六月二十一日 僕に悪魔が会いに来た日
目が覚めると、知らない天井だった。壁が薄暗いオレンジ色に染まっている。もうそろそろ日が暮れるのだろうか。ずいぶん寝てたんだな……。重くて少し汗ばんでいる体を、ぐっと力を入れて起こす。
「おお、起きたか! 大変だったな……。ここは病室だ。覚えてるか? お前はバスに乗ってパニックになったんだよ」
お父さんが隣で椅子に座っている。
どうやら、嫌な予感は当たってたらしく、僕はやっぱりパニックを引き起こしたみたいだ。周りの人にたくさん迷惑かけちゃったな……。あのあとどうなったんだろう。そんな僕の心が分かったみたいにお父さんが続ける。
「他の生徒や先生は、お前が搬送されてからそのまま予定通りに進行したらしいぞ。それにしても、どうして周りの人に何も伝えなかったんだ?」
僕の座っている隣のテーブルの上にあった連絡ノートとペンに手を伸ばす。さすがお父さん。持ってきてくれてたんだ。
『筆記用具は鞄の奥の方に入れちゃってて、伝える手段がなかったんだ。取り出そうとしてたら、先生が来て皆の時間を奪っているから、早く乗りなさいって。僕も車が怖いのは事故のときに乗ってたからで、関係ないバスならいけるかなって思っちゃったんだ』
お父さんに見せる。
「そうか、先生に車も駄目だってあらかじめ伝えておくべきだったな……。怖かっただろう、すまなかったな……」
『いや、謝らないで。お父さんが悪いんじゃないんだから……』
お父さんの目を見る。これ以上謝らないでほしいという気持ちを込めて。お父さんもそれが分かったのか、ふっと体から力を抜いたようだ。
「分かった。学校側にはお父さんがあとは連絡しておく。俺はもう帰るから、今日はゆっくりしてろよー。着替えとか必要なものはそこに纏めて置いてあるからな」
頷く。身の回りをパパッと片付けたあと、お父さんは帰っていった。
このあとどうしよう。取り敢えず、この汗ばんだ体をどうにかしたい。もういい時間だし、シャワーに入ろうかな。
ベットから降りて、手提げかばんに入った衣服を持ち、まだ少しだけふらつく体で廊下を歩く。すれ違った看護師さんにシャワーに行く旨を伝え、シャワー室へと向かう。前入院してたから利用方法などもバッチリ分かるので、そこは心配しないでいい。
◆◆◆◆
シャワーも無事終え、病室まで帰る。結構時間がかかってしまったようで、廊下から見える空はもう真っ暗だ。そんなことを考えながら歩いてたら、病室の手前で足が止まる。
信じられない。そこには二本の黒い角を持つ黒髪の少女がいた。彼女はその紫に輝く瞳と眉をじっと伏せながら空を見ている。
僕の存在に気づいたのか、美しく艶めく黒髪をくるりとひるがえし僕の方を向く。一瞬泣きそうな顔に見えたが、気のせいだったかもしれない。なぜなら次の瞬間、先程の憂いてた顔が嘘のような顔で笑ったからだ。
「こんにちは! 私は悪魔! 君の魂をもらいに来たんだ!」
状況が理解できない。悪魔なんてこの世に存在するわけがない。ただのおとぎ話じゃないか。でも、彼女のその頭上で光る角が確かにそこに存在していると証明している。
分かった。彼女自身が僕の幻覚なんだ。悪魔なんて存在するはずがないし、わざわざ僕の病室で悪魔ごっこをする少女がいるとも思えない。それに僕はこのごろ精神的に不安定だし、幻覚ももしかしたら出るかもしれない。可能性はゼロではない。なんだ、幻覚か。じゃあほっとけばいつか消えてくれるだろう。
彼女の横をスッと通りすぎてベッドに向かうも……。
「わー!! 待ってよ無視しないでよー! 何一人で納得してるのー! 私は悪魔だよ! もっと恐れなさいよー!!」
彼女は喚いて僕の腕を掴む。掴む? 幻覚って触覚まで影響するのか?それとも、まさか本当の……悪魔?
「もぉー! ずっと無視して態度悪いなぁ。うんとかすんとか言ってみたらどうなの? 私は! あなたの! 魂を取りに来たの!」
「……………………」
とりあえず、なんとか意思疎通をしないといけない。そばにおいてあったノートに、文を書く。
『本当に悪魔なのか? なぜ僕の魂を取りに来たんだ』
「むむむ……。うん! わからん! 私は今悪魔の力によって君ら人間と言語を統一化しているけど、その力って文字にまで及んでいないんだよねー。だから何かわかんない!」
そんな。僕の意思を伝える方法、ないじゃないか。しょうがないので身ぶり手ぶりでなんとか伝える作戦に変更だ。喉を指さして手でばってんを作る。それを何度か繰り返すと、ようやく分かってくれたみたいだ。
「あー! 君、声出ないのかぁ。前は出てたよね?」
頷く。あれ、僕とこの人は初対面のはずなのになんで知ってるんだろう。僕のことを少なくとも三ヶ月前から知ってるのか?でもそれを確かめるすべはない。動作ならまだしも、知る知らないの伝え方は分からないからだ。
まあ、それは今考えてもどうしようもできないから置いといて。この悪魔は僕の魂を取りに来たのにどうして今刈らないんだろうか。これも伝え方がわからない。自分だけで伝えられないなら悪魔の手を借りよう。
手をつかんで僕の首元に強く当てる。悪魔の長い尖った爪が浅く刺さり少し痛い。けど、悪魔にも意図は伝わったみたいだ。
「なんで今すぐ殺せるのに殺さないか知りたいの? それはねぇ、魂は生きている期間が長いほど成熟して美味しくなるからなんだよ! 私が君の魂を刈り取らないといけない期限はまだまだ先だから、もーちょっと先延ばしにしよっかなぁって」
なるほど。悪魔にとって魂はおけばおくほど熟す果実みたいなものなのか。
もしコイツが本当に悪魔なら、僕なんてちっぽけでいつだって殺せるだろう。でも、逆鱗に触れたら殺される恐れだってある。相手は悪魔だ。常識な思考を求めてはいけないかもしれない。
「分かってくれたかな? 私はその日まで君のそばで過ごすから、そこら辺も分かっといてね! じゃあ、おやすみぃー」
はぁっ!? 僕と一緒に過ごすだって!?これから死ぬ日までずっと悪魔と一緒にいないといけないのか……。信じられない。
こうして、僕と悪魔の今までとはまるきり違う新生活が始まってしまったのだった。
ついに悪魔ちゃん出てまいりました!
悪魔ちゃんとのワクワク新生活が楽しみですね!
今のところ毎日投稿を気合でつづけておりますが、学校の課題が終わらずに、投稿できない日もあるかと思います。できるかぎり毎日投稿する所存ですので、お許しください。
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