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トラウマ

「……あ、え?」


 教授の言葉が、シャットダウンしかけていた俺の耳に半ば強制的に入り込む。その言葉の意味をぼやけた頭の中で懸命に掘り起こしていくと――自分がどういう状況に置かれているのかを理解した。

 その瞬間、先ほどまでの眠気と穏やかな気持ちは跡形もなく吹き飛び、代わりに大きな不安が俺の内を支配していた。

 心拍数が上がり、先程拭っていたものとはまた別の汗が額から流れ落ちる。


(おいおっさん、聞いてないぞ……)


 さっきまで穏やかに流れていたはずの室内の空気が、今はドロドロと詰まって見える。それが俺の心までをも埋めようとする中、あの時の光景が頭にフラッシュバックした。



 あれは、約一か月前のグループワークが行われた授業中のこと。

 その時間も、相変わらず本の世界に入り込んでいた俺は、いつの間にか始まっていたペア作りに気づかなかった。

 そのせいで一人になってしまったのだが、それは問題ではなかった。中・高時代を支えた『目立たないように教科書を読む戦法』や『鞄を漁るふり戦法』を用いてその時をやり過ごしていたからだ。

 しかし、演習が開始して数分後。

 気づけば、教授がしかめた顔で俺の目の前に立ちはだかっていた。


「あれ、なんで君グループになってないの」

「いや、あのこれは…」

「いやじゃなくて。今はグループワークの時間だと言いましたよね。早くグループになりなさい」

「あの…えっと…」

「何ですか。早くグループを作りなさい。でなければ単位は認められませんよ?」

「いえ、ですから…」

「言い訳はやめなさい。あなたはやる気がないんですか?それなら出ていってもらいますが」


 大勢の前で詰められている状況に、頭が真っ白になっていく。

 バイクのエンジンのように怒気を孕んでいく教授の声や、周りから聞こえるクスクスとした嘲笑、哀れみの目線、その全てが俺を追い詰めていた。

 教授に反論する勇気もなく、助けを求める人もいない俺は、ただ俯いていることしかできない。


(今この場には敵しかいない)


 そう本能的に感じ取った俺は、最終手段に出た。

 未だ続く教授の説教を無視してスッと立ち上がり、踵を返して歩き始める。


「どこいくんですか、待ちなさい!」


 心臓が跳ねるような怒声に一瞬立ち止まりそうになるが、それも無視する。 

 そして、教授から逃げるように速度を上げ、その静止を振り切って教室を出た。


 この出来事は俺が学生になって初めて涙を流した経験、及び強いトラウマとなって俺の奥深くに刻み込まれたのだった。


 それ以来、俺はグループワークに対して強い嫌悪感を抱くようになった。

 授業予定表を確認してその類の活動がある講義は全部取り消し、二度とあのようなことを経験しないよう対策を打った。

 一緒に授業を受ける人がいれば話は変わったのだが、そうもいかない。


 なぜならば――俺はぼっちだからだ。


 とはいえ、俺はそこらのぼっちとは少し違う。『友人不要論を掲げるぼっち』、それが俺だ。

 名から分かる通り、俺は一人になってしまったのではなく、自ら一人を選んだのだ。


 なぜそのような道を行くのか。それは、ぼっちの生きやすさにある。


 好きな席で授業を受け、好きなタイミングで好きな学食を食べる。学校が終わればヒトカラに行くもよし、映画に行くもよし。家に帰って小説を読んだりゴロゴロしたりするのもよし。

 周りの人に合わせて生活する必要がない。これがぼっちの良い所だ。

 しかし、それ以上のメリットが他にある。それは、喧嘩や嫉妬、人との軋轢などの煩わしさが一切ないこと。

 聞くところによると、世間では表で友達の面をして裏で悪口を言い合うなんていうコミュニティがあるらしい。

 そんな怖い関係性など俺はまっぴらごめんだし、そう思えばむしろぼっちの方が何かと充実しているのではないか。 


 では、恋愛に関しては? 恋人が欲しくならないのか。クリスマスは寂しくないのか。街でいちゃつくカップルを見てどう思うのか。


 お答えしよう。もちろん興味ない――――訳がない…………。

 当然だ。相手が同性、異性とでは必要の概念がそもそも異なる。これは生物学的に仕方のないことで、俺が人間である以上逃れることができない宿命なのだ。

 俺が恋愛などに惑わされているのは屈辱だが、それを除けば何も困ることはない。確かに、今回みたいなイレギュラーは存在するものの、普段の生活はとても安定している。


 このように、俺は非常に合理的な考えの元でぼっちを選択している訳で、決して可哀想な人ではないことを理解して欲しい。



「班作れたかー。作れてない奴は早くしろよー」


 おっと、無駄な事を考えている内にタイムリミットが迫ってきている。


 俺もペアの人を探さなければ。

 そう思って周囲を見渡すと、既に半数以上の学生がグループを作り終えて会話を始めていた。俺の周りには人が残っておらず、自身の席の周りで組むことはできなさそうだ。

 捜索範囲を拡大して、さらに広く探してみる――が、中々見つからない。

 ……ちょっとまずいか。ここで見つからないとなると、かなり雲行きが怪しくなってくる。

 ガヤガヤと伝播する皆の声が、俺の焦りを更に高めていた。


 そして、一通り教室を見渡し終えた時。俺は、全てを悟って清々しい顔をしていた。


 ……うん、またもや俺はあぶれてしまったようだ。

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