1−5 シャルの告白
シャルの胎内には生命が宿っている。
父親は森で出会った男。
名も知らぬ男。
蛇の様な眼をした男。
肩に蠍の刺青がある男。
シャルを辱めた男。
シャルは、あの日の詳細を思い出せない。本能が拒絶している。
――山菜なんか採りに行かなければ。私は。
ここでシャルの回顧は止まってしまう。終わってしまう。
シャルの望みはただ一つ、「穢れた我が身と穢れた我が子の消滅」。
そんなシャルにとって「生贄」は渡りに舟だった。
――――
「では……シャルよ。それはお前ら二人の望みなのか?」
ラストラはシャルが身籠っている事を見抜いた。
この女からは、二種類の血の匂いがする。
その問いにシャルは青ざめ、草原の上に座り込んだ。何かが壊れてしまったかのように泣き出した。
「……申し訳ありません。私は穢れた身です。そもそも生贄になる事さえ許されない身です」
ラストラは無言でそんなシャルを眺めている。人間の哀れさに呆れている。
コイツらは何なんだろうか。オレにとっては、欠伸している程度の短い一生で奪い合い、殺し合い、憎み合い……。誇りだ、尊厳だと泣き叫ぶ。
「お前一人だけが望み、もう一人が望まないならオレは喰わぬ。そして、そいつの意思をお前には知る術が無いな?」
「……では、私は自害するしかないのですか?」
ラストラはシャルを再び睨む。
「知らぬ。勝手にするがいい。死ぬのも、腹の子と生きるのも……、お前が決めろ」
「そっ……、それはどういう……」
ラストラは面倒臭そうに溜め息を吐いた。乾き始めたシャルの髪と白いローブが舞い上がる。
「お前の子も望んだら、二人まとめて喰ってやるわ」
――――
思いもかけないラストラの提案に、シャルの心が軋む。
シャルは頬の涙を拭った。
しかし、すぐに新たな涙が伝った。
シャルには、己の涙の理由が分からなかった。
苦しみから解放される道を閉ざされた絶望か。
捨て切れぬ生存本能からの安堵か。
――――否が応でも日々高まってしまう子供への愛か。