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決行

 『今日の放課後駅前に集合です!』


 あれから一週間後、そんなメッセージが花園さんから届いた。

ようやく来たかと、俺は手早に『了解』と返信する。

あの時から今日までの間、俺はどう立ち回ればいいのかをずっと考えていた。

というのは、このままでは花園さんが陽キャグループに馴染めない可能性が高いからだ。彼女は助言のみでいいと言っていたが、誰かのサポート無しであの三人と友達になるのはまず不可能だろう。

俺では力不足だろうが、いないよりはいささかマシだ。そう思って何か動けないかと思案していたのだが――


「……何も思いつかん」


問題文が与えられても解けるかどうかはまた別の話。

長時間の思考も虚しく、俺は無策で今日という日を迎えることになった。


放課後になり、俺は大学の最寄り駅へと向かう。目的地は市外にある繁華街だそうで、あの写真の背景となっていた場所だ。

普段ならこの灼熱の暑さに重い気分になっているところだが、今日は足取りがいつもより数段軽く感じられる。

実はというと、俺は放課後が来るのを密かに楽しみにしていたのだ。

普段は、繫華街など一人で行ったらカップルの群れにやられると思って足を運ぶことがない。

でも、内心はずっと興味があった。日を問わず人気を集めるスポットがどのようなものなのか、ずっと気になっていたのだ。

だから、こういう機会は俺にとって貴重だった。


(この際に目一杯楽しまなければ)


