眠れるドラゴンと愛した魔女の記憶
ドラゴンは戦う。
主の――彼女のために。
彼女の元へ、王子を行かせるわけにはいかない。
彼女が城で力を回復するために眠っている間、自分が彼女を守ると決めたのだから。
真っ白な翼を広げ、ドラゴンは城の入り口で王子を威嚇した。
ドラゴンは、まだ子供だった。
小柄な馬ほどの大きさしかなかった。
炎も吐けず、人も食べられない、穏やかな種族だった。
けれど、それでも、王子を倒さねばと思った。
王子を、彼女のところに行かせるわけにはいかない。
ドラゴンは尾を鞭のように振り回した。かぎ爪で王子を狙う。だが王子は巧みに避けて、剣でドラゴンの身体を切りつけていった。赤い血がドラゴンの銀色の膚を濡らし、ドラゴンは弱っていく。
けれどドラゴンは諦めなかった。主を、守らねば。僕が、守る――
「おやめなさい」
王子の剣が、ドラゴンの身体を貫こうとしたその瞬間。
ドラゴンと王子との間に、割って入る者がいた。
それは、ドラゴンが守ろうとしていた、眠っているはずの、
大切な、大切な人だった――……
……長い長い、気が遠くなるような長さの夜が明け、そのドラゴンは静かにまぶたを開けた。
千年の眠りより目覚めた彼を待っていたのは、かつては大切な主がいたはずの、だが今は空虚な古城で。
そして、たくさんの人々が暮らす都が広がっていたはずの古城の窓の外には、見たこともない深くて広大な森が、地平線の彼方まで続いている。
ドラゴンは、地を揺らすような声で鳴いた。
オオオオオン…… オオオオオン……
主を、大切な人を呼び戻すために。
自分が目覚めたことを伝えるために。
……寂しい、と伝えるために。
けれど、そんなことは無意味なのだとドラゴンは知っていた。
彼女は、もうこの時代にはいない。
千年の気が遠くなるような月日の流れは、人ひとりあっという間に過去に押しやってしまった。
ドラゴンの元に残されたのは、彼女の形見となってしまった鏡のペンダントだけ。
孤独が、ドラゴンを苛んだ……だから彼は、再び目を閉じた。
心にぽっかりと開いてしまった穴を無視するために。
……あるいは、夢の中に逃げ込むために。
彼女は最後に言った。「あなたは幸せになれるわ」と。
眠りに落ちながら、ドラゴンは思った。
幸せなどというものがあるのならば、それは彼女と過ごした時間だった、と。
彼女のいない世界で生きるなど、煉獄で生きるようなものだ、と。
ドラゴンは、ため息をつく。
…………ああ、目覚めたくない、と。