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会話

「あっあの、お名前を教えてくれませんか?」


「ああ、はい。皐月誠です。五月を表す皐月に誠実の誠と書いて"さつきまこと"です」


「皐月さんですか……素敵な名前ですね」


「ありがとうございます……」


「い、いえ、こちらこそ……」


 ――会話終了。もう何回目になるだろう。そろそろしんどい。

 ひっきりなしに飛んでくる質問と、それが終わったあとの気まずい沈黙。繰り返し行われるその苦行に、精神がゴリゴリと削られる。 

 だが、俺よりも明らかにキツそうな人がすぐ隣にいた。

 横を見ると、彼女は顔をりんごのように真っ赤にして、視線を泳がせながら髪をいじっている。傍から見れば明らかに挙動不審だ。


 会話を始めて十分――俺たちの間には、地獄の空気が漂っていた。


 最初の方は順調だったのだ。俺も彼女も積極的に話してコミュニケーションを取り、意見交換をして考えをまとめていった。

 彼女はかなり優秀で、俺が雑に出した案を次々ブラッシュアップしてくれた。そのおかげで、他のグループより早く発表できるレベルの結論を出すことができたのだが。


 ――問題はその後だった。


 お互いの目的を完遂した瞬間、話す事がなくなった俺たちの間には次第によくない空気が流れ始めた。先ほどの明るい空気から一転し、そのまま流れるようにお通夜モードへ突入。そして、人が人なら退席するという選択を取りかねないまでに気まずい空間が誕生した。

 俺は多少の気まずさになら免疫があるタイプだったので、このままでも大丈夫だったのだが。


「あっ、授業はよく一人で受けられるんですか?」


「えっ?」


「あっ、すみません、失礼でしたよね。違うんです、ええと、そうだ!さっき下の名前が誠って言いましたけど由来とかあるんですか?」


「あ~どうだったかな…すみません。聞いたことはあると思うんですけど忘れちゃいました」


「いえ、そうですか…」


 彼女はモロにダメージをくらっていた。その雰囲気の落差に耐えられなかったらしく、さっきから俺への質問が止まらない。

 そうすることで沈黙を埋めようとしているのだろうが、内容がどうにも唐突で、毎回テンポが途切れてしまう。その結果、会話が一問一答の面接形式になっていた。

 彼女は顔を真っ赤にして額に汗をかいている。頑張りはひしひしと伝わってくるが、それがかえって気まずさを加速させていることに本人は気づいていないようだった。


 このままではこっちまで深手を食らってしまうと判断した俺は無視でもして強制的に黙らせようと思ったのだが、それはさすがに酷なので仕方なく助け舟を出すことにした。


「えっとー、たぶん同い年ですよね? もしそうなら敬語取ってもいいですか?」


「あ、大丈夫です。一年生ですから」


「おっけー、分かった。そういえばそっちの名前まだ聞いてなかったな。なんていうの?」


「あっ、花園華音っていいます。花の園に華麗な音って書いて、"はなぞのかのん"です」


「へぇ~、綺麗な名前だね。なんかピアノとかやってそうな感じ。それにしてもびっくりしたよ。気づいたらずっと見られてたから」


「す、すみませんでした。本当は私から話しかけたかったんですけど、勇気が出なくて。普通あんなことされたら怖いですよね……」


「いや、全然だよ。確かに最初は"何考えてんだ"って思ったけど、こうして話してみたらすごく良い人そうだなって思ったし」


「ほ、本当ですか!? そんなこと初めて言われました……。ちなみにどんな所が良いと思ったか聞いてもいいですか?」


「あっ……んーとね……あのー……なんか話しやすくて良いよね……なんか、すごく柔和な感じでさ……」


「……あのー、あまり気を遣っていただかなくても大丈夫ですよ? 自分に"良いところ"がないのは私が一番分かってますから……。だから、頑張っても友達が全然できないんです。こんなに会話が下手な人、誰も興味持ってくれないですよね……」


「……」


 あかん、やってもうた。相手をフォローするためとはいえ、褒め方が適当すぎた。まさかこの手の会話で具体的に聞いてくる人がいたなんて。普通こういうのはお世辞と分かりつつありがたく受け取るものではないのか。

