六月二十日
周りの生徒と深い関わりを持たない学校生活が続いていた。日にちが経つにつれ、僕に話しかけてくれる人は増えた。でも、やっぱり返事が返ってこないから話していて楽しくなかったのか、適当に話を切り上げられた。
通りすがりに挨拶をしてくれることもあったけど、僕は話しかけられた方向を向いて手を振るしかできない。だから、予想通り挨拶してくれる人も減っていった。
◆◆◆◆
僕の通っている高校の二年生は、一学期に遠足、二学期に修学旅行がある。高三は受験を控えている人もいるため、学校側の生徒への配慮だ。僕は進学するつもりなので、その制度がありがたい。
そして今日はその遠足の日だ。授業でやっている歴史的建造物を見に行くらしい。昔の人々のつくったものは、年季が入っていて見てて楽しいから、まだかな、まだかな、とソワソワしてしまう。
「楽しみだなー! あー、早く着かねぇかなぁー! 遠足って言葉だけでワクワクしてくるわぁ! 歴史の授業は苦手だけどな……」
僕は智也と同じ班になった。正直智也以外の人と一緒にいてもお互い気まずいだけだし、智也と一緒の班になれてほんとによかった。
学校に一旦集合した僕らは並んでぞろぞろと目的地に向かう。前の人についてしばらく歩いていくと、見えてきたものは、大きい貸切バスが何台も…………。
全身を悪寒が襲う。口の中に酸っぱい味が広がる。待ってよ、バスで移動だなんて聞いていない。前日に配られていたプリントにはただ移動と書いてあっただけだった。電車移動だと勝手に思い込んでいた。よくよく考えてみれば学年が電車で移動なんてするわけないじゃないか。失念していた。どうしようどうしようどうしよう。怖い。乗りたくない。
「はーい、それではみなさん順番に乗り込んでいってくださいねー。時間の関係もあるので、ぱぱっと急いで乗っちゃってー!」
僕の気持ちなんか知らず先生が残酷に言う。僕は急いで先生のもとに行って、説明しようとするも、どうしても声なしでは上手く伝わらない。
僕らを残して他の生徒らは次々とバスに乗り込んでいき、最終的にバスの外にいるのは僕と智也と最後に乗り込む先生だけになった。
「……急にそんなひどい顔して大丈夫か? 体調悪いのか?」
智也が心配してくれる。けど、伝える手段がない。うちの高校はスマホの所持は認められていないし、筆記用具は鞄の奥の方にしまってある。それでも僕は伝えようと鞄の中をほじくりかえしていたが、先生がこちらにズカズカと迫ってきた。
「おい君ら! いつまでそこにいるんだ!
早くバスに乗りなさい! みんなの時間を奪うんじゃない! さあ早く!」
「待ってください! こいつなんかちょっと変なんです! 見てください! この表情! 」
「知らん! 言いたいことがあるなら自分で言え!」
「こいつショックで声が出ないんです! 何を伝えようとしてるのかは俺にも分かんないんすけど、絶対になんかマズイって感じですよ!」
「もういい! バスの中でやれ! 時間がかなり押してるから取り敢えず動いてくれ!」
智也が先生に説明してくれてる。けど、先生も退いてはくれない。バスの中からも不満の声が聞こえてくる。僕一人でみんなの予定を狂わすわけにはいかない。
智也の肩を叩いて、オッケーサインを作る。
「本当に、大丈夫なのか?」
頷く。大丈夫じゃない。大丈夫じゃないけど、もうこれ以上引き延ばすわけにはいかない。所詮僕の恐怖心だ。もしかしたら、実際乗ってみたら大したことないかもしれない。
震える手で手すりを掴み、奥の方の空いてる席にふらつきながら座る。智也が隣に座る気配がしたが、そっちを見る余裕もない。
バスが発進する。膝の上に肘を置いて手を組んで、顔を膝の上に乗せる。何も景色が見えないように。車の振動も来ないように。
「………………はっ、……はっ、……はっ、」
呼吸が、どんどん早くなる。
「……はっ、ふぅっ、ゴホォ゙ッゴホッ」
「おい! 大丈夫か!? 先生! 救急車呼んでください!」
息を吐くばかりで、空気を吸えない。周りの音も、自分の出す音も聞こえない。耳の中で心臓の鼓動が聞こえる。早まる。早まる。目の前が段々と暗くなっていく。もう境界が分からない。白と黒がぼんやりと混ざり合う……。
「しっかりしろ! 救急車はまだか!」
またもや僕はパニックになった。
次から悪魔ちゃん登場します!
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