1−9 初めての食事
死にかけの胎児の産声を聞いたとき、ラストラは今まで経験したことがない脱力感、無力感に襲われていた。
自分が「腐食の王」たる能力を手放したからか?
不幸な未来しか見えない存在を生き延びさせてしまったからか?
いや、もっと単純なことだ。
シャルが死んだからだ。
「腐食の王」を相手に、自分の感情を真っ直ぐぶつけてきた女。
この地へ訪れた「自称伝説の勇者」の男どもより逞しさを感じた女。
自分の生命よりも子供の生命を優先した女。
……オレはこの女といるとき、何故か楽しかった。
そのシャルの亡骸をラストラは見下ろしている。
その亡骸は口元に笑みを残している。
そのときだった。
――こっ、これは!?
異変を感じ、ラストラは後方へ飛び退いた。背後の大木が、何本も音を立てて倒れる。
シャルの亡骸が腐り始めている。
亡骸だけではない。周囲の草も腐り始めていた。
黒色の煙を立て、シャルの皮が、肉が、骨が半固形になっていく。
半固形から液体になり、同様に腐っている草と混ざり合う。
腐食が広がっている範囲は小さな円形。シャルの亡骸の足先はその円からはみ出しているからか、変化は見られない。
その円の中心に赤ん坊が座っている。
ラストラの頭は状況の変化についていけず、ただ呆然と見ていることしか出来ない。
赤ん坊は目を開くこともなく、短い手で母親と草が腐り、混ざり合った液体を手で掬った。そのまま小さな口へ持っていく。何度も何度も繰り返す。
ラストラはその光景に嫌悪感を抱く。
腹が減っていたのか。しかし、生まれてすぐ、自分の母親を腐らせて喰うなど……。
ラストラは先程と同じ言葉を思い浮かべた。
お前が歩む道に救いはないぞ。