店を回るならやっぱり飯が優先か、それとも大規模な本屋を周るか。はたまた俺の気を引く別の何かがあるのか。

色んなプランを妄想し、一人でにやつく。

きっと周りから避けられるような顔になっていると思うが、そんな事はどうだっていい。このプランを練っている時間そのものが至福の時間なのだ。


そうこうしているうちに、だんだん駅が近づいてきた。

着いた時にはすでに花園さんが待っていて、十分早く来たのに『遅いです』と怒られてしまった。なんて理不尽だろうか。

合流した後は電車で二十分ほど揺られて市外へ。週末だからか、満員とまではいかずとも、座席が常に埋まるくらいには人で溢れていた。

暑苦しくて早くも体力が持っていかれそうになるが、一方の花園さんは高揚感の方が勝っているようだった。周りを見てにやけながらずっとそわそわしている。

変質者っぽい行動が気持ち悪いが、言うと可哀そうなのでそっとしておく。

目的の駅で降りると、爆発したように一気に人の数が増した。

それなりの覚悟はしていたが、やはりここは商業都市。人混みが苦手な俺には少々キツイ外出になりそうだ。

人酔いを起こしそうになりながらも喧噪をかき分けていくと、数分くらいして、ついに繫華街の入り口が姿を現した。

空に大きな存在感を放つ看板のアーチと、その向こうに見える数々の店。アーティストのライブのような人の集まり様で、訪れているのは比較的若い層が多いだろうか。


「おお……」


目の前にある娯楽の宝庫に、思わず感嘆の声が漏れる。しかし、それは隣の彼女も同じみたいだった。


「わぁ……やっぱりすごいですね」


「ああ、マジでな。これ一日で楽しみきれるのか?」


「とてもじゃないですけど無理ですね。そもそも奥の方の店までたどり着けるかも怪しいです」


こんなことなら目当ての店をいくつかピックアップしておけば良かった、と少し後悔する。やることが多すぎて、逆に迷子状態になってしまいそうだ。


「早速だけどどうする? 俺はお腹減ってきたし、何か軽いものでも食べたい。それか花園さんが気になる店があるならそっち回ってもいいけど」


「どっちも魅力的ですけど、目的を忘れないでくださいね? 今日はあの写真の人たちに会うために来たんですから」


ほぼ決まりかけていた俺の案を、花園さんがぴしゃりと制した。

おっとそうか、完全に忘れていた。あまりの非日常感に、危うくただ遊びに来ただけの人になるところだった。


「ああ、ごめん。まあ飯は適当に買えばいいか。でもどうする? 会うっていってもこの人混みでそう簡単に見つかるとは思えないけど」


「えぇ……あなたは本当に周りを見てないんですね。もう見つけてます。ほら、あそこを見てください」


そう言ってピッとさされた指の先をたどると、何やら多くのギャラリーが集まっている。

あまりの人数に初めは人気店に人が集まっているだけなのではないかと思ったが、大衆から聞こえる数々の会話に、それはすぐにかき消された。


「なあ、あの子見ろよ。めっちゃ可愛い。俺声かけようかな」

「バカ、やめとけ。明らかレベルが違いすぎんだろ」


「ねえ、あの子どこかで見なかった?」

「あっ、見たことある! 確か今SNSで密かに人気の――」


「うわ、芸能人だ。写真撮ってもらえるかなぁ?」

「別に超がつくほどじゃないし、写真くらい良いんじゃない?」


確かにいる。注目を集めているのは紛れもなくあの写真の三人で、道行く人を惹きつけながら、楽しそうに会話をしていた。


「やっば……」


流行りの飯屋よりも遥かに集客力があると思わせるその容姿に、俺は口を開けて見ることしかできなかった。

 横並びになった右側を歩いているのは、常盤色の髪をショートに揃え、キリッとした目元が印象深い女子。可愛いより美形という語が似合うその顔立ちと、キャップにタイダイ染めのTシャツ、デニムといった服装がクール系のイメージを際立たせ、少々近づきがたい雰囲気を纏っていた。

 一方、左側では別の女の子が朗らかに笑っている。ハーフアップでまとめられた淡褐色の髪を揺らし、口に手を添えて微笑む姿は上品さを兼ね備えていた。空色のブラウスと白のスカートが先ほどのクール女子とは真逆のイメージを作り出し、ほんわかとしつつも『大人の女性』といったイメージを抱かせる。

 そして、特に目立っているのは二人の真ん中にいる会話の中心らしき人物だ。三人の中でも一番身長が高く、スラっとしたシルエットに沿うように艶のある綺麗な黒髪が背中の真ん中辺りまで伸びている。その凛とした佇まいと整った顔立ちからお堅いイメージを抱くが、それとは裏腹に表情はあどけない笑みを浮かべていて、そのギャップに心が揺らぎそうになる。

一番目立たない格好をしているはずなのに、何故か一番目を惹かれるのが彼女だった。


「……おいおい、改めて見ても別格の容姿だな。写真より実物の方がレベル上がってるのはどういうことだ? バグかなんか?」


「そりゃそうですよ。特に真ん中の子はモデルをしていますから、容姿への努力は並大抵のものではないです。当然その友達も似通ったレベルになりますし、あそこだけ空気感が違うのも頷けますね」


「マジかよ、だからあんなに人だかりができてるのか。……って何どや顔で語ってんだよ、花園さんは今からあれに加わろうとしてるんだぞ? 枯れ葉が大木に特攻する気分なんだが」


「……ここは応援の言葉をかけるべきじゃないですかね? それに、私を貶すなら貶すでもう少し上手い例えでやって欲しいです」


スッと冷たい目線を刺してくる花園さんを隅に置き、再び彼女らに目を向ける。

多くの人の視線に囲まれているからか、クールな子は若干居心地悪そうな様子だ。

だが、他の二人は一切そんな素振りを見せない。

特にモデルの子はこういったことには慣れているようで、まるで何事もないかのように話し続けている。その堂々とした振る舞いにはさすがに感心させられた。


 「ちなみにモデルが『月代星夏(つきしろせな)』、聖母みたいな微笑みをしているのが『更科優香(さらしなゆうか)』、緑髪でクール系なのが『寒崎歩夢(かんざきあゆむ)』という名前なので覚えておいてください」


 「了解。しかし、よく名前まで調べられたな。それも会話から盗んだ情報か?」


 「まあ合ってますけど、これは私でなくても得られる情報だと思います。特にうちの大学では常識みたいになってますから」


 「常識? どういうことだ?」


 「あの三人はうちの大学の生徒です。私たちが入学した時から、奇跡のように美形な人がいるって学内で噂になってました。入学したてからずっと三人でいたので、当時は三姉妹や幼馴染とか言われてましたけど、実際は生まれも育ちも別々だったみたいです」


 「マジかよ……って今日俺は何回この言葉を口にすればいいんだ」

 

全く気づかなかった。

友達がいないといえど、俺も一応うちの大学の生徒だ。それくらい大きなことなら知っていてもいいはず。

まさかこんなに自分の情報網が小さいなんて……ちょっと驚きだ。


「ということで、別に盗聴した訳ではないので、その怪訝そうな目を止めてくださいね?」


「ああ、ごめん。それで、どうやって話しかけるつもりだ? あの人だかりじゃ話しかけても悪目立ちするぞ」


「……まずは一旦様子を見ましょう。あっ、ほら、ちょうどあの三人が店に入るみたいですし、せっかく来たんですから私たちも楽しみながら行きましょうか」


そう言うと、花園さんは店に向かってすたすたと歩きだす。

しかし、どこか様子がおかしい。笑顔こそ作れているものの、瞬きが多くなり、表情も固いように見える。歩いてゆくその足取りもぎこちない。

だが、その理由は少し考えれば分かることだった。


「……まあそうだよな」


俺は軽く息をつくと、実物を前にして勇気が欠けた彼女の後ろ姿を追いかけた。


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