5.里山ノボレ
それから数十分後――。
徐々に暮れゆく夕日を受け、標高三百メートル程度の里山の中腹を登るランドセルを背負った二人の姿があった。
秋の間に降り積もった落葉樹の枯葉の下から、匂い立つような下生えの緑が繁っている。里山に作業用の道はあっても、遊歩道のように整備されているわけではない。由美はもう、何度湿った枯葉に足を取られたかしれなかった。
「やだよー、もう帰ろうよぅ」
「もうちょっとだけ、行ってみようぜ」
「もしあたし達が道に迷って家に帰らなかったら、駐在さんとか青年団――青年じゃないけど――の人達が総出で山狩りとかすることになるかもだし、迷惑だよー」
「でも、どうしても見てみてぇんだ」
「もぉー」
由美のキャラクターが変わるほどの懇願も、完全に無視された。
健太に左手首を強く握られているので、逃げ出そうにも逃げ出せない。それに、由美もひとりで家まで帰ることが少し恐かったこともあった。
――ひょっとして、健太もひとりで里山に登るのが、心細かったりして?
ちなみに、ふたりともキッズ携帯のたぐいは持たされていない。
当時はまだ普及率がそれほど高くなかったし、田舎過ぎてアンテナが少なかったこともあり、あまりあてに出来なかったのだ。
「気球の残骸なんか拾ってどうするの? 仮に隕石だとしたって、山の持ち主が所有権を主張するだろうから、絶対にアンタのものにはならないんだよ?」
「そういう問題じゃねぇんだ……」
健太は何かを言い掛けるように口を開いたが、結局何も言わなかった。
「だったら、アンタひとりで海でも山でも好きな場所に行けばいいじゃないっ!」
健太を諦めさせるため、由美はあえて逆ギレしてみる。
「あたし、ひとりでも帰る。ほら、段々暗くなってきちゃったよっ!」
「駄目だ。お前ひとりで帰したりしたら、あとで俺がかーちゃんに怒られる」
俺が、かーちゃんに、怒られるから。
その言葉に何の間違いもなかったが、なぜか由美の眉間に一瞬だけ皺が寄った。
そして由美の声を荒げた語調も、急勾配の上り坂では息が切れて長くは続けられなかった。なぜなのか、心臓がぎゅーっと握り潰されるように痛むのは、きっとこの過重労働のせいに違いないと、由美は思った。
さらにイヤイヤ登り続けること数十分。
頭上に生茂った新緑のせいで傾いた日も差し込みにくく、視界はますます悪くなるばかり……のはずだったが、山頂付近に近付くにつれ、なぜだか薄ぼんやりと明るくなってくるようだ。由美は思わず目を瞬かせる。
「……山火事が発生したとか?」
確かに、山頂に近付くにつれ何かが焦げるような臭いが漂ってはくるが、山肌を一瞬で舐め取る野火が燃え広がっているようには思えない。健太は由美の戸惑いを気にした様子もなく、むしろそれを目指して登っていく。
「ねぇ、健太。なんか辺りの様子が、おかしいよ」
まるでとり憑かれたように歩みを速める健太の手が、由美の左手首に食い込む。
そして、ほとんど引き摺られ掛けていた由美が辺りの植物相が微妙に変化したように感じた頃、健太はようやく足を止めた。
どうやら山頂に辿り着いたらしい。
(↓続きます)




