六月二十一日 私が人間に会いに行った日
茜色に染まった空を飛ぶ。
私が病室に着いたのは、日が沈みかけた頃だった。背中の身の丈ほどある翼をしまい、部屋の中を素早く確認する。殺風景なベッドと少しの棚の他に、枯れかかった花が生けてある。標的はいないみたいだ。窓辺によりかかり、空を見つめる。
悪魔はこの世界のバランスを維持する存在だ。人間が増えすぎないように、死を運ぶ。それぞれの年齢層のバランスが崩れてしまわないように、管理する。
どこにいるのかは、標的が決まると分かるようになるが、会ってみるまでは誰か分からない。私としては、なるべく幼い子供には当たりたくない。使命といえど、やはり小さい子供を殺すのは辛いから。
その可能性を憂いながら日が沈みゆくのを眺めていた。
窓に人影が映る。距離感から、この人間が標的であることを理解する。人間が近づいてきて、輪郭がしっかりしてきた。
息を呑む。
そこにいたのは見覚えのある少年だった。
◇◇◇◇
一つ前の仕事で、私はこの少年の母親を事故で殺したばかりだった。
仕事を与えられた悪魔は、一年以内にその標的を殺さないと死んでしまう。死んだ悪魔は、地獄にも帰れなくなり、意思も体もないまま地上をうろつく。そして周りのもの全てに危害を加える。だから、私は死ねない。だから、殺すしかなかった。
仕事を与えられた日から待って、待って。もう待つ余裕がなくなったときがその日だった。
笑顔の溢れるそのなかに、そこら辺にあったトラックを少年の母親めがけて勢いよく突っ込ませた。
遠くの車から滲み出る赤も、泣き叫ぶ残された家族の姿も覚えている。
仕事といえども、この瞬間は心苦しかった。悪魔もやはり個体差があって、人間が苦しむさまを見るのがこの世に生きている理由だと思っているやつもいる。私には到底理解できないけど。
あの子供には母親を失わせた。これからの人生、苦労するだろう。失わせた側が言える言葉ではないことは心の底から分かっているけど、幸せを願わずにはいられない。
◇◇◇◇
と、思っていたのに。
次はこの子だなんて。なんてついていないのか。世界に嫌われているのか。どうしてこの子ばかりに不幸が、悪魔がやってくるのか。
私がこの人間のためにできることは、なんだろう。最後に殺すのは決まっているが、そこまでの彼の時間を、人生を、一番よくしてあげたい。
もう姿は見られてしまった。頭の一対の角という確かな証拠から、逃げるすべはないだろう。
とりあえず、敵意はないことを伝えないと。怖がられていいことなんてない。
とびきりの笑顔を作って、声も明るくするように意識する。
「こんばんは! 私は悪魔! 君の魂をもらいに来たんだ!」