第1話「取り残された青年」
田主丸の空は、いつもより広く見えた。
高校を卒業して二年。遊太は、コンビニの制服のまま自転車を漕ぎながら、胸の奥にずしりとした空虚さを抱えていた。
同級生たちはみんな都会へ出て行った。大学に進学した者も、専門学校に進んだ者も、あるいは就職した者も。それぞれの場所で新しい生活を始めている。
SNSに流れてくる写真は、眩しいものばかりだ。都会の夜景、大学のサークル仲間、職場の飲み会。どれも遊太にとっては、手の届かない遠い景色だった。
自分はといえば、地元のコンビニで夜勤アルバイトを続ける日々。父は単身赴任、母は介護施設で働き詰め。地元に残る理由は「なんとなく」でしかなかった。
――俺には、何があるんやろうな。
そんな気持ちのまま、自転車を漕ぎながら、ふと祖父母の家の前で足を止めた。
数年前に亡くなってから、誰も住まなくなった空き家。軒先の瓦はずれ、庭には雑草が伸び放題。窓ガラスは曇り、まるで時間が止まってしまったようだった。
「……ボロボロやな」
つぶやきながら玄関を押すと、ギィ、と鈍い音を立てて開いた。ほこりの匂いが鼻をつく。
畳は色あせ、仏壇の前には古びた座布団が積まれたまま。だが、遊太の目に映ったのは荒れ果てた姿ではなく、妙な「可能性」だった。
――ここ、秘密基地にできるんやないか。
その瞬間、胸が少しだけ熱くなった。子どもの頃、友達と段ボールで作った秘密基地を思い出す。大人になった今、本物の家を「基地」にすることだってできる。
遊太の脳裏に浮かんだのは、ゲームの画面だった。都会のeスポーツチームや配信者の映像を見て憧れていた自分。だけど、自分には場も仲間もないと思い込んでいた。
「……ここやったら、できるかもしれん」
そうつぶやいた時、背後から声がした。
「何しよると?」
振り返ると、幼馴染の遥が立っていた。彼女も地元に残った数少ない同級生の一人で、今は農家を手伝いながら暮らしている。
「いや、ちょっと思いついてさ。この空き家、ゲーミングハウスにしたら面白そうやなって」
「ゲーミング……? なんね、それ」
遥はぽかんとした顔をしたが、遊太が夢中で説明すると、少しずつ目が輝き始めた。
「なんか、楽しそうやん! 私もスマホゲームしかせんけど、やってみたい!」
その夜、遊太は昔のゲーマー仲間にメッセージを送った。
――空き家を改造して、みんなでゲーミングハウス作らん?
返事は意外なほど早く、しかも前向きだった。
「マジで? 古民家配信とかウケるやろ」
「田舎からでも世界狙えるやん」
読みながら、胸が高鳴った。
都会に行かなくても、ここにしかない夢を作れるかもしれない。取り残されたと思っていた自分にだって、まだやれることがある。
埃っぽい畳の上に腰を下ろし、遊太は天井を見上げた。
――ここから始めよう。俺たちの居場所を。
暗い空き家の中に、かすかに未来の光が差し込んだ気がした。