4−8 五年間の研究の成果
サナは少女と会話をしながら、少女の位置を常に確認し続けていた。
会話をしていれば、いきなり飛び掛かられる危険性を少しでも減らせると考えていた。
少女同様、サナも会話をしたかった訳ではない。
サナの予想は的中したのか、少女は少しずつ進む。
サナが、蝋で作った床の目印を踏むまであと一歩。
思わず感情が高ぶり、身体が震えた。右手が糸に触れてしまう。床の鉢植えから天井へ張った金属製の糸。
「仕掛け」が微かに反応し、少女の眼の前を赤い粉が極少量落ちていった。
サナは、痛恨の過ちを犯した自分に青ざめた。
――――しかし、この過ちがサナにとっては思わぬ幸運となる。
少女が赤い粉に意識を奪われた。明らかに気がこちらから逸れている。
それは数瞬の事だったが、見逃すサナではない。
右手に力を入れ、一気に糸を下に引っ張った。
天井で仕掛けが動く。
鉄製の薬の容器。サナが作り上げた毒が詰め込まれている。その効果は五年前、サナがドラゴン用に開発した毒の数倍。
容器が開口面を下にひっくり返る。大量の赤い毒の粉末が、少女に降り注いだ。
毒は、赤い霧のように少女を隠した。霧は少女を中心に立ち込め、当然サナも少量は吸い込む。身体に付着する。
先程サナが飲んだ黄色の液体は、自分が開発した毒の抗体。これがなければ、サナ自身が即死していただろう。
サナは、エプロンから赤い液体のガラス瓶を取り出す。この「赤」の開発は「黄色」の数倍苦労した。
今、舞い上がっている赤い粉の毒素のみ抽出、凝縮を繰り返した液体。効果の計算を、サナが諦めたほどの猛毒。目的は「麻痺」などではない。「殺す」事が目的の猛毒。
霧が少しずつ晴れていく。
少女の影が幽かに見えてくる。
まだよ、まだ。確実に当てなくてはならない!
焦り始める気持ちを抑える。
まだ……。
まだ……。
まだ……。
サナの眼が、咳き込む少女の影を捕らえた。
今っ!
右手を振り上げ、頭の位置を狙い瓶を投げつけた。
これで終わらせる。
次の瞬間、サナは眼を見開いた。
少女の影が、瓶を手で払おうとしていたから。
あれを全身浴びて、動けるの!?
私の動きが見えていたの!?
全部分かっていたの!?
しかし、サナは希望を捨ててはいない。瞬きするような短い間で、サナの心は目まぐるしく変化した。
サナの希望は、特注品の薄いガラス瓶。それが全て。
薄い霧越しでもサラには見えた。
少女の手が、確かに瓶を払ったのを。
緩慢な速度で。
瓶が、床や壁に叩きつけられる事はなかった。
少女の手が当たると、瓶は簡単に砕け散ったから。
――霧が晴れていく。




