるような儀式を執り行ったのだという。
けれど、そんな魔法は魔族であっても許されるものではなかった。
おまけに、魔法の設定が甘くて、狩りに反対した人間や魔族の家族たちまでが対象になってしまっていた。
当時の魔王はこの事態を重く見て、人間たちが条件を満たさぬように国を解体し、やらかした魔族には迷惑をかけた魔族を生涯養うことを言い渡した。
そんな魔法は今、3000年の時を経て、やっと対象者が1人になったらしい。
「彼は、自分が子どもを残さなければこんな魔法ともおさらばだと、晴れ晴れしく笑っていたよ。でもあの一族はなんでか……、最後の一人になると急に好みの相手が現れて存続するんだよな……こっちのほうがよっぽどやばい呪いだと思う」
「俺は学習の一環で、魔瞳石の粉を口にしたことがあるが……ほんとうにまずい。元は内臓な訳だし、そのままの味というか、普通に血なまぐさいというか。シルスが知らなくて逆によかったと思う」
「まぁ、そんな訳で、魔族は瞳を褒められたり宝石に例えられたりするといやーな気分になるんだよなぁ。魔瞳石の味知ってるやつはなおさらな……」
「俺が言ったのもよく知られてる魔族の噂話だから、人間側が話しても適当に話を合わせる魔族が多いと思う。そもそも人間と対等に話す魔族が珍しいが……」
えーと。総括すると……。
「僕の対応は魔族的にオールオッケーってことかな?」
「優しすぎるくらいだな」
「これ以上優しいと魔族から怒られるくらい優しい」
「は?の一言で相手の首を斬っても、人間が悪いことになるくらい魔族の逆鱗」
「それ思うとあの男は命拾いしてるな……」
うんうんと頷き合う二人を見て。
魔族って意外と……魔法と暮らしてる割りにはロマンと程遠い生き物だね。




