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衝撃

 思えば、変化の兆しは少し前から感じていた。


 時は二十分ほど前に遡る。

 少しの会話で緊張がほぐれた俺たちの話は、他愛のない雑談へと移っていった。

 出身や趣味、学生生活の思い出――そんな話をする内に、俺と彼女の間には意外にも多くの共通点があることが分かってきた。

 一人暮らしをしていること、好みの本や映画の志向など、細かいところまで似ていて驚いた。

 そこで親近感が湧いたのか、花園さんの口調は徐々に砕け、リラックスしていくのが分かった。そのことに俺は内心ホッとしたのだが、問題はその後だった。

 時間が経つにつれて彼女は流暢に話すようになり、ついにはからかうような冗談まで混ぜてくるようになった。呼び方は”君”呼びになるし、授業中には見せなかった笑みや、う余裕のある仕草さえ見せてくる。

 気がつけば、彼女に対する俺の中の人物像は完全に崩れていた。


「いや~、どうしましょう。何でも一つお願いを叶えてくれるって言うんですから、色々迷っちゃいますね!」


「……おい、俺は何も言ってないぞ。勝手に話を進め――」


 慌てて止めようとした俺を、彼女は人差し指を口元に当てて黙らせる。


「いいじゃないですか。この際一つくらい言うこと聞いてくださいよ」


 気分が高揚しているのが見て分かるくらいの笑みを浮かべる彼女に反論は無駄だと本能的に察した俺は、口を閉じてただ静かにその時を待つことにする。


「まあ実はほぼ決まってるんですけどね~」


 ……これが彼女の本当の姿なのだろう。確かに素を出せるのは良い事だし、全くおかしくはない。むしろ信頼を得ているので嬉しいことのはずだ……はずなのだが。


(結構めんどくさい事になったな……)


 今の彼女はとんでもないことを言い出しかねない。そう思うと、俺の心臓はバクバクと拍を増した。


 しばらくの沈黙を挟み、彼女は決意を固めたようにふと顔を上げた。そして俺の方へと向き直ると、一つ咳払いをする。


「決まったのか?」


 その顔に不安を煽られ、心拍を上げつつも尋ねる。


「ええ、まあ最初からほぼ決まっていたようなものですけど」


「……それで、お願いは?」


 続きを促すと、彼女は打って変わって真面目な表情になり、わずかに震わせた唇で深呼吸をする。


(そんなに大切な事なのだろうか?)


 彼女の様子から、こっちもやけに身構えてしまう。 


 そして彼女は一拍置くと、ついに口を開いた。


「…………皐月君、私の友達作りに協力してください!」


 ぎゅっと目を瞑り、ほんのり頬を赤に染めたその口からふり絞られた言葉に俺は――


「……は?」


 一瞬理解が追いつかなかった。


 あ、え? 普通こういうのって”友達になってください”じゃないのか。何だ、友達作りに協力って。そんなフレーズ自体初めて聞いたんだが。

 しかし、俺の困惑をよそに彼女は話を続ける。


「既にお気づきだと思うのですが、私には友達が一人もいないんです。一応入学した時には頑張ってみたんですけど、何故か皆私から離れていっちゃって……」


 初対面だったあの時の光景を思い出す。

 そういえば、俺達のきっかけは彼女に理由もなく見つめられていたところから始まったっけ。

 ふと感じた視線、振り返った時の彼女の顔、雰囲気。それらを頭に思い起こした俺は――


「うーん、そりゃそうじゃん?」


 思わず心の声を口にしていた。


「ええっ、酷くないですか!?」


「……あっごめん。でもほんとの事だし、言った方が花園さんのためにもなるかなって」


「今の発言でさらに何かが削られましたよ! ……もしかして、オブラートという言葉を知りませんか? そういう言葉を包むものなんですけど」


「知ってるけど、まだ使ったことはないな」


「……そうですか」


 彼女は、『はぁ』と溜息をついて呆れた顔で見てくる。

 ……いや、そんな顔されても。気を遣うなんて長らくやってこなかったから仕方ないだろ。


「まあ、皐月君らしいと言えばらしいのでいいですけど。それで続きですが、私は一回きりの大学生活を後悔なく過ごしたいんです。一人で四年間を終えるのは絶対嫌ですからね。そのために、皐月君の力を貸してもらえませんか?」


 なるほど、言いたい事は分かった。正直、面倒くさい気持ちもあるが、断っても食い下がってきそうな目をしているので潔く受けてやろう。

 ただ、俺が頼みを受けるに当たって致命的な問題がある。それを解消しなければ話は進まない。


「話は理解した。でも、具体的に俺は何をすればいいんだ? 言ってなかったが、俺もぼっちだからコミュニケーション面のサポートはできないぞ」


 そう、問題とは俺達が両方ぼっちであるということだ。例えるなら、カタツムリとナメクジが塩に立ち向かうようなものだろう。両者が組んでも一瞬で消し飛んでしまうに違いない。


「大丈夫です。その点は既に折り込み済みですので、皐月君のような人でもできそうなことをやってもらうつもりです」


「おお、なんで上から目線でこれるのか分からんが、すごいな。まるで俺の事を知ってたみたいな計画力だ」


「ええ、知っていましたよ。だって、あなた一か月前くらいに授業で怒られてたじゃないですか」


「…………えっ?」 


 会話の最中、思いもよらない発言が彼女から飛び出した。

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