 くっそ……人と会話をしてこなかったツケがこんなところで回ってくるとは。


 見るからに元気をなくして陰のオーラを纏い始める彼女。ジメジメという擬音が聞こえてきそうなその姿は、例えるならコケ植物のようだ。

 非常にまずい。何か、何か言葉をかけなければ。

 突然のアクシデントに動揺した俺は、何かないかと頭をフル回転させた結果――


「ま、まぁほら、今は魅力なくてもさ……いつか誰かがちゃんと良いところを見つけてくれるよ。絶対。だから、それまで諦めずに頑張ろう!」


「……」


 ……うん、もう黙った方がいいか。

 陰のオーラをさらに濃くして、ついには俯いてしまう彼女。

 その顔は泣く一歩手前まできているかのように見える。どうやら俺はトドメの一撃を食らわせてしまったらしい。


 さらに――


「そろそろ皆考えれたかー。じゃあそこのグループから順番に発表していってー」


 ちょうどグループワークが終了し、最悪なタイミングで会話は打ち切られてしまった。

 


 授業終わりのチャイムが鳴り、教室内がざわつき始める。学生たちは次の授業に向けて、それぞれの教室へと移動し始めた。


 俺はというと、二限目に授業が入っていないので、このまま図書館に行って次の授業までの暇を潰すつもりだ。毎度のことながら、この空白の時間はしんどい。だが、本のおかげでなんとか耐えることができている。


「じゃあ花園さん、その、色々とごめん。じゃあね」


 ――結局、慰めるどころかボコボコにしてしまった俺は、彼女の傷には足りないであろう謝罪を一つ述べて席を立った。

 彼女は明らかにヘコんでおり、まるで電源の切られたロボットのようになっていた。


 本当はもっと気の利いた言葉をかけてあげたい。しかし、今の俺では経験値の少なさ故に余計心を抉りかねないので、心苦しくも立ち去ることを選択する。


(本当ごめん。強く生きてくれ)


 心の中で謝罪をし、そっとエールを送る。

 そして彼女に背を向け、歩き出そうとした――


 ……が、それは叶わなかった。


 何事かと一瞬戸惑い、違和感を感じたところを見ると――


 花園さんが俺の左手首を掴んでいた。雪のように白くて小さなその手には思いのほか強い力がこもっている。


「……えっ?」


 驚いて声を漏らした俺に、彼女は小さな声で言った。


「ま、待ってください。このまま、立ち去るつもり……ですか……?」


 その瞬間、心臓をクッととつかまれ、背中がソッと撫でられた感覚になる。……やっぱダメか。

 ゆっくりと振り向くと、彼女は目を泳がせながらも必死に言葉を紡ごうとしていた。その瞳の奥からは、微力ながらも淡い闘志が垣間見える。


「まさか、傷つけた女の子を放って逃げるなんてこと、しないですよね……?」


 俺は、彼女の言葉を受けて驚いていた。

 一つは、彼女が自分の気持ちをストレートに伝えられる人だったことに。そして、もう一つは俺の考えを見抜いてきたことにだ。


 そう、「話しても傷つけるだけ」というのは実は建前である。本音を言えば、彼女のメンタルケアをするなんて面倒だし、今は一刻も早く平穏な生活に戻りたいというのが本心だ。


 心の内を見透かされたことに動揺が隠せず、彼女の観察眼に対して恐怖さえ覚えているが、まだ諦められない。

 必死に言葉をひねり出して逃げ道を切り開く。


「いや、違うんだよ。さっきので分かったでしょ? 俺はあまり人と接するのが得意じゃないから上手い慰めの言葉なんてかけれない。これ以上話しても君の傷を広げるだけだと思ったんだよ」


 半分弱み、半分善意というダブルパンチなので、説得するにはまあ十分な材料だろう。こういえば相手も折れざるを得まい。


「……う、嘘です。本当は面倒くさいんじゃないですか? 今の私とどう接すればいいか分からないから……」


 えっ、エスパー? 的確に俺の考えを当ててくるんだけど。恐怖を通り越してもはや尊敬の念さえ抱くんだが。

 

 カウンターを返されて黙り込む俺を見て、「やっぱり」と小さく溜息をつく彼女。


 ――もう、言い逃れはできない。


 観念して謝罪しようと思ったその時、ふと周囲からひそひそとした声が聞こえてきた。 


 気づけば、教室内の学生が俺たちを見て何やらざわざわと話している。

 

「ねえ、あれ何? なんか言い合いしてるみたいだけど」

「さあ、カップルが喧嘩してるらしいんだけど……」

「うわー……そんなの別でやれよって感じだよね……」


 遠慮のない声が直に心に突き刺さる。チクチクとした視線と言葉にいたたまれない気持ちになった俺は、今すぐにでも逃げ出したいと思った。


 『いや、別にカップルでも喧嘩でもないんだが』、と全力で誤解を解きたいところだが、多くの人が見ているこの場でそんなことが言えるはずもない。


 俺は引きつった笑みを浮かべて静かに彼女に言った。


「……この後って、授業ある?」